2.突然の事件
大きな邸宅の前に、リムジンが止まる。運転手が開いたドアから出てきたのは、雪弦と彼女の両親――父、ラファエーレと、母、紫――だ。
「ヴィー、ここが日本のお家だよ。今日からしばらくは、ここで暮らすんだ。」
雪弦はこくりと頷き、館に目を移す。
二棟ある館の片方は洋館、もう一方は日本家屋だ。庭もそれぞれに付いており、一方ずつならば、建物との伝統的な調和が、両方合わせたならば、なんとも言い難いアンバランスさが美しい。二棟をつなぐ回廊に、両開きの大きく美しいガラス製のドアが正面を向いて付いている。
「あとでピエトロに案内してもらおうか。―――ん?彼はどこに?」
出迎えのために並んでいる使用人の列を見やり、目当ての人物が居ないことに気づく。
「先程、なにやら忙しそうに邸内に入っていきましたが……あ―――。」
玄関のドアが開き、答えていた使用人がそちらに視線を移す。
美しく装飾されたガラスの板を開け放ち、一人の執事が早足で出てきた。
「皆様、おかえりなさいませ。旦那様、少々お耳に入れたいことが……。」
普段は礼儀正しく文句のつけようもない彼だが、今は非常に焦った様子で、挨拶もそこそこに話を変えた。
「なんだ?」
普段見ないその様に、ラファエーレは怪訝そうな顔で問いかけた。
「ここでは……。」
彼は、言葉をにごす彼に事の重大さを理解した。
「洋館の書斎で話を聞こう。」
◇◇◇◇◇
一行がソファに座ると、緊張した面持ちのラファエーレが口を開いた。
「それで、何があった?」
「本社を任せた代理が、イスラエルにてテロに巻き込まれ、倒れたそうです。」
「フェデリコが⁉」
ラファエーレは、ピエトロの言葉に思わず声を荒げる。
「何があった?状況は⁉」
「ラフィ、落ち着いて。」
紫がたしなめ、彼は座りなおした。
「……すまなかった。詳細を教えてくれ。」
ピエトロは静かに、タブレット端末を差し出した。そこに載っていたのは、フェデリコの秘書、シルヴィオからの救難信号と簡単な状況説明、そして、時事トップ記事のテロに関する状況説明であった。
◇◇◇◇◇
SOS 救援求む。
現在、ベングリオン国際空港内に潜伏中。テロ襲撃により、身動き取れず。よって、予定されていた会議へ向かうことは不可能と思われる。以上。
<現地時刻午前9時45分>
◇◇◇◇◇
SOS 救援求む。
襲撃者不明。生還は望み薄。流れ弾によって、フェデリコ代行は左肩負傷。現在、流れ弾によって私も右上腕部を負傷したため、これ以上状況説明することは不可能とみなす。以上。
<現地時刻午前11時05分>
◇◇◇◇◇
イスラエルの首都、エルサレムのベングリオン国際空港は、本日(7月20日)、現地時刻午前9時38分にハマスによって襲撃された。犠牲者は多数。未だ全容はつかめず。
アウロラ・グループ・カンパニーの社長代行付きの秘書によって、救難信号が多数発信された。彼は代行とともに空港内に居るようだが、位置は把握できていない。
現在、イスラエル公安庁(通称:シャバック)がテロ鎮圧に乗り込んでいる。ハマスは計三回の警告を無視し、投降しなかったため、シャバックは実力行使で開放へと向かっている。
<現地時刻午前11時18分>
23,6,2024