55−2 集合
魔法陣で移動した場所は、近くの森の中と変わらない、大雪の中だ。歩くのに前の人がえっさほいさとスコップで雪かきし、その後をついて行くのか? と、思ったら、甘かった。この世界は魔法が使える世界だ。前の方でパーっと光ると、温かさを感じた。魔法で雪を溶かして進んでいる。
もしかしなくても、外でスコップ手にして雪かきをしているのは自分だけではなかろうか。除雪車がないのに、案外道が雪かきされていて、誰か頑張っているんだろうなあ。なんて思っていたが、違ったかもしれない。
「ルール違反すぎない?」
「なんだって?」
「いえ、なんでも。魔物って、この大雪の中、関係なく走り回っているんですかね?」
「魔物のでかさで、この雪が問題あると思うか?」
「ええええ」
そんなでかいのと戦うの? 嫌すぎるんだが。
前回より大きいサイズと戦うとなると、寒気しかしない。
そして本当に寒い。山が近いからなのか、芯から冷える。気温が城にいた時より低く感じた。
家からでは山は見えなかったが、斜面を歩いているのがわかる。山の裾野なのか、ずっと緩い坂道だ。
木々が開けた先、高い山が目にとれた。後ろも連峰のようになっている。
「あれを超えると魔物だらけだ。山が高いから、そんなでかいのはこっちには飛んでこない。天気がいいと、黒い群れが見えるけどな」
「飛んでくる?」
「だから、来ないって」
オクタヴィアンが、せっかく説明してやってるのに、聞いてんのか? と不機嫌声を出した。
そんなでかいやつは飛んでこないということは、そこそこのサイズは飛んでくるということではないか。
飛んできて攻撃とか受けたくない。飛ばなくても受けたくないけど。
呑気に歩いている間に、前の方で声が聞こえた。ぶううん、と強烈な羽音が聞こえる。
「ノーティだ!」
玲那はギョッとした。見目は蚊のような、薄い羽と長いストローのような口を持っている虫に似ているなにかが、大きな羽音を立てて寄ってきた。
言っている側から、飛んでるのが来た。
驚いたのは、そのサイズだ。B級映画か、適当なコラ画像でも見させられているかのように、大きすぎる。二メートルくらいはある。
それが数匹。すぐに前の方で倒されたが、見ただけで背中に寒気が走った。
「あれも魔物ですか!?」
「魔物じゃなきゃなんなんだよ」
だからB級映画に出てくる蚊だよ。言うのを我慢して、その死体を避けて進む前にならい、玲那もその真っ二つにされた蚊の死体の横を通る。
どう見ても蚊だ。吸収管がある。あれで何を吸う気なのか。鉄パイプみたいなストロー口だ。
「きも」
あれは食べられないらしい。羽の大きさに比べて体は細く長いため、食べるところがないのだろう。
「魔物辞典もっと読み込んどくんだったな」
「あ、なんか言ったか?」
「いえ、なんにも。あ、」
「あ?」
木の幹に雪がないのが見えて、玲那はついそれを覗いた。掘り返した跡のようで、根っこに噛み跡がある。
「なんだろこれ。百合根みたいな」
「食えんのか?」
「わかんないです。けど、拾っとこう」
あとで植物図鑑で確認するか。ちょっと根っこを掘って、カゴカバンに入れる。城に呼ばれたからには、なにか買うかもと思って、大きめのバッグを持ってきて正解だった。
再び前方で大声が聞こえる。何班かに分かれてテレポートしているので、先に移動した者たちが最初に魔物に会う。そこにはフェルナンやオレードがいて、彼らが道を開くために魔物と戦い先陣を切っている。
そのおかげか、魔物がいきなり現れるのを見ることはなさそうだ。
しばらく歩くと森が開けているところがあり、そこが川だと気付かされる。水は流れているが凍っているようだった。その上を通るのだ。
「われそ……」
この人数で乗っかって、割れないのだろうか。雪だって乗っているのに。一応とでも言うように、川のこちらと向こうの木に縄を張り、それをつたって歩いている。氷が割れたらその縄に引っ掛かれということだろう。怖すぎる。
その川を通るのに順番待ちしている間、川岸でなにかないか探す。まあ、なにもないよね。真冬の雪景色ですよ。踏み荒らされた足場に土にまみれて見える枯れた草を見て、軽く引っこ抜いてみる。ただの雑草だ。そんな簡単に食べられる物があるわけない。
川があれば大根系の葉っぱとか生えていそうだが、なにぶん真冬である。無理だ。
しかしその辺りに生えている低木には興味があった。枝をぼきりと折ってみる。出てきた汁で手袋が黒色に染みた。
「今度は何やってんだ」
「いえー、繊維ないかなって」
「せんい? 食えるものか?」
「いえ、食えないです。食い物ではないです」
「なんだよ」
繊維通じず、詳しく話すのはやめた。オクタヴィアンは玲那が見るものに興味津々だ。
枝ぶりが広がった低木で、枯れているような枝なのにしっかりしている。雪の重みでしなって折れているところもあるが、しっかりしていた。
「この木、ほしいな」
「食えるのか?」
「食えませんって。根っことか花とかはわかりませんけど」
植物辞典がほしい。紙を作るのに使えそうな気がする。
「食えないのかよ」
それしか言えないのか。よほど手持ち無沙汰なのだろう。前の方でギャーギャー鳴き声が聞こえて、そちらに混ざりたそうな顔をした。ギャーギャーは、もちろん魔物の鳴き声だ。時々光ったりドオオン、とか大きな物が倒れて木から雪が落ちたりしてくるので、近くにいなくても魔物と戦っているのがわかる。
いやー、どうなることかと思ったけど、安心だよ。討伐隊騎士。やるじゃん。さすがです。
なんて思っていれば、後ろから、魔物だ! という声が聞こえた。オクタヴィアンがよっしゃあ、と叫ぶ。よくないよ!
ラベルニアとルカがオクタヴィアンの前に立ちはだかった。が、すぐに、どけ、俺もやる! と剣を取り出した。オクタヴィアンを止められる者はいない。非戦闘員はやはり玲那しかいないか、玲那だけが木の後ろに隠れた。料理長まで剣を持って振り回している。ついでになんだかピカッと光を出して、木を薙ぎ倒した。
「ひええええ」
相手は平屋くらいの高さのあるライオンのような魔物だ。ライオンの立て髪にゾウの耳がついているようだった。それをなぜか扇のように振ることができ、強風が吹き荒れる。
「あわわわっ!」
飛ばされる! 木にしがみついて、その風に耐えていると、ラベルニアが颯爽と走って飛び上がり、剣を振り下ろした。あの跳躍力、おかしい。おかしいよ!
フェルナンも軽々三階から飛び降りたりしていた。こちらの人々の運動能力はレベルが違う。素早い動きでライオンもどきを倒してしまった。
ドオオン。と倒れる音がすると、料理長がいそいそと皮を削ぎはじめる。ここで解体する気だ。
肉食の動物だと思うとおいしそうに見えないのだが、襲ってきただけで草食魔物なのだろうか。ただ野生動物、いや野生魔物。寄生虫とかいないのかいつもドキドキしてしまう。その解体を後ろからのぞいて、料理長の手捌きを眺めた。なんと言うか、マグロの解体ショー。包丁ではなく、剣で解体しはじめる。解体専用の剣なのか?
「これは心臓だ。うまいんだぞ」
「へー、って、心臓、いくつあるんですか……」
感心しながら見ていれば、心臓と言って三個も取り出した。魔物は心臓も規格外のようだ。
ラッカで解体に慣れたのもあって、特に恐怖はない。むしろ、その厚い肉を簡単に切り落とせる料理長の腕に感嘆する。
ラッカさばくのだって、私は大変。
あっという間に解体し終えて、袋に入れて料理長が担いだ。一人では持てないので、他の人にも持たせて出発だ。これを続けるとなると、なかなか時間がかかりそうだ。




