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記憶 未来の君へ  作者: 間瀬
Ⅰ キャンベラから東京への転入

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2/14

1.キルトン教師の言葉

Ⅰ キャンベラから東京への転入

リュディヴィーヌは、目尻に涙を浮かべて立っていた。彼女の唇の間から流れ出る言葉は、流暢な英語だ。


「今日は特に時間がないのでしょう?別に、来なくても良かったのよ。」


「えぇ。でも、一つだけ言っておきたいことがあったの。リュヴィー、連絡するから……返事、絶対に頂戴。」


「えぇ、わかったわ。ありがとう、今まで。」


彼女は、アナヤと別れのハグを交わす。


「じゃあ……また会おう。」


アナヤは再会の約束を残し、車に乗って屋敷の門を出ていった。


「また会おう、ね……。」


ポツリ、と一人佇むリュディヴィーヌは呟いた。


「お嬢様、車の準備が完了いたしました。」


「えぇ、今行くわ。」


彼女は帽子を被り直し、正面玄関前のロータリーに停まっている車に、運転手の開いたドアから乗り込んだ。


 ◇◇◇◇◇


黒塗りのリムジンが門前に停まる。


運転手が開けたドアから出てきたのは、リュディヴィーヌだ。彼女は、ゆっくりと歩き出す。


門から続く並木道も、その先にある美しい校舎も、その奥にある寄宿舎も。門の内側のちっぽけな世界の、全てが美しく見える。


「おはよう、ランディクアロリス。」


彼女が校舎に入ると、すでに教師が待っていた。


彼の名は、ダンフォース・キルトン。ここ、ウェリタス・カレッジ・スクール キャンベラ中等院の生徒たちの間での共通認識は、厳格な教師、である。


「おはようございます、キルトン先生。」


リュディヴィーヌが微笑んでそう言えば、キルトン教師は、普段はそう出番のない表情筋を珍しく動かした。リュディヴィーヌは、訝しげにその顔を見つめる。これは、何というたぐいの表情なのだろうか。


そう、これは——。


「寂しくなるな。」


普段の彼からは想像もできないほどの小さな声が聞こえる。言ってからハッとした彼自身は、聞かせるつもりも、もらすつもりもなかったのかもしれない。しかし、その言葉は、確かに彼女の耳に届いた。


「寂しい、ですか……。それでは、わたくしはそれなりに、認めてもらえていたのでしょうか。」


「当たり前だ。クラス対抗競技会ではクラスを見事優勝に導いた。学業では常に満点以上、歴代トップの成績を残した。文化祭では企画・運営を先頭に立って行い、最高のものに仕上げた。ドクトゥス(女子副会長)として……いや、ソレムニス=ハルモニア=イン(幹部会)ぺリウムのメンバーとして、生徒のつながりを深め、まとめ上げ、常に良い方向へと導いてきた。」


キルトン教師はリュディヴィーヌをまっすぐに見つめる。


「来年もこの院に居たのなら、間違いなくサルヴァトール(生徒会長)になっていただろう。君には、人を引き付ける魅力がある。容姿だけじゃない。君の美しい心と頭脳明晰さがあったからこその求心力だ。」


サルヴァトール(生徒会長)。本来、ラテン語では救世主のことを指すが、ウェリタス造語では別の意味、ソレムニス=ハルモニア=ス(生徒会)コラ――ウェリタス造語。略称:スコラ――のソレムニス=ハルモニア=イン(幹部会)ぺリウム——ウェリタス造語。略称:インペリウム——のトップのことを示す独自の文化が、開校以来代々続いてきている。


ウェリタス造語とはその名の通り、ウェリタス・カレッジ・スクール独自の、ラテン語を基とした造語のことだ。


ドクトゥス(女子副会長)になるには学年は関係ないが、サルヴァトール(生徒会長)には最高学年しかなれない。


キルトン教師は、優しい光を瞳に称えていた。


「誇りなさい、自分のことを。君は天才で……そして、私の自慢の教え子だ。自分のことのように、誇りに思うよ。近い将来、活躍している君を見れることを願うよ。」


ちょうど、リュディヴィーヌのクラス、つまり、キルトン教師の受け持つクラスの前についたところだった。彼は初めて彼女に微笑み、さっと前を向いて教室のドアを開けた。


——最後の教え子に、君が居てよかった。


彼が前を向く直前、そう聞こえたような気がしたのは、リュディヴィーヌの幻聴だったのだろうか。幻聴であってほしい、と彼女は思う。彼はまだ、38になったばかりなのだから。


教室のドアを先に通った背を見つめ、彼女は少し濡れてしまった目元を拭った。そして、キルトン教師の後に続いた。


「おはよう。」


リュディヴィーヌが席に着くと、教壇の前に立ったキルトン教師が話し始めた。


「皆、今日も元気なようだな。では、連絡を何点か。一点目。先月伝えておいたように、リュディヴィーヌ・エリノア・ジークリット・コノエ・ユヅル・ランディクアロリスは本日を最後にキャンベラ中等院を辞め、東京中等院に転入する。ここで彼女と会えるのは最後と思って、今日一日を過ごしてくれ。」


その後他の連絡事項が数点伝達され、解散となった。教室は一気に騒々しくなる。一人の女子生徒が、リュディヴィーヌに話しかけた。


「リュド、本当に行ってしまうのね。」


「えぇ。」


「残念だよ、“キャンベラの永遠の壁”が行ってしまうなんて。」


リュディヴィーヌの頬がわずかに引きつる。


「クレインプーロ。何度も言うけれど、その二つ名で呼ぶのは止めて頂戴。」


クレインプーロ――ウェンセスラス・クレインプーロ――に、彼女が冷たい目で話す。


「じゃあ、ケルサス=アマデウス(オール首席称号)な。」


「当然でしょう。それがオール首席の正式な称号よ。」


ウェンセスラスは、リュディヴィーヌがあまり好ましくは思っていない、数少ない人物の内の一人だ。


先月、リュディヴィーヌが東京院に転入するという話があった際は、この学年もベネディクショネム=グロ(オール首席卒業生称号)ーリアが出ないことになるのか、とぼやいた人物だ。


人を成績でしか見ていない、というのがリュディヴィーヌの彼への評価だ。ウェンセスラス自身は、入校以来セクンドゥス=コンス(次席称号)ルの称号を与えられている。


「向こうでベネディクショネム=グロ(オール首席卒業生称号)ーリアになれよ。転入だから、こっちの成績が引き継がれるんだろ?」


「えぇ、そうよ。あなたこそ、これからはラウルス=コンスル(首席称号)になって、コロナ=ウィクトリア(首席卒業生称号)として卒業式の首席挨拶で登壇できるといいわね。まぁ、他の人に抜かれなければの話だけれども。頑張りなさいよ。」


少々馬鹿にしたような口調でそう言ったリュディヴィーヌは、さっさと他の生徒との話を始めた。

6,5,2024

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