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「さむ」
冬の厳しさを舐めていた。
冬に外出ることほとんどないからなあ。家の中は暖かいし、外で長い時間うろつくことなんて、したことがない。
自分が知っている寒さは、大したことがないということがよくわかった。
古着屋に買い物に行ったが、ほとんどが売り切れていて、結局新品を買うことになった。新品の店は高いだけでなく、あまり実用性がないと言うか、おしゃれな服が多い。仕方がないので、二着ほどセットで購入した。毛皮のコートはロングコートだったので、それを膝丈にし、残った裾を巻きスカートにした。引きずるほどのロングコートだったので、森を歩くには不便だったからだ。
それから、厚めで暖かい布を大量に購入し、それを縫って使うことにした。一部は掛け布団に、その他はチョッキやレグウォーマーなどにするためだ。手袋も帽子も購入した。もちろん毛入りのブーツもだ。
着ぐるみのように大きくなるほど着込んでも、外は寒い。寒さに慣れていないため、この地方の人の厚着をしても、玲那は耐えることができない。だから色々工夫が必要だ。
綿入りの靴は大きいものを購入しているので、靴下を何枚も履き、つま先に布を入れてある。レグウォーマーも履いているし、巻きスカートでお尻と太ももも守っている。首元が寒いので厚めの布を下地にしたマフラーも作った。毛糸が売っていたので、それを使って自分で編んだ。帽子も下地を入れて防寒レベルを上げた。耳当ても欲しいので、帽子に追加した。音が聞こえにくいのが難だが、帽子についている程度の耳当てなので、我慢するしかない。
手袋は毛糸で編んだ手袋に、皮の手袋を二重にしている。指先が凍傷になったら困る。
ずんぐりむっくりの見た目でも、暖かさの方が大事だ。動きづらいが、寒いよりよい。
これでもマシな寒さなのが恐ろしい。吹雪になった時は視界も悪くなり、森の中で迷子になりそうになった。その上風と雪で凍え死にそうになったので、雪がひどくなる前に帰ることを心がけるようにした。迷子にならないためにも、購入した明るい布をあちこちの木に巻いてある。細いリボンなどは問題外だ。木に帯のように明るい色の布を巻きつけて、すぐに気づけるようにした。
雪も降るが、雷も鳴る。時折遅く目覚めたピングレンなる魔物がエネルギーの放出を行うらしく、たまに稲光が森に落ちた。森は危険なことが多い。家はフェルナンが魔法をかけてくれた。大雨の日、あまりに玲那がわめいたので、うるさいと思ってやってくれたのだろう。コーヒーを出した後、フェルナンはキッチンに来ることなく、何かをしていた。家の中が温かな空気になったと思ったら、パッと光ったのだ。
何事かとフェルナンの元に行けば、フェルナンが光をまとい、立ち尽くしていた。
本来ならば祈祷師にお願いするそうだ。あの、野菜が大きくなりますように。と願ってくれる、祈祷師である。あの時はちょっぴーりバカにしてしまったが、フェルナンが行うと神々しく、あまりにまばゆくて、拝みそうになった。実際拝んだ。これで向こう一年は雷などで家が壊れることがないと言うのだから。
ありがたい。いつもありがたい。またおいしく食べてもらえる料理を考えなければならない。
冬になって困ったのは、糧が減ること。木の実はない。ツル草も枯れていることが多い。常緑樹はあるが、使える部分が少ない。動物も雪に隠れて、リトリトなどの姿も見ることが少なくなった。魚はいるが、最近川が凍りはじめてきたので、そのうち釣りもできなくなるかもしれない。
そうなると、とうとう魔物という糧が身近になりそうだ。
「魔物はなー、想像ができない。使徒さんの本があるから、獲り方も調理方法もわかるけども」
けども、である。命懸けで獲ることになると、話は違う。
凶暴なラッカを獲ろうかと思ったが、この冬景色の中、夕方まで待つ余裕がなかった。暗くなれば寒さも増すし、雪が降りはじめるからだ。遭難しても誰も助けてくれない。迷子になったら終わりである。
「唯一の楽しみはお前だけだよ。君はいつになったら食べられるのかい?」
柑橘系らしき、木の実に話しかける。まだ緑色だが、こぶし大ほどの大きさになった実が、たわわに実っている。いつ食べられるだろうか。辞典で調べたら、みかんもどきになっていた。みかんの大きさではないように思えるが、伊予柑とか夏みかんとか、はっさくとか、そんな種類はこの世界にはなさそうなので、みかんもどきになるのだろう。
食べられるようになったら、家の庭に種を植えたい。何年かかるかわからないが、庭に柑橘系がなるとか、素晴らしすぎるのである。楽しみが増える。
みかんもどきの木にお祈りして歩いていると、自分の足音とは違う、別の足音が聞こえた。
ゆっくりと雪を踏み歩く音。ガロガの足音だ。フェルナンかオレードだろう。振り向けば、雪の積もった木々の間から、銀色の煌めきが見えた。
「わ……」
姿を現した白の毛並みのガロガにまたがっているのは、フェルナンでもオレードでもない。美しい銀色の髪を背中に流した人だ。こちらに気づいて、ゆっくりと近づいてくる。
「こんにちは、村の方ですか?」
問われて頷いて、ポカリと口を開けて見上げてしまった。女性、いや、声からして男性か?




