53−2 訪問者
人形のような長い銀色の髪。宝石のような紫色の瞳。二十代前半くらいで、ファンタジーの世界で言うなれば、エルフのように美しい。人外に見えるほどの美麗さを持った人だ。上から下まで服も真っ白なので、そんな風に見えるのかもしれない。
城の人だろうか。城で見たことはないが、玲那が知っている人が全員ではないのだから、城の人だろう。長いローブの脇から剣が見える。村人でないのは確かだ。
しかし、男は城へはどう行くのか聞いてきた。森の中に入って迷ったのだろうか。
「あっちの方向にまっすぐ行けば、森から出られるので、そこにある一本道を進んで、何度か小山を上り下りすれば、城が見えてきますよ」
「そうですか。ところで、村人にしては、面白いものを持っていますね。作り主とは違うようですが、どちらでそれを手にしたのですか?」
なんのことだろう。首を傾げると、男はガロガからするりと降りて、玲那に手を伸ばしてきた。思ったより身長が高い。
のけ反りそうになると、頭の上で、リリが、ピイ、と鳴く。玲那の頭からリリを手にして、その頭をなでた。
「リリちゃんが見えるんですか?」
「リリちゃんですか。ええ、見えますよ。このリリックはどうされましたか?」
微笑みを見せて問うてくるが、細目にして見てくるその視線が、お前が持つものではないと言われているような気がして、つい肩に力が入る。リリは人からもらったのだと言えば、紫の瞳を眇めてきた。その仕草だけで、気迫に呑み込まれそうになる。
この人、なんだか。
身分が高い、貴族らしい雰囲気。丁寧な物言いで優しい言葉を発しているが、人を寄せ付けないような威圧感を感じた。ボードンの前に立った時と同じような、居心地の悪さだ。
「リリックはとても珍しいものなのですが、誰かにもらったと言うのは嘘ではないようですね。あなたの名前を聞かせてください」
「……玲那です」
「レナ。わかりました。またお会いすることになるでしょう」
なんで会うことになるんだ。男は人の名を聞いておきながら、自分は名乗りもせず、リリを離すと、ガロガに乗って去っていった。
「なんだろ、あれ。あ、リリちゃん?」
頭の上に戻ってきたリリが、ピイ、と鳴いて羽ばたく。あの男の後を追う気なのか、雪景色の中上昇して、姿を消した。
「レナちゃん。奇遇だねえ」
「オレードさん、フェルナンさん。お帰りですか?」
帰り際、家のそばでオレードとフェルナンに会った。二人も歩きではなく、ガロガにまたがっている。冬になると雪が深いため、ガロガに乗って歩く方が楽なのだろう。ガロガは雪に強いのかもしれない。先ほどの男もガロガで森の中を歩いていた。
道を歩けば楽なのに。あの男は森で何をしていたのだろう。
「レナちゃん、体調悪い?」
「え、いえ。大丈夫ですよ。元気です。さっき、変な男の人が、森の中歩いていて、お城に向かって行ったんですけど、誰かなあ、って思って」
玲那は先ほどの男について二人に話した。オレードがちらりとフェルナンを見やる。フェルナンはどこか緊張した面持ちをしていた。
「どんな服装をしていた?」
「真っ白なローブみたいな、長いコートを着てました。袖と縁に、銀色の刺繍がされていて。あと、銀色の剣を持ってました。女の人みたいに綺麗な人で、銀色の長い髪をしていて。丁寧な言葉を使うんですけど、なんて言うか、偉い人なんだろうな。っていう、不遜な態度で」
「不遜っ!」
オレードが吹き出した。隣でフェルナンが呆れ顔をする。言ってはならない言葉だっただろうか。フェルナンは、聞こえるような場所で言うなよ。と注意してくる。貴族相手ならば不敬で切られてもおかしくないのだと言われてしまった。
「神官だ。都から新しく派遣されたんだろう」
「銀色の長い髪には覚えがあるよ。ローディア・ヴェランデルだね。また、とんでもない人が来たものだねえ」
「ろーでぃあ?」
「ローディア・ヴェランデル。長い銀髪と紫の瞳だったでしょう? 女のような容姿をしているけれど、魔法の腕はもちろんのこと、剣の腕は王族の護衛騎士並だと言われている、稀代の天才。若くして神官になった、大神官候補の一人だよ。そんな人が、どうしてこんな田舎の領土に派遣されたかな」
「すごい人なんですか」
「王族の親族でありながら、子供の頃に神官になったんだよ。八歳くらいだったかな。類稀なる能力を持っているって言われている。王位継承権も持っているんだよ」
それはそれは、とても偉い人らしい。無礼を働かなくてよかったが、貴族相手の無礼がどこまで許されるのかわからないので、少しばかり不安になる。また会うことになる時に、無礼を罪にされたらどうしよう。そんな失礼なことはしていないと思うが。
「護衛もつけず、一人で訪れるとはね。その辺を見て回っていたんだろうけれど。レナちゃん、ローディア・ヴェランデルは神官で、平民にも優しい口調だけれど、貴族らしい貴族だから、その姿に惑わされないようにね。不遜って言っちゃってる時点で、化けの皮が剝がれているみたいだけど」
ククク、とオレードは笑いを堪えつつも、面倒な人間だということは忘れないで。と付け加えた。
二人はそのまま城への道を戻った。オレードは笑っていたが、フェルナンは真面目な顔をしていた。神官となると、フェルナンは人ごとではないのだろう。
「なんか、また一悶着ありそ」
ここ最近平和だったのに、なにもないといいのだが。
すぐにリリが戻ってくる。ご飯を食べに行っていただけか。定位置の頭の上に戻ってきて、その羽で玲那の頭をゆるりとなでた。




