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最初はグレンとクリスタベルだった


「あら、そうだったのね。ふふ、王女様は昔からグレン君が大好きだからロリーナちゃんに取られたくなくて必死なのね」

「え!?」



 場所はクロワッサンが売りのカフェ内。運良く店内の席を確保した私達は珈琲三つとクロワッサン・チョコクロワッサンを二つずつ頼み、焼き上がるのを待っている間の会話で私がカリアス様といた訳を話した。目の前に座る女性はカレンデュラ=ベルローズ公爵夫人。私の亡き母と同じ妖精だ。ピンク色の髪と夕日と蜂蜜色を混ぜたカリアス様と同じ瞳の非常に愛らしい女性。亡き母は銀色の髪の毛をしていた。

 因みに妖精に多い髪色は桃色なのだと教えられた。


 大体の理由を話し終えると上記の内容を言われ驚いた。



「殿下がですか?」

「あら、気付いてなかったの? 元々ね、グレン君は王女様の婚約者となる予定だったの」

「私と婚約したのは……」

「グレン君がロリーナちゃんに一目惚れしたからよ。当時のシュタイン公爵は大変だったそうよ~」



 王子が二人生まれると王女が欲しくなった国王夫妻が励んだ結果誕生したのがクリスタベル殿下。儚げな見目に可憐な容姿は正に天使。目に入れても痛くない娘が好意を寄せているのがグレン様。元々グレン様とクリスタベル殿下の婚約を結ぼうとしていたらしい王家とシュタイン公爵。実現しなかったのは私に一目惚れをしたグレン様がシュタイン公爵に頼み込んで私と婚約をしたからだ。



「王様や王妃様からは散々グチグチ言われるわ、王女様はショックで熱を出して寝込んでしまうわでね。公爵夫人も大変と言えば大変そうだったわ。王妃様とはお友達みたいだから、母親からグレン君を説得してほしいと何度も頼まれたんだって。全部マリオ君があたしに話した事よ」



 マリオとはベルローズ公爵を指す。



「私の悪い噂というのは、ひょっとして」

「王女様や王妃様が流しているのよ。主導しているのは王妃様だけど、それとなく口にしたのを周りが尾鰭を付けて吹聴しているから、お前が悪い! って指を指せないの」

「母上、人に指を指さないでください」

「あらごめんなさい」



 語尾に音符でも付きそうな機嫌の良さ。社交界で会う時は公爵夫人としの威厳がタップリだが、素で会うととても話しやすく口調も公爵夫人の皮を脱いでいるため言葉遣いが少々よろしくない。自由な方で羨ましくもあり、人の感情に敏感で何でもすぐに見抜いてしまうすごい人。見目からじゃとても分からないが実年齢は百を超えているとか。妖精は人間よりもとても長生きなのだと教えてくれたのもカレンデュラ様。人間の血が混ざった私やカリアス様も長生きするだろうとも昔言われた。

 そう考えたら、生粋の人間であるグレン様とはやっぱり最初から合わなかったのではないか。


 指を下ろしたカレンデュラ様は悪戯っ子のように夕日と蜂蜜色を混ぜた不思議な瞳を煌めかせた。



「王女様の前でグレン君との婚約解消を話したのよね?」

「はい、話を進めますと」

「ふふ。きっと、お城に帰った王女様が王様や王妃様に話してくれるわ。そうなったらシュタイン公爵は大忙しね」



 婚約解消を進めながら、王家からクリスタベル殿下とグレン様の婚約を勧められるからと。



「王女がグレンが好きだからという理由だけでは、王命での婚約は出来ませんから。あくまでシュタイン公爵に納得させないとならない。お気の毒に、シュタイン公爵」

「……グレン様はどうするのでしょうか」



 気になった。このまま婚約解消するのを前提としても、その後のグレン様はシュタイン公爵が言えば婚約を受け入れるのかと。でもよくよく思い出すと、婚約者の私よりいつもクリスタベル殿下との方が仲睦まじくしているのだから何の問題もない。寧ろ、私との方が問題が多かった。

 私の悪い噂を鵜呑みにして嫌い続けるなら、さっさと婚約解消なり白紙なりにしたら良いものを。

 はあ、と溜息を吐いて珈琲を飲んだ。砂糖入れるの忘れてたから苦い。が、今はこの苦さに甘えよう。



「ロリーナちゃん。あたし、もし仮にグレン君と王女様が婚約したら王様や王妃様に悪戯しちゃうかも」

「悪戯?」

「ええ。ロリーナちゃんが悪く言われているのも、グレン君がロリーナちゃんに冷たいのも、元を辿れば王女様に甘い王様や王妃様のせいでしょう? 二人が婚約して喜ぶのはあの夫妻だけでしょう? それだと、あたし苛々してマリオ君に当たってしまいそうなの」

「は、はあ」

「王様や王妃様に悪戯しちゃおうかなって」

「そんな事したらベルローズ公爵家が危なくなってしまうのでは」

「大丈夫よ。妖精は悪戯が好きなの」



 花祭りに姿を隠して参加している妖精は昔から多数いて。悪戯をよくしていたそうだが、カレンデュラ様が王都に居ついてからは悪戯を止めさせていた。観光客の食べ物を盗んだり、頭に勝手に花を咲かせたり、恋人達に大量の花を勝手にプレゼントしたり等色々。止めた理由は見ていると周りがうるさくなるから、だとか……。

 悪戯をするのは妖精とカレンデュラ様。止めても無駄だと呆れながらも最初から止めるの気のないカリアス様。



「母上は一度こうと決めたら考えを変えない。それに僕も賛成。君の印象を下げて自分達だけ得をしようとする王族には腹が立って仕方ないよ」

「カリアス様……私も話を聞いているとちょっとイラっとしました」

「うん。その意気だよ」



 話している間にも焼き立てのクロワッサンが運ばれた。甘くて香ばしい香りが食欲をそそる。チョコ味のクロワッサンを取り、一口食べようと口を開き掛けた時咄嗟に閉じてしまった。カフェの前をグレン様が通ったのを見てしまった。大層焦った様子で周囲を見回し、すぐに何処かへ行ってしまった。クリスタベル殿下はどうしたのか……まさか私を探してる? カリアス様も気付いたようで「気にするな。あいつの自業自得さ」とクロワッサンの味の感想を求められて一口を食べた。

 甘味を抑えたチョコレートと濃厚なバターの風味によってすぐに次のクロワッサンが欲しくなった。「とても美味しいです」と次の一口を食べた。本当にとても美味しい。持ち帰りがないのが残念だ。

 半分くらいまで食べ終えて一旦お皿に置いた。



「不思議なんですが」

「どうした」

「グレン様は私の悪い噂を沢山聞いて、それを信じて私を嫌っていたんですよね? どうして婚約を続けていたのでしょう。まさか、私がシュタイン公爵家に嫁げばお姉様と離れるからですか?」

「セレーネ嬢をロリーナ嬢が虐めていると信じているなら、強ち間違いではないかもな」

「……虐められている人が虐めている人と同じ空間に長時間いると思いますか?」

「虐めている側は虐められている側を物理的にも精神的にも支配する。文句を言いたくても言えない」

「お姉様は、昔私に意地悪をした男爵家の令息を火球(ファイアー・ボール)で王都の端まで追い掛け回した方ですよ?」



 もしも私が虐めていても、無抵抗などせず持ち得る知識・力のある限りでお姉様は反撃した。そして、私は絶対に黒焦げにされて今頃生きてはいない。件の令息は男爵に激怒された挙句、子供ながらに勘当されかけた。男爵夫人の懇願で追い出されはしなかったがこれ以降火球(ファイアー・ボール)とお姉様恐怖症に掛かり実家の領地で過ごしていると聞いた。現在どうしているのかは知らない。偶に思い出してお姉様に話を振っても興味がないから知らないで終わる。

 カリアス様は知っているようで遠い目をしてロードナイト殿下がお姉様の体力に不安を覚えたとか。



「体力に不安ですか? どうしてです」

「うん? うーん……これは当人達の問題で僕達他人は口を出すべき問題じゃない」

「ですが」

「セレーネ嬢の体に問題がある訳じゃないから気にしなくて平気」



 こうまで言われてしまえば引き下がるしかない。渋々諦めると「ごめんね」と眉尻を下げられ、気にしませんと残りのチョコレートクロワッサンを完食した。珈琲を飲み次のクロワッサンに手を伸ばした。



「ロリーナちゃんを見てるとレイチェルが恋しくなるわ~」

「お二人は知り合いだったのですよね?」

「知り合いというか、長年の友達よ。身分で言うとレイチェルが上だけど、末っ子だからかなり自由に育てられてね。大人になったらふらっと人間の世界に行ったっきり帰って来なかったの。あたしもだけど」

「妖精の方々が住む世界はどんな所ですか?」

「妖精は花が大好きでね、街の至る所に満開の花が咲いているわ。季節によって花を変えるから違う景色を見れて楽しいわ」



 久しぶりに里帰りしましょうかと笑む夫人に釣られ私やカリアス様も微笑んだ。夫人が里帰りをしたら、きっとベルローズ公爵は泣いて引き止めてしまう。王国で最も仲良しな夫婦として二人は有名だ。やっぱり二人の馴れ初めが理由。興味本位で訊ねると公爵はカレンデュラ様を一目見て惚れこみ、当時住み込みで働いていたパン屋に毎日通ってはパンを買って帰って行ったと。



「マリオ君ってばしつこくてね。二年間毎日パンを買いに来ては私に求婚(プロポーズ)をしてきたの」

「毎日!?」



 カリアス様は知らなかったらしく、驚きのあまり素っ頓狂な声を出していた。



「それも同じパン。身分は高く顔も良いのに変な人間って相手していなかったのに、気付いたらマリオ君のしつこい求婚(プロポーズ)を受け入れちゃってね。長い人生こんな事もあるわねって結婚したの」

「人間の生活は大変だったのでは? 公爵夫人ともなると……」

「ああ、その辺は大丈夫。無駄に長生きはしてないから」



 百年以上生きているだけはあり、言葉の説得力が違い過ぎる。ベルローズ公爵の意外な一面を垣間見た。常に冷静沈着でシュタイン公爵夫人の兄君でいらっしゃるから、グレン様と似ていて少し苦手意識を持っていた。特にグレン様と同じ水色の瞳で見られると意味もなく体は緊張してしまう。言葉を交わした回数は少なく、殆ど挨拶だけで終わる。

 ……グレン様と婚約者として顔を合わせる事は今日以降ない。最後の最後くらい、彼の婚約者として過ごす思い出が欲しかったのに、欲を出したせいで神様が怒って罰を下したのかしらね。



「グレン君のしつこさはきっとマリオ君譲りね~。貴方もね、カリアス」

「……ロリーナ嬢に嫌われない程度には気を付けます」



 屋敷に帰ったらまずはお父様に報告し、次にお姉様やお義母様にしよう。

 なるべく速やかに婚約解消がされるようお父様にどう頼もうか考えている私は、カリアス様とカレンデュラ様の会話が耳に入っていなかった。





読んで頂きありがとうございます。



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