絶対に婚約解消をする
花祭りへ行かないと決めていたのに、数日後届いたドレスに眩暈がした。配達人曰く、元々今日届くよう指定されていたみたいで受け取り拒否はしなかった。届いたのはドレスと靴、鞄や装飾品。贈り主はグレン様。嫌っているくせに変に律儀な方。
「どうしますか?」と侍女に訊ねられ、もうじき婚約解消をするのだから開封は出来ないのでこのままお返しすると告げた。侍女に手配を頼み、箱の中身を見ずお父様のいる執務室を訪ねた。入室の許可を得ると少し待っていろと言われる。引き出しに書類を入れたお父様の目が私に向いたので用件を切り出した。
「今度の花祭りですが私は留守番で構いませんか?」
「お前の自由にするといい。何なら、使用人を連れて花を見るだけでもいい。確か妖精が来るのだろう?」
「カリアス様が教えてくださいました。妖精は私も見てみたいですがまた別の機会に」
「なんなら、ベルローズ公爵夫人の誘いを受けてみるか?」
「え?」
今日に届いた私宛の手紙があるらしく、受け取ると差出人はベルローズ公爵夫人。グレン様との婚約解消をカリアス様から聞いた夫人は、折角なら妖精に会いに行かないかとお誘いの手紙を送ってくれたのだ。格上のベルローズ公爵夫人からの誘いを断る訳にはいかない。
手紙を読み終え、お父様に承諾の旨の返事を書くと顔を上げた時、執事が困った顔をして私を訪ねた。
訳を聞くと驚く事にグレン様が来ていると。婚約解消をするのならもう会わせられないと執事がやんわり止めても私に会うまでグレン様は帰らないと言っているそうだ。公爵家の方を無理矢理帰す訳にもいかず、困って判断を委ねられた。こういう場合はお父様を頼るべきだが……。お父様のどうしたい? という視線に、私は自分で行くと伝えた。
「私から帰ってもらうようお願いします」
「分かった。何かあったらすぐに駆け付けられるよう、私が待機していよう」
「は、はい。ありがとうございます」
こういう場合は普通執事等の男性がするべきでは? と疑問に感じつつも、執事の案内で玄関ホールに向かった。
「ロリーナ……!」
昨日会った時と変わらないグレン様がいた。私を見るなりホッとした顔を見せるのは何故?
「グレン様。先触れも無しに急に来てもらっても困ります。第一、私と貴方は婚約解消の手続きをしている最中で」
「父上に婚約解消の手続きを一旦止めてもらった」
「何故ですか……」
「頼むロリーナ、お願いだから俺に最後の機会をくれ」
「……」
きっとシュタイン公爵だけの判断じゃない筈。お父様も知っている筈だ。
訳が分からない。散々私を放って、他の人と楽しんだりクリスタベル殿下と仲睦まじくしたくせに。
首を振って意味不明だと呟くとグレン様は焦りを濃くした。
「グレン様、今までの行いを振り返ってみるべきでは……?」
「っ、こっちがこれだけ頼んでいるのにお前は分かってくれないのか!?」
「っ! 分かる訳ないでしょう! グレン様は私をどれだけ馬鹿にしているのですか!」
婚約が結ばれてから一度も優しく笑い掛けられた事も、話した事もない。私にだけ常に冷たい瞳で睨んで、一緒にいても無言で根気よく話し掛けても睨まれて。睨まれてばかり……。
定期的にある婚約者同士のお茶も楽しくなくて、デートだって同じ。無言だから気まずいだけ。
成人間近になったらクリスタベル殿下と一緒にいるのが多くなったわね……。悲しい。
クリスタベル殿下に未だ婚約者がいないのは、きっとグレン様を……。
私が負けじと叫ぶとショックを受けた顔をし、だがすぐに冷たく睨んでくる。睨まれる度に私の心はゴリゴリ削られていったが負けていられない。
「いつも私を睨んでばかりいて、定期的にお茶をして私が話し掛けても殆ど無言で! そんなグレン様と居続けて私は疲れました! それで今更機会をくれなんて……都合が良すぎるのでは!? グレン様と一緒にいて楽しかった事なんて一度もないんです!」
「なっ! 俺といて楽しくない……!?」
「逆に聞きますけど、グレン様が私の立場だったら楽しめますか!?」
「……」
無言になるということはつまり……そういうことで。
言いたい事を言った私は疲れてはいるが満足感はある。
これだけ言えばもういいだろうと決め付けるのは早かった。「なら!」と発したグレン様に驚きつつも続きを待った。
「なら、今度の花祭りで最後の機会をくれ!」
「花祭り、ですか?」
「あ、ああ。今日贈り物が届いている筈だ」
「今、返却の手配をしている最中です。婚約が解消になるので」
「待ってくれ、花祭りは一緒に行ってくれ、頼む」
「ベルローズ公爵夫人からお誘いを受けているんです」
「返事をしたのか……?」
「いえ、これからするところです」
「ロリーナお願いだ、俺と花祭りに行ってくれ」
「……」
どうしたら良いのか……私が何度断ってもグレン様はしつこく最後の機会をと迫って来る。私のとの婚約解消を何としてでも回避したい気持ちは伝わった。……そこに私への好意はあるか別だ。
……グレン様の気持ちはともかく、ここまで言うのなら、例年のような重苦しい花祭りにはならない……と信じたい。
何より……一つくらいグレン様との思い出が欲しい。婚約解消手続きを止めていようが再開してもらえばいいだけ。
私が折れるとグレン様は安堵した表情を浮かべられ、迎えに来る時間を告げると急な訪問を詫び、帰って行った。
残った私の許に陰から様子を見ていたお父様が出てきた。
「良いのか?」
「……最後の思い出くらい、作ろうかなと」
「そうか。……婚約の解消が嫌になったら、私に言うといい」
「……」
お父様の言葉に何も返せなかった。
●〇●〇●〇
翌日、手紙が私宛に届いたと侍女がサロンに持って来た。現在、お姉様とロードナイト殿下の三人でお茶をしている最中だ。二人に誘われてしまったら断れない。手紙とペーパーナイフを受け取った。差出人はグレン様。初めて貰った……と呟くとロードナイト殿下は額に手を当てて呆れた溜め息を吐いた。
「婚約して何年経っていると思っているんだ……」
「婚約解消になるのを嫌がる理由は、我が家の魔法技術が欲しい以外あるのでしょうか」
「ロリーナ嬢はグレンから何も聞いてないんだな……」
「お父様にも言われました……。グレン様は私について何を言っていたのですか?」
他には見ない薔薇色の瞳が伺う様にお姉様を見、暫し間を開けてお姉様は頷かれた。
「ロリーナとグレン様の婚約はね、グレン様からの希望だったの」
「グレン様?」
「そう。ロリーナに一目惚れをしたグレン様はその日の内にシュタイン公爵に願い出て、息子の願いを叶えてあげたい公爵がお父様に接触を図ったの」
「一目惚れ?」
一目惚れ
一目惚れ
一目惚れ、とは何だったか……。頭の中で四文字が反芻する。私の記憶が確かなら、一目惚れは初対面の相手を好きになる、筈……。私がグレン様と会ったのは、婚約者としての顔合わせの日。彼は違うらしく、十歳の時、家族で花祭りを見に行った時に私を見掛け一目惚れしたのだとか。
「覚えてる? 街の広場にある大きな花壇の前で踊ったのを」
「覚えてます」
その時の花祭りは春で、ピンク色を中心とした可憐な花々が咲き誇っていた。踊り子であった母をお父様と義母が見たのも春の花祭り。私の髪色は亡き母と同じ銀色。亡き母の瞳は驚く事にお父様や私と同じ濃い紫水晶。花の妖精が可憐な花々の中心で踊っている姿に心奪われたのはきっと義母だけじゃなかっただろう。誰にも言われる訳でもなく、花の美しさに引き寄せられ思うが儘に踊った私をグレン様は一目惚れしてくださった。……の割に散々な扱いなのは何故?
私の疑問が伝わったらしいロードナイト殿下は再度溜め息を吐かれた。
「君の母が踊り子で、侯爵を誑かした魔性の女だという悪口をグレンは真に受けてね。更に君自身にも問題があると」
「問題?」
「ああ。正妻の子であるセレーネを虐めるだの、侯爵や夫人に我儘放題だの、色々ね」
「何ですかそれ!?」
元々周囲からの評判が良くないとは薄々感付いてはいたが心当たりのない噂に驚愕した。辟易としているお姉様のティーカップを持つ手に力が込められていた。私を大事にしてくれるお姉様からしたら、事実無根な噂に腹を立てているのだ。
「一目惚れをして婚約を願ったのは自分なのに、根も葉もない噂を信じて君に冷たくするなんてね。これならさっさと婚約を解消して解放してやれと何度も言ったんだ。そうしたら――“カラー家から引き離せばセレーネ嬢の為にもなる、お前も安心だろう”と言われてね」
「…………」
あんまりだ。あんまりな言葉に絶句してしまった。私はそれほどまでに嫌われていたのか? お姉様に関しては黒いオーラが出ていて不機嫌極まっていた。
「……それが婚約解消を嫌がる理由ですか?」
「本人に聞いてごらん」
「…………絶対に婚約解消をします」
「カラー侯爵に言えばいいよ。君が婚約解消を取り下げてほしいと言ったらそうするし、続行ならそのまま解消してくれる」
「絶対解消します」
必死に婚約解消を嫌がったのも、花祭りで最後の機会をくれと縋ったのも私という悪をカラー家から引き離す為で。私に対して欠片も想いを持っていなかった。
視界が潤むも袖で乱暴に拭い、自分のティーカップを持ち紅茶を飲み干した。温くなっていたのが幸いだ。好きだったのは私だけだったなんて……ちょっとでも期待した私が馬鹿だった。
今度の花祭りで最後の思い出を作るのはしよう。……事実を聞いてもグレン様を好きだった気持ちに嘘はない。
私が花祭りでグレン様とお別れする決意を出すとお姉様はうんうんと頷き、ロードナイト殿下は苦笑しながらも応援してくれた。
「それから……カリアス様に婚約を申し込まれました」
「カリアスは君にずっと片思いをしていたから、この機会を逃したくないんだよ」
「ロードナイト殿下も知ってたのですか?」
「知ってたよ。グレンが君に冷たくするのを毎回すごい目で睨んでたから」
気付いていないのは私だけだった……。
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