表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

私が馬鹿だった



 不意に意識が浮上し、目を開けた。窓から差し込む陽光が今を朝だと報せる。もう朝なのか。上体を起こして暫し動かない。眠気が消えたかな、のタイミングで侍女が入った。朝の行動はまず洗顔から始まる。

 王都で流行りの洗顔料を使い、そこからスキンケアをし、化粧台の前に座って侍女に髪を梳いてもらう。



「今日はどのような髪形に?」

「そうねえ……」



 グレン様と最初で最後の思い出になるのだ。今日くらい、自分の好きな髪形にさせてもらおう。左側の髪を一房三つ編みにしてもらい、桃色のリボンで縛った。桃色は私の亡き母が好きだった色だとお義母様が教えてくれた。

 妖精も来ると言っていたがどの様に来るかまでは分からないので、現地に着いてからの楽しみにしよう。

 グレン様が贈ってくれたドレスは朝食を食べ終えてからにした。

 髪のセットを終えて食堂に向かいましょうと侍女に声を掛けた時、慌てた様子でお姉様がやって来た。普段冷静なお姉様が珍しい。余程の事だと身構えると信じられない話を聞かされた。急いで私の衣装部屋に向かうと、数人の侍女が何かを囲って呆然と見ている。部屋に通してもらい、私も呆然となった。



「これってグレン様が贈ってくれたドレスですよね……」

「ええ……」



 隣に来たお姉様に確認をすると頷かれてしまった。心のどこかでは違ってほしいと願った。薄い紫色のドレスはフリルとリボンが付いて少々子供っぽいが私の好みに合わせて作られていてとても可愛い。……のに、肝心のドレスに茶色い染みがあった。微かに香るのは珈琲。



「誰かが意図的に珈琲を掛けたのね」

「一体誰が……」

「……推測でしかないからまだ言えないけど、心当たりならある」

「え」



 難しい顔をするお姉様に相手の名を訊ねるも、首を振られた。ただ、私にも考えれば分かる人だと。



「取り敢えず、替えのドレスにしましょう。元々着ていく予定のドレスってあった?」

「あ、は、はい。ワンピースを着ていこうと」



 当初着る予定だったワンピースを見せた。それはお義母様がお出掛けの際に着たらいいと少し前にプレゼントしてくれた。イエローの長袖のワンピースで、スカート部分に白い花の刺繍、袖や裾にはレースがある。靴や鞄はドレスに合わせてデザインされており、他の物では浮いてしまう。

 誰がやったにせよ、このドレスはもう使えない。グレン様が迎えに来たら真っ先に謝ろう。



「雲行きが怪しくて嫌な予感がします」

「同感。グレン様怒るでしょうがきちんと理由を話すのよ」

「はい」


 まあ、怒るだろうな……。



 ――朝食を終え、暫くゆっくりしているとグレン様は迎えに来てくれた。案の定、私が贈ったドレスを着ていない事に苛立たせてしまった。顔を険しくし、ドレスの理由を聞かれたので包み隠さず話した。信じてもらえないといけないから、侍女にお願いして珈琲を掛けられたドレスを見せた。顔を顰めたグレン様に心当たりはありますか、と訊ねた。



「そんなもの、あるわけないだろう」

「そうですか……」



 お姉様はあるみたいだから、もう一度聞いてみよう。私が考えたら分かる相手というのも気になる。



「……そのワンピースは?」

「お義母様がプレゼントしてくださいました」

「……そうか。行こう」



 すっと手を差し出された。

 態度も声も冷たいのに、こうしたエスコート等はいつもする。変に律儀な方だ。グレン様の手を取ってシュタイン公爵家の家紋が刻まれた馬車に乗り込んだ。普段なら向かい同士で座るのに今日に限って隣に座られた。

「どうしたのです?」と不思議に思っても「……何だっていいだろう」と素っ気なく返され、グレン様は窓を見たまま此方を見ようとしない。

 理由は不明にせよ、折角贈ったドレスが台無しになった事に腹を立てているのだろう。

 気まずい馬車内。忘れていた事があると思い出した私はグレン様を呼んだ、チラリと此方を見たグレン様にお礼を述べた。



「ありがとうございます。あのドレス、とても可愛らしいデザインで着てみたかったです」

「…………気に入ったのなら良かった」



 窓を見たままで愛想ない返事。機嫌が悪いのは仕方ないにしても、少しくらいこっちを見てくれてもいいのに。思い出作りはやっぱり難しいのかもしれない。


 会話は続かず、無言のまま馬車は広場に到着した。先に降りたグレン様の手を取って降りる。周りには恋人達や家族連れが大勢いて、多数の露店が既に開店しており様々な店に行列が出来上がっていた。



「どこか行きたい場所はあるか?」

「それなら――」


「グレンじゃない!」



 この声は……!

 嫌な予感がしてならない。外れてほしい予想は普通に当たった。三人の護衛を引き連れたクリスタベル殿下がお忍びの姿で私達の許に。ご挨拶申し上げると愛らしい相貌が珍しいと私とグレン様を見ていた。



「グレンやロリーナ様も来ていたのね。てっきり、別々で来るものだと思っていたわ」

「婚約者なんだ、一緒に来て当たり前だろう」



 ……それも今日まで。

 改めて思い知った。グレン様はやっぱりクリスタベル殿下が好きなのだと。慈しみのある瞳や親しげな声色。殿下といる姿は様になっており、私は場違いな場所にいると錯覚してしまう。

 二人話に夢中になり私の事なんて眼中にない。護衛の騎士から突き刺さる視線が痛い。邪魔だと言われてるみたいで居たたまれない。

 どうせいなくなったってクリスタベル殿下に夢中なグレン様は気付かない……そっと離れようとすると「ロリーナ」……気付かれた。



「待て、何処へ行く」

「グレン様と殿下の邪魔をしては悪いので私はお店を見て回りますわ」

「全く、可愛げないな君は」



 カチンときた私は短気なんだろうか。



「そうですね。私は全然可愛くありません。なので婚約解消のお話はこのまま進めさせて頂きます!」

「な、そんな勝手認められると思うのか!?」

「拒否しているのはグレン様だけですから。どうぞ、可愛げのない私は二度とグレン様の前に姿を見せませんので!」



 キョトンとするクリスタベル殿下や周章するグレン様を置いて人混みに紛れた。

 ちょっとでも期待した私が馬鹿だったのだ。でもこれで婚約解消の話をお父様に進めてもらえる。





「やっちゃったな……」



 適当な店に入って小さく溜め息を吐いた。今更グレン様にクリスタベル殿下と仲良くするな、なんて私が言える立場じゃない。相思相愛の二人を引き裂く悪女等と悪口を殿下の取り巻きである令嬢方に言われた事がある。相手は伯爵家や同じ侯爵家のご令嬢だったが、黙ったままではカラー侯爵家が馬鹿にされる。私が馬鹿にされるのはいい、でもカラー家を馬鹿にするのは許せない。無口なお父様と違ってお姉様はとてもお喋り。色々な話を私に聞かせてくれた。件の令嬢達にとって不利な話題もあった。遠慮なく披露させてもらうと顔を青褪め、そそくさと退散していったのは記憶に新しい。


 でもこれで私達の婚約解消は進む。どれだけグレン様が拒否なさろうとシュタイン公爵様は了承してくれる。



「気持ちを切り替えよう」



 折角の花祭りなのだ。お一人様だろうが楽しんでやる。


 私が入ったお店はハンカチを主に売るお店で、多種類のハンカチが販売されている。孤児院の子供達が縫ったハンカチもあれば、著名な方が縫ったハンカチもある。貴族の方が作ったハンカチは高い値段を付けられているが平民でも記念品として買える値段に設定されてあり、手を伸ばしやすい。



「お姉様達へのお土産にしましょう」



 お姉様は勿論、お父様やお義母様、私の世話をしてくれる侍女にも。カラー家に仕える使用人達とは距離があるものの、私の世話を担当する侍女とはまあまあの距離で接している。何が好きか等はあまり聞かないが窓辺に小鳥が止まると私に教えるのできっと鳥が好きな筈。彼女には鳥の刺繍があるハンカチを。お姉様やお義母様には花を、お父様は猫を。迫力ある見目でありながらお父様は意外にも動物好きで、特にネコは好きだ。見目のせいで怖がられて子猫にまで逃げられた場面を目撃した時のお父様の寂しそうな姿が忘れられない。いつか、お父様を見ても怖がらない猫を飼ってみたいな。


 お土産用のハンカチを小さなカゴに入れて、自分用にはどれを選ぼうかと見ていく。花や動物が多い中、果物の刺繍がされたハンカチもあった。珍しくて自分用で使おうと小さなカゴに入れた。

 お土産用を四枚、自分用に二枚ハンカチを購入した。お土産用は一枚一枚ラッピングをしてもらった。少しでも喜んでくれたらいいなあ。


 お店出て次は何処へ行こうか悩んだ。勢いでグレン様の許を離れ、入り込んでしまった。


 動きやすいワンピースを着ているのだから、沢山の露店等を見て回りたい。


 街を歩いて何処が良いかを見ていく。行列が出来ているお店はどこも恋人達や家族連れが多い。そこに一人で並ぶ勇気がない。仲睦まじい恋人達が羨ましくなるな。結局、私とグレン様はお似合いじゃなかったのだ。私に一目惚れをしてくれたらしいが、私の悪い噂を信じて嫌いになった程だ。一目惚れってそんな感じなんだなあ、と自嘲したくなる。



「ロリーナ嬢?」

「カリアス様」



 不意に声を掛けてきた相手はカリアス様。側には誰もいない。カリアス様も一人でいるのかと訊くと「いや、僕は母上の付き添いだよ」と言われた。ベルローズ公爵夫人には、断りの手紙を送ってもらった。グレン様の最後の機会という言葉と私自身が思い出欲しさで断ってしまったから。ただ、こんな事になるなら最初から夫人の誘いを受けていたら良かった。カリアス様も今日私はグレン様と花祭りを回っていると夫人から聞かされて。そんな私が一人でいる理由を疑問に思わない筈もなく、広場に着いた途端クリスタベル殿下と会ってしまった事を話した。すると、心底呆れ果てた溜め息を吐かれた。自嘲気味な笑みを見せたら私じゃないと首を振られた。



「グレンだ。殿下が来たからって君を放って話し込むなんて信じられない」

「前にグレン様が私に一目惚れをしたと教えてくれましたが、どうも信じられません。最後の機会をと言われた今日でもグレン様はクリスタベル殿下と話す方が楽しそうでした」



 私には決して見せてくれない笑みも向けてくれない声も、どれもクリスタベル殿下には与えるのにね……。



「……あいつは大馬鹿だ。放っておけと何度も言ったのに。が、大馬鹿で助かっている」

「え」

「婚約解消はもう決まったも同然だろう? なら、僕と行こう。母上もいるから、二人きりって訳にはいかないが変な噂は立たないさ」

「気を遣わせてしまってすみません」

「いいんだ。僕がしたいだけだから。それに君からの好感度が上がってくれるなら、尚嬉しいな」

「まあ」



 ベルローズ夫人が入っていると言うお店の付近まで連れて行かれ、人に当たらないよう壁側に寄った。カリアス様の気遣いに感謝しつつ、明るくさせようと振る舞う姿が嬉しい。グレン様と婚約解消をしたら、次に婚約をしてほしいと申し込まれた。従弟の婚約者である私にそこまで気を遣ってもらって却って申し訳ない。彼にはもっと素敵な女性がお似合いだ。

 やんわりと断る方法はないかと考えていたら「お待たせ」鈴の音を転がした声色が耳に入った。






読んで頂きありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 理由があろうがなかろうが、 この大莫迦者がのちのち臍を噛んで後悔でのたうちまわってしまえええええ! ・・・と思いつつ読ませて頂いております。 事情があろうがなかろうがそんなの相手の知った事で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ