花祭りへのお誘い
さて、この先はどうしようと悩む。やっぱり、グレン様を追い掛けるのが筋。大体彼の考えがさっぱり不明だ。散々私を放置して、冷たくしておきながら、婚約解消の話が出た途端拒否する姿勢が意味不明過ぎる。グレン様を追い掛けよう。お父様とシュタイン公爵が話し合いをしている部屋に向かい、扉前に待機する騎士に話を通すとすんなり入れてもらえた。
室内には既にグレン様がいて。お父様とシュタイン公爵に頭を下げていた。
「お願いですっ、ロリーナとの婚約解消は待ってもらえませんか」
「……だ、そうだがロリーナ」
お父様はグレン様ではなく、入室した私に回答を求めた。頭を上げたグレン様の縋るような目を見ると絆されそうになる。……でも、さっきも見たクリスタベル殿下との仲睦まじい姿を思い出すと首を振るしかなかった。
「ロリーナっ」
「今まで散々下に見てきた婚約者がいなくなるんです。喜んだらどうですか」
「な、お前は俺がそんな人間に見えるのか!」
「グレン様がどの様な考えで私に冷たくしていたのかは知りません。ただ……もうグレン様を待つのは疲れたんです。少しでも私の事を想って下さるなら、この苦痛から解放してください」
「っ……」
カラー侯爵家の魔法技術に関して私が口を挟む権利はない。そこは当主であるお父様が片付ける。シュタイン公爵を見ると申し訳なさそうにされていて、ぺこりと頭を下げた。グレン様と違ってシュタイン公爵夫妻にはよくしてもらった。特に公爵夫人には、息子のグレン様しか子供がいないから娘のように可愛がってもらった。
ここまで言えば諦めてくれるだろうと思ったら、間違いだった。
「一度だけでいいっ、俺に機会をくれ」
「ですからっ」
しつこい、と溜息を吐くと慌てたグレン様の相貌が近くなった。
「態度も改める。これからはロリーナを優先するから、だから」
「はあ……もういい。グレン、見苦しいぞ」
頑なに私との婚約解消を嫌がるグレン様に痺れを切らしたのはシュタイン公爵だった。呆れ果てた声色と顔とは裏腹に、慌てふためくグレン様を冷徹な眼で射抜いていた。
「お前の今までの態度は私やカラー侯爵から見ても目に余るものだった。お前が招いた結果だ。シュタイン公爵家は婚約解消を受け入れる」
「な、待ってください!!」
「そんなにロリーナ嬢と別れるのが嫌ならお前自身でどうにかしろ。十日後、陛下に婚約解消の受理を求める。反論は認めん」
「っ……」
悔し気に唇を噛み締め、項垂れたグレン様からそっと離れた私はお父様の側に移った。婚約解消には様々な手続きが必要となる。貴族の婚姻は王家の承認が必要となり、破棄・又は解消も王家の承認が要る。
お父様はシュタイン公爵とグレン様に声を掛けてから私を連れて部屋を出た。出る間際、グレン様が見せた悲し気な面が忘れられない。
部屋を出ても黙る私を見兼ねてか、お父様が話し掛けた。
「グレン殿と外で会ったのか?」
「は、はい……薔薇園でクリスタベル殿下といるところに」
「そうか」
「お父様はグレン様が婚約解消を嫌がる理由を知ってますか?」
「知ってはいるがグレン殿はお前に何も言っていない様だから、何も知らなくていい」
「どういう意味ですか?」
訊ねてもお父様は再度知らなくていいと言うだけで何も教えてくれなかった。
騎士の方にロードナイト殿下といるお姉様を呼んでもらい、揃ったところで私達は侯爵家に戻った。
馬車から降りた私は別の馬車が停車されているのに気付いた。先に降りていたお父様とお姉様は馬車に乗車されていた方といた。
「ロリーナ嬢。好い天気ですね」
「カリアス様」
青みがかった黒髪は風が吹くとサラサラと揺れ、夕日と蜂蜜を混ぜた不思議で美しい瞳が嬉し気に細められた。
カリアス様はベルローズ公爵家の嫡男でグレン様の従兄。グレン様繋がりでカリアス様と知り合った。グレン様と違って初対面の時から私に親切にしてくださる方で、周囲は踊り子の子と私を嘲笑うのにカリアス様は平等に接してくれた。
淑女の礼を見せると「そう固くならないで。朗報を聞き付けてやって来てしまっただけだから」と言われた。
「朗報?」
「カリアス殿。少々気が早いようですな」
「逃したら次はありませんから」
カリアス様とお父様の会話から察するに何か政治的やり取りでの内容だろう。私は聞くべきじゃないと先に退散しようするがカリアス様に止められた。
「もし良ければ、僕の話し相手になってくれないか? 実はもうじき開催される花祭りで妖精が見られるかもしれないんだ」
「まあ、妖精を?」
妖精とは自然界で生きる存在を指す。人間の前には滅多に姿を現さない為、実際の姿を殆ど知られていない。
極稀に人間の振りをして生活している妖精もいる。
……亡くなった母がそうである。
私は極稀な妖精と人間の混血児。そして、カリアス様もそうである。カリアス様の母君は妖精。妖精は非常に見目麗しい外見をしている。義母のように同性であっても心奪われる程に。
夫人に一目惚れをしたベルローズ公爵は必死のアプローチで夫人の心を掴み、裕福な平民の娘と偽って理解ある貴族家の養子にし、その後結婚。カリアス様を授かった。妖精の血を引くカリアス様は夫人と同等の美しさを持つ。
「妖精はお祭りが大好きだからね。母上も楽しみにしている」
「カリアス様の話を聞いて私も楽しみになりました」
夫人と会ったのは指で数える程度だがとても気さくで優しい女性だ。私の母を知っており、母に似た私を見ると懐かしそうにする。
お父様の許可を貰い、カリアス様を庭に案内した。少し離れた位置に侍女を付けている。婚約解消を求めていてもまだ婚約者のまま。男性と二人きりになるのはまずい。
適切な距離感を保って歩いていると急にカリアス様の足が止まった。
「どうされました?」
「実は……さっき城で君とグレンが言い合っているのを見てしまって」
「あ……」
「婚約を解消するとも聞いた。それで居ても立っても居られなくて来てしまったんだ」
いくら優しい方でも従弟であるグレン様に婚約解消を突き付けた私に良い気持ちはしなかっただろう。私の気持ちを読んだのか、違うとカリアス様は首を振られた。
「君がグレンと婚約解消をするのなら、僕にチャンスが回って来たのだと思うとつい先走ってしまった」
「チャンス?」
「君がグレンを好きだと知っていたし、グレンの為に努力していた君を見ていたからずっと諦めていたんだ」
「私はグレン様に嫌われていましたけどね……」
「……あいつはどうしようもない。意地を張って君に冷たく当たるなんて」
「意地?」
「ああ。今となってはただの馬鹿だ。だが、その馬鹿のお陰で僕はチャンスを得た」
真剣な眼差しで見つめられカリアス様から目を逸らせない。
「婚約が解消されたら、僕と婚約してほしい」
思いもしなかった告白に驚いているとふわっと微笑まれた。
「勿論、無理にとは言わない。君にその気が起きたらで良い」
「す、すぐにお答えは出来ません……」
「分かっているよ。いくら時間が掛かっても良い。考えてくれれば、それだけでいい」
「はい……」
急展開に付いていけない私とは違い、カリアス様の余裕は最後まで崩れなかった。
それから他愛もない話をし、カリアス様は帰って行った。
部屋に戻る気になれなかった私はセレーネお姉様の部屋を訪れた。快く入れてくれたお姉様に先程告白された旨を話すと意外そうに驚かれた。
「あら、ロリーナは気付いてなかったのね」
「お姉様は知ってたのですか?」
「だってカリアス様、いつもロリーナを見ていたもの。ロリーナに冷たくして他人には愛想良く振る舞うグレン様を睨んでいたし」
「そ、そうだったのですか」
知らなかった……。それも私がグレン様だけを見続けた結果だ。婚約を受けるかは分からないが花祭りについては教えられて感謝している。花祭りは主に恋人や家族で行くのが恒例となっている。
お姉様はロードナイト殿下と。私はグレン様と。……だが、楽しいと思った事がない。律儀にドレスと靴、鞄等を贈ってくれるが一度だって似合っていると誉められた事がない。鉢合わせるロードナイト殿下の方が余程気を遣って褒めてくれる。お姉様が一緒にいるのに申し訳ない気持ちで一杯になった。
花を見ながら街を歩くのだがお互い無言のまま終わる。今年は婚約解消をするのだから一緒には行けない。
「今年は花祭りに行かないのでお土産を頼んでいいですか?」
「だったら、わたくしとロードナイト殿下の三人で行きましょう」
「いえ、お姉様達の邪魔はしたくありません」
「邪魔だなんてわたくしも殿下も思わないのに」
二人がそうでも周りはそう思ってくれない。渋るお姉様を何とか説得し、お土産を強請った。
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