働き蜂の妖精さん
クロワッサンとチョコクロワッサンを食べ終え、次は妖精を見に行きましょうと言うカレンデュラ様の提案に従い、街の一番大きな花壇がある広場へとやって来た。最初にグレン様と言い合いをして別れた場所だ。少し前に周囲を焦った様子で見回し走り去って行ったグレン様の側にクリスタベル殿下はいなかった。てっきり、あのまま殿下と一緒に花祭りを楽しむものかと思っていたのに。
……会ったところで言われるのは文句だけ。クリスタベル殿下みたいには接してくれないグレン様に会いたくない。これでは殿下に嫉妬していて嫌になる。小さく溜め息を吐いたら側にいたカリアス様に気付かれた。何でもありせんと笑って見せると「そう?」と怪訝にしながらも聞かないでいてくれた。有難い。
ずっと探されるのも申し訳ないので、魔法で造り出した蝶に私の言葉を乗せてグレン様の許へ飛ばした。グレン様の魔力を辿って飛んで行くからすぐに辿り着ける。
「グレンが気になる?」とカリアス様。
「気になるというより、探してもらわなくて結構ですと蝶に言伝を頼みました」
「そう……」
後は帰るなり、やっぱり殿下と合流するなりして楽しんだらいい。
広場に着くと人の多さが違った。花祭りの主役ともいえる場所だから人が集中する。何処に妖精がいるのかとカレンデュラ様に訊ねたら、よく知っているたおやかな声が飛んできた。三人揃って振り向くと三人の護衛を引き連れたクリスタベル殿下がいた。
少々剥れているのはグレン様と別れたから? 若干、睨まれているのは気のせいと思いたい。
挨拶を述べるとカレンデュラ様の夕日と蜂蜜色を混ぜた不思議な瞳が愉しげに煌めいた。
「ご機嫌よう王女殿下。供を連れて賑やかですわね」
「ご機嫌ようベルローズ夫人。カリアス様と……あら、少し前にグレンを置いて行ったロリーナ様ではありませんか」
うわ……嫌な言い方……事実ですけども。
「ふふ。聞きましたわ、婚約を解消なさるのですってね? おめでとう。早くグレンを解放してあげて」
「……まるで私がずっとグレン様を縛り付けていたみたいな言い方ですね」
「本当の事じゃない。ロリーナ様みたいな性悪がグレンの側に居続けたのが抑々の間違いよ。グレンは元々私の婚約者になる筈だったのよ? それをシュタイン公爵様がカラー侯爵家の魔法技術欲しさで」
この方はグレン様と私の婚約の事情までは知らないのか。……一目惚れされていた、なんて知っていたら私が想像するよりも悲惨な嫌がらせをされそうだから知らなくて正解で、これからも知らないままでいてほしい。
「政略結婚は何処の家でも、王家でもあるではありませんか。グレン様と私の婚約が両家にとって利益となるなら、それに従うまでです」
「グレンが尚可哀想だわ。お父様やお母様は私の為を思って何度もシュタイン公爵夫妻を説得して下さったのよ? グレンにも、ロリーナ様は踊り子がカラー侯爵を誘惑して生まれた卑しい娘で絶対に好きにならないでってお願いしていたの。ふふ、グレンは貴女が大嫌いだから私の願い通りになって良かったわ」
「っ……」
他人の心なんて殿下にとっては無価値に等しく、自分だけの都合を優先する。可愛らしく微笑んで護衛達は頬を赤らめるが私からすれば最低で嫌悪が凄まじい。
「お友達にもグレンに言ってもらったの。ロリーナ様がどれだけ酷い方か。グレンってば、最初は信じてくれなかったけど徐々に信用してくれてね。後はグレンの方からロリーナ様に婚約破棄をしてくれるのを待って、私に婚約を申し込んでくれるのを待っていたの。なのにグレンってば、頑なにロリーナ様とは絶対に婚約破棄も解消もしないなんて意地を張っちゃって」
幼少期から交流のある殿下や周囲に私の悪口を聞かされ続けたグレン様が私を嫌うのは仕方なかった。でも、それが真実なのか偽りなのかの確認くらいは出来た筈では? ときっとグレン様がいたら口にしていた。
側にいるカリアス様を一瞥してサラリと視線を元に戻した。見てはいけない。カリアス様があまりに無の相貌を見せていらっしゃる。
カレンデュラ様は…………一瞥してすぐに逸らした。深い笑みが恐ろしい。
カレンデュラ様は紡いだ。
「働き蜂な妖精さん達、レイチェルを馬鹿にした人間の小娘を少し揶揄ってやりなさい」
蜂!?
クリスタベル殿下に不穏な言葉は聞こえていないのか、余裕の態度は一切崩れない。淡く光った花畑に皆の視線が一斉に集中した。注目を集める花々から光の球形が出現し、見る見る内に形を変えていく。嫌な予感がしてならないと見ていると、球形は私が知っている形とは異なる蜂となった。真ん丸として、蜂なのに何だかとても可愛らしい。働くのが大好きな妖精のミツバチさんよとはカレンデュラ様の言葉。
「殿下! 下がってください!」
護衛達が突如として現れたミツバチ達を警戒し、殿下の守りを固めた。
カレンデュラ様が視線をミツバチ達にやると彼等は一瞬にしてクリスタベル殿下と護衛達を囲った。多数のミツバチに囲まれ、剣を振るって追い払おうとしても刃はミツバチに当たらない。
「なんなのよこの虫は!!」
「カリアス!! お母様はとても怖いわ!! 私達も早く逃げましょう!」
「え」
え、は私。急に態度を変えたカレンデュラ様に驚くなと言う方が無理で。カリアス様は流石慣れており、周囲の人々が逃げて行くのに混ざって私達も花壇から離れる事に。
「待ちなさい! 私達を助けなさい! これは王族としての命令よ!!」
ミツバチに囲まれているクリスタベル殿下が叫ぶ。振り返るとクリスタベル殿下や護衛達はハチミツ塗れになっていた。ミツバチ達は次々にハチミツを掛けていく。
ハチミツが好きな私はつい勿体ないと零してしまう。側で聞いていたカリアス様に笑われて少し恥ずかしい。
立ち止まったカリアス様は怯える(フリをする)カレンデュラ様を安全な場所に置いたら、すぐに戻りますと私を連れてこの場から離れた。
花壇からついさっきまでいたカフェ付近に戻った。
「ふふふ! どう? あたしの演技。舞台に立てるかしら」
「随分と楽しそうでしたね母上」
「無駄に歳を取ってないもの。あれくらい序の口よ」
「あのハチミツに毒などはありませんよね?」
私が訊くとどうかしら? と首を傾げられた。え……。
「あ、あるのですか?」
「ミツバチさん達次第ね。妖精は馬鹿にされるのをとっても嫌うの。同族を馬鹿にされるのも同じ。あと、あのハチミツ美味しいのよ? あたしが妖精に会えるかもって言ったのは、ミツバチさん達のハチミツを売る妖精のお店があるかもって意味なの」
「そうだったのですね。カリアス様はこの後戻りますか?」
「ああ言った手前戻るよ。ハチミツを掛けられているだけなら殿下達を馬車に詰め込んで帰ってもらうさ」
行ってしまったカリアス様を見送ると私とカレンデュラ様は妖精のハチミツ売りを探した。
広場から逃げてきた人が多いので少し歩きにくい。お姉様やロードナイト殿下も来ているから、何処かで鉢合わせしそうだ。
と考えているとすぐに予感は当たった。
お姉様とロードナイト殿下と会い、二人は私がカレンデュラ様といる事に驚くと共にグレン様がいないのを見て事情を察したらしい。訳を話すとそこに呆れが追加された。
「何をやってるんだあいつはっ、クリスタは放っておけと何度……」
「もういいじゃありませんの。今回でシュタイン公爵の堪忍袋の緒も切れるでしょう。陛下や王妃殿下からのチクチクから解放されるなら、公爵も安心されるでしょう」
二人はグレン様が元々クリスタベル殿下の婚約者になる筈なのを知っていた。ロードナイト殿下はクリスタベル殿下の兄君であるから、知っていても変じゃない。
「グレン様にはもう会っていないの?」
「カフェでお茶をしている時見掛けたので、通信用の魔法で私の事は探さないで下さいと伝えました」
「そうなのね。そういえば、広場の方で騒ぎがあったみたいよ」
「あ、ああ、それは」
広場の騒ぎを説明すると二人はギョッとした面持ちでカレンデュラ様を見つめた。ロードナイト殿下はお姉様から私の母が妖精である事を知っているので、カレンデュラ様が妖精だと聞いても大して驚きはしなかった。
「王女様がハチミツ塗れ……ハチミツが勿体ないわ」
お姉様もハチミツが好きなので私と同意見だ。
「今カリアスが戻っているから、その内お城に戻るでしょうね。ミツバチさん達もカリアスが私の息子と知っているから、あれ以上手荒な真似はしないでしょうし」
「ハチミツを掛けるだけで良かったとも思います……ミツバチと言えど、針で刺されると想像したら」
「花壇の周囲には他の虫もいるから、ハチミツ塗れの王女達はとっても魅力的に映るわね~」
「……」
「あたしは平気だけど、確か王女様大の虫嫌いよね。妖精のミツバチさん達が作るハチミツは虫達も大好きだから、湯浴みをしても暫く香りは取れないでしょね~」
もしかして、目的は最初からそれじゃ……。
ロードナイト殿下は「……暫くクリスタの部屋には近付かないでおこう」と呟いた。
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