54 相談
「こちらに派遣されて参りました。ローディア・ヴェランデルと申します」
長い銀髪に紫の瞳の、女だか男だか分かりにくい奴が、城にやってきた。
「俺はオクタヴィアンだ。こっちは補佐のアシャール」
隣にいるアシャールはフェルナンの父親。つまり、オレードの叔父だ。あまりフェルナンと顔は似ていない。穏やかそうな顔をして悪巧みを考えるのが得意な男だった。フェルナンも顔には出さないため、そこは似ているかもしれない。
ローディアが嘘くさく微笑んで、アシャールもそれに合わせるように笑んだ。
気持ちの悪い笑顔だな。二人とも。
「神官の不手際に申し開きもありません。すぐに体制を整えさせていただきます」
「こちらで罰し終えているが、父上の容体は良くない。薬の出所を確認してくれ」
「承知しました」
領主たる父親を腑抜けにした薬は、未だどこから出てきた物だかわかっていない。他の領土の神官が関わっているかもわからなかった。
ローディアほどの男がこんな僻地まで来たのには理由があるはずだ。神官の不手際? そんなもの、他でもあんだろ。ならば、どうしてローディアほどの男がここに来たのか。ローディアは次の大神官候補だ。使われていた薬が神殿に関係していたのではなかろうか。それを調べに来たに違いない。
「領主様の治療もお任せください。今はオクタヴィアン様が領主の権利を手にされたとか」
「なんか問題があるか?」
「とんでもありません、微力ではありますが、申し付けなどございましたら、遠慮なくお知らせください」
「俺に頭下げるような身分じゃねえだろ」
ローディアが出て行ってから、椅子に寄りかかって、アシャールにローディアを注視しておけと命令する。アシャールも神妙な面持ちで頷いた。フェルナンに関わる可能性が高いので、気にしているのだろう。
「神官として来たのならば、領主代理に頭を下げるのは当然ですが、あれは扱えないですね」
「大神官候補だからな」
「オレードから連絡があって、まさかと思いましたが、本物とは」
アシャールはオレードからの連絡に、急いでオクタヴィアンに知らせてきた。この領地の次の総神官に、次期大神官と名高いローディア・ヴェランデルが来る。
知らせを受けてどう対処するのかすぐに相談したが、何を言うでもなく挨拶だけで済まされて、肩透かしを食らった気分だ。
「城中調べるとか言い出すのかと思ったぜ。その方が都合いいんだがな」
「薬の件で調べに本人が来たのならば、秘密裏に処理するんでしょうね」
「他に思い付くものもないしな。追いやられてきたわけじゃないんだろ?」
「そういった話は耳に入っていません。都でなにかあったのならば、義兄から連絡が来るはずです」
はっきり口にするアシャールに、ふうん、と返しておく。
ローディア・ヴェランデルは癒しを与えるだけの神官ではない。攻撃力もある神官。その上、王位継承権を持っている。面倒なことだった。妙な言いがかりをされて、打首だって起きかねない。
「とにかく、なにかある前に情報が入ったら知らせてくれ」
「承知しました。それとは別に、食料の件ですが、村で飢餓を心配する声が」
「今年は冬が早かったからな」
冬支度をする前に雪が降り、慌てた者たちは多いはずだ。薪は足りていないだろうし、保存食を作るにも狩りに行けない。冬の前には獣を狩るが、急な雪で群れが逃げてしまったと聞いている。その通りと、アシャールは肉の確保が足りておらず、冬が越えられるのか心配している者が多いと言う。
「今のうちに一度、魔物退治に行くか」
「オクタヴィアン様の名前を出すにも、ちょうど良いでしょう」
領主代理から保存用の肉が届けられた。それだけで名前の覚えられ方が違う。それを狙うのもいいだろう。この領地の領主は使えないと有名だからだ。
「討伐隊騎士の編成を変えるか」
「良い機会ですね」
名ばかりの討伐隊騎士になって久しい。まともに働いている奴が何人いるやらだ。ある程度間引いて、使える奴と使えない奴を分けたい。魔物を狩りにいく際に使えない奴が入れば、全体の命に関わる。今回は狩る魔物の数も必要だ。
「フェルナンをオレードと分けるのは難しいか?」
「できるならば、」
フェルナンの立場は難しい。オレードもいつ討伐隊騎士を抜けるかわからない。そもそもどうしてこんな領地で討伐隊騎士なんてやっているんだ。という男だ。
私生児と、そのお目付役。これを切り離せないのは、アシャールの威光があるからではなく、オレードの家紋、グロージャン家の威光があるからだ。
「二人は除いて、編成を練り直す。家と派閥を確認し直せ。あと、料理長を呼んでくれ」
アシャールが出て行って、オクタヴィアンはやっと気を抜いてだらしなく椅子から手足を伸ばした。座っている状態でもだらしなかっただろうが、さすがにローディアを前にして、椅子の上で膝を上げたりできない。いつもならば椅子の上で片膝を抱えるように座っているが。
ローディア・ヴェランデル。
聖女に狂った前王は、父王を殺した。その父王の弟の孫が、あのローディアだ。狂った前王は退き、その弟が王になった。第一継承権は現王の子供。第二継承権が王の従兄。つまりローディアの父親。第三継承権がローディアになる。
そんな第三継承権を持つローディアが、この片田舎の神官として送られてきた。王宮で継承権争いから身を引いたのか? 継承権で揉めた? そんな話は聞いたことがない。なにかあったわけではないはずだ。
「つか、義兄に聞くって、なんだよな」
誰もいないことをいいことに、オクタヴィアンは声に出して、誰に問うでもなく疑問を口にする。
「フェルナンがいても、その繋がりが太いままなのが不思議だな」
フェルナン・アシャール。アシャールの私生児。アシャールの妻は、グロージャン家の当主の妹だ。グロージャン家は王都でも有数の名家の一つ。その当主の妹を妻にしながら、私生児をもうけて、未だグロージャン家と懇意にしている。グロージャン家からすれば妹が蔑ろにされたわけだが。
アシャールはその妹と王都で知り合い、妹は家出覚悟で嫁いできたと聞く。身分の高くないアシャール家に嫁いだのはそんな理由があるからだ。反対もあったが許しを得たから、まだ繋がっているのか?
グロージャン家は王族を代々補佐する家門の一つだった。そのグロージャン家の末娘を家に入れただけで、アシャール家は名が上がったことだろう。グロージャン家の後ろ盾を得たのだから。
それなのに、妻以外の女に手を出してフェルナンを産ませた。しかも、夫人に子供ができる前に。それでもグロージャン家はアシャール家を捨てていない。代わりに何故かグロージャン家の当主の次男、オレードをアシャール家に住まわせた。
「謎な話だな」
フェルナンの力が強すぎるため、お目付けのために遣わせたとは聞いているが、オレードを養子にするわけではなさそうだし。娘の婿にでも入れる気か?
「アシャール家の娘は、俺と年がかわらないはずだったな」
十四か十五。オレードと年が十歳離れていても、問題はないが。
首をつっこむことはないか。グロージャン家に楯突いたら、こちらがやられる。
扉を叩く音が聞こえて、オクタヴィアンは気の抜けた返事をした。料理長が入ってくる。
「オクタヴィアン様、お呼びですか?」
「魔物討伐を大々的に行うから、料理に使えるやつらを集めておけ。食料の足りなくなりそうな村に送る予定だ」
「備蓄を増やすためですか」
「今年からは俺が指揮する。領民が一人も死なないような管理をしたい。冬支度の前に終わらせるつもりだったが、ごたごたが長引いたからな。遅くなったが、まだ間に合うだろう」
「今年は本当におかしいですからね。こんな異常なこと、初めてです。一月近く冬が早い。よくない兆候でなければいいのですが」
よくない兆候。
聞きたくない言葉だ。予言などは出ていない。いや、聖女が現れる時は、むしろ輝かしい兆候がある。季節の異常で予言など聞いたことがない。
「たまたまだろ。じゃあ、よろしく頼むわ」
もう用はないと料理長に出ていけと促すと、料理長が一つだけ相談があると持ちかけた。
それを聞いて構わないと承諾する。
料理長が出て行って、オクタヴィアンはまた一人呟いた。
「レナ・ホワイエ、か。あいつもなあ、謎だよなあ」




