5.優等生(問題なし)と優等生(問題あり)の対話
雪弦は、隣を歩く問題児くんを半目で見つめる。
「ん?なんだよ。」
視線に気づいた彼は、眉をひそめて彼女を見つめ返した。
「雰囲気、変わったわね。」
「そりゃ、当たり前だろ。もう6年も経つ。こんだけの間に変わらない人間なんて、そういるかっての。——まぁ、ここにいるけどな。」
「わたくしも変わったわよ。」
雪弦が不機嫌そうな表情を浮かべたことを、彼は読み取った。
「いや、全く変わってない。今も、お前の駄目なとこが存分に発揮されてる。」
「どこが駄目なのよ。」
「まず、その無表情を直せ。声に感情をのせろ。機械的な発言はやめろ。ロボットみたいだろ。」
問題児くんは、雪弦をにらむ。
「ロボット。」
「そう、ロボットだ。まったく、画面越しで見てる内は改善されたと思ってたのに、ただ猫かぶって誤魔化すのが上手くなっただけじゃないか。……次そういう行動したら、コンピューター人間って呼ぶからな。」
雪弦は小さく眉をひそめたが、彼の厳しい顔を見ると不承不承といった様子で首を縦に振る。
「——王来王家颯雅!」
問題児くんの名前が呼ばれたが、彼はその声を無視し、雪弦の隣に並んで歩みを進める。
「ねぇ、王来王家颯雅!返事できないの?」
颯雅は不機嫌そうな表情でくるりと裏を向く。
「ピーチクパーチクうるさい。間の悪い顔だけポンコツ腹黒人間、今日も絶好調みたいだな。」
盛大に毒を吐いた。
「はぁ?まぁ、絶好調だけど?……それで?顔だけって、まだそんなこと言ってるの?僕、一応日本の芸能界のトップスターって言われてるんだけど。成績も、一応入学からずっとセクンドゥス=コンスルだし。っていうか、なんか呼び方の装飾増えてるし。」
「一応一応くり返すな。美しくない。日本語は流れるように美しい言語なんだから、お前の知性のたりない脳みそと口で汚さないでくれないか?」
心底嫌そうにしかめた顔で、彼は吐き捨てるように話す。
「呼び方に関しては、俺の感じたことをそのまま言ってるだけだ。お前を第三者目線で見たらこうだってことだ。隣にいるのは”世界一有名な天才少女”だし、俺はケルサス=アマデウスで、王来王家一族の長子だ。」
雪弦はそれまでそのやり取りを静観していたのだが、不意にすっと目を細めた。
「あら、昔は王来王家の長子って立場を使うの、嫌いだったはずなのに。人間は変わるものだって話、本当みたいね。あなたはもう、わたくしの知っている喧嘩別れした颯雅ではなくて、王来王家一族長子の颯雅になったのね。」
小さく、苦々しい笑みを見せる。
「……残念だわ。」
彼女は踵を返し、革靴の音を響かせながら歩き去った。
◇◇◇◇◇
「——いいの?」
雪弦の背中が廊下の角を曲がって見えなくなったとき、“間の悪い顔だけポンコツ腹黒人間”は不意に颯雅に問いかけた。
「いいんだよ。もう、あいつは俺とは住む世界が違うんだから。」
そう言う颯雅の顔は、言葉に反して寂しそうに眉をよせていた。
「ふーん……。じゃぁ、ぼくがあの子と友達になっても文句言わないよね。」
「勝手にしろ、間の悪い顔だけポンコツ腹黒最低人間。」
颯雅は、いら立たし気にそう言った。
「ねぇ、ぼく、間の悪い顔だけポンコツ腹黒最低人間じゃなくて、御手洗松千代っていう正式な名前があるんだよ。」
「幼名だけどな。」
「家の伝統なんだから、しょうがないでしょ。一五歳の元服までこの名前は変わらないんだから、幼名って馬鹿にして言わないでくれるかな。」
松千代にそう言われた颯雅は、肩をすくめた。
「馬鹿にはしてない。幼名って、事実だから言っただけだ。」
「そんなの、ただの詭弁だよ。」
松千代は唇を尖らせる。その様子を見た颯雅は、苦笑をもらした。
「笑わないでよ。」
「あぁ、悪い。なんか元気出たから行くよ。じゃ、頑張れよ。」
颯雅が謝ったことに目を丸くしている松千代に背を向け、彼もその場から去っていった。
◇◇◇◇◇
残された松千代はぽつり、とつぶやく。
「……だから憎めないんだよ、ほんと。」
ざぁっと一陣の風が吹き、彼の柔らかい髪をさらりと揺らしていった。
18,5,2024