ゆっくりでいい②ーカリアス視点ー
同じベルローズ家の血を引いているからか、惚れた女の子がグレンと一緒になってしまった。
子供の頃両親に連れられて『花祭り』を見に行った時、広場にある大きな花壇の前で自由に踊る銀色の少女に心奪われた。当時から母が妖精だと知らされていた僕は、少女の周囲に飛び交う小さな存在が見えていた。とても小さな花の妖精達は少女と一緒に楽し気に踊っていた。母が「レイチェル……?」と小さく驚愕していたのを覚えている。
屋敷に戻ってから聞くとあの少女はカラー侯爵家のロリーナ嬢だと聞かされた。カラー侯爵が踊り子に産ませた子供で、母親は出産と同時に命を落としていると。母が気になってしまうと母命の父は密かに調べ、踊り子が母の友人の妖精だと判明した。ロリーナ嬢は母の友人に瓜二つだとか。瞳の色だけはカラー侯爵譲りだった。
ロリーナ嬢の姿が忘れられない僕は父上に彼女と婚約したいと願った。母上もロリーナ嬢の母が友人なら是非にと言ったが、母のお願いに弱い父は珍しく困り顔を浮かべた。
『ロリーナ嬢はつい先日、グレンと婚約をしたと陛下から聞かされた』
『あら、グレン君と? そういえばシュタイン家も行っていたわね』
途中で鉢合わせしたのを思い出した。グレンとは従兄弟で普段はあまり交流がない。シュタイン公爵夫人と王妃が友人で王女がグレンを気に入っていて、二人が婚約するのも時間の問題だろうと以前父上は語っていた。王女の降嫁先としてシュタイン公爵家は申し分ない。
まさかグレンまでロリーナ嬢の踊りを見て、彼女に惚れたなんて……。
『で、でも、王女殿下との婚約の話が……』
『ああ、相当陛下から文句を言われたろうな。実際、俺が登城した際、陛下にシュタイン公爵を説得してくれと頼まれた』
『でも認めたんでしょう? 貴族の婚姻や婚約には王家の承諾が必要な筈よ』
『どんな手を使ったか知らんがな』
ロリーナ嬢はグレンと将来結婚するのか……
他の令嬢との婚約の話が来ていると父上から聞かされるも、当時からロリーナ嬢にしか好意を持てなかった僕は首を振った。父上や母上もそれ以上は言わなかった。時間が経てばいずれ諦めるだろうと。
僕も実際そう思っていた。グレンとロリーナ嬢の婚約はずっと続くのだと。
――が、そうはならなかった。
グレンを諦められない王女が王妃と一緒になってロリーナ嬢の悪口を友人の令嬢達や貴婦人に流す事でロリーナ嬢の悪評が広まり、グレンの耳に多数入った。最初は信じていなかったらしいグレンも幾つも、何度も耳にし、ロリーナ嬢へ向ける感情が疑惑へと変わった。
偶にお茶会で出会うロリーナ嬢はどう見てもグレンを好いていた。だが、肝心のグレンは噂を鵜呑みにしてロリーナ嬢を冷遇していた。寂しそうに、悲し気にグレンの背を見つめるロリーナ嬢が可哀想で無意識に声を掛けていた。
『初めまして。僕はカリアス=ベルローズ。ご令嬢は?』
『あ……ロリーナ=カラーと申します。初めまして、ベルローズ様』
……ロリーナ嬢を諦めるなんて僕には絶対無理だと、初対面の挨拶で悟った。グレンに向けていた悲し気な相貌を引っ込め、愛想の良い笑みを張り付けたロリーナ嬢。グレンとは従兄弟で従弟がごめんと謝ればロリーナ嬢は慌てて顔の前で手を振った。僕への警戒心を解いてくれたロリーナ嬢は次第に本心からの表情を見せてくれるようになり、姉のセレーネ嬢が迎えに来るまで会話は終わらなかった。
屋敷に戻って父上に頼んだ。ロリーナ嬢を諦められないと。
父上もロリーナ嬢の悪い噂を耳にしているがどれも根も葉もない噂と知っており、王女と王妃が率先して流していると把握していた。カラー侯爵も否定する部分は否定していると聞く。
グレンはきっと態度を改めない。昔から交流のある王女の言葉が嘘だなんてあいつは思わない。それを利用してロリーナ嬢は僕が貰う事にした。後はロリーナ嬢の中にあるグレンへの想いを消せばいい。時間が掛かろうが構わない。
二年間母上に求愛し続けた父上に似るのは些か嫌だが血は争えないのだ。
気を遣った母上がカラー侯爵にロリーナ嬢の母親について手紙を送り、自身も妖精でロリーナ嬢の母親とは友人だと記した。彼女が友人に瓜二つだから気付けたのだとも。
カラー侯爵家からも信用を得て、時折母が僕をカラー侯爵家に連れて行きロリーナ嬢やセレーネ嬢等とお茶をした。既にロリーナ嬢が自分が踊り子の妖精が母親だと聞かされており、自分の知らない母親の話をする母上の話をいつも真剣に聞いていた。意外にもカラー侯爵夫人やセレーネ嬢も興味津々に聞いていた。普通は、自分以外の女性が産んだ子供を憎むものじゃないのだろうか。その辺りはかなり後からセレーネ嬢が教えてくれた。
妖精の美貌は他者を惑わす。
グレンは魅了され、婚約をしてきっと安心してしまったんだ。
噂を鵜吞みにせず、ロリーナ嬢なりセレーネ嬢なりに話を聞いて真偽を確かめていれば、ずっとロリーナ嬢は隣にいてくれたのに。
僕もロリーナ嬢が好きだとグレンは気付いていて、お茶会や夜会等で僕が彼女の側に行くとすっ飛んで来るなりロリーナ嬢を叱責した。自分は王女の側にいるくせに、彼女にはそれを許さない。呆れ果てた奴だと嫌味を言えば、何も言えず、凄まじい眼力で睨んでくるだけ。負けじと睨み返せばロリーナ嬢はセレーネ嬢が連れて行ってしまい、僕達も別れた。
何度グレンにロリーナ嬢の噂は出鱈目だと、王女の嘘だと話しても、嘘なら噂は回らないと聞く耳を持たなかった。しつこく言えば言う程、意固地になって益々ロリーナ嬢に冷たくなる様は僕にとって好都合で……寧ろ、ロリーナ嬢からグレンの側を離れてくれないかと期待した。
期待した通りグレンは婚約解消を求められた。一目惚れしたくせにロリーナ嬢を大切にしないグレンに父親であるシュタイン公爵は呆れ見捨てていた。反対したとて時間の問題に過ぎず、王女が来れば王女を優先し、二人は婚約解消となった。
「……王女と仲良く田舎に暮らしてくれグレン」
「カリアス様?」
「何も」
侍女達に支えられて去って行く王妃を見ているとつい口から出していた。母上やロリーナ嬢の母は妖精の中でも高位の妖精で、妖精は自然の力を司る。妖精の怒りは自然の怒り。悪戯はしても滅多に人間に手を出さないがもしもの場合は容赦しない。娘の我儘を止めず増長させるような王妃や国王のいる国にいたくないと母上が父上に述べた事で、王女に甘々で民の税を無駄な贅沢に使う事も止めない国王には退位願おうと父上は即動いた。元から、優秀な王太子夫妻が新婚旅行から戻ったら近い内に退位させる算段だったらしいが。
僕としては、ロリーナ嬢にとって膿である王女や王妃が王都からいなくなるのならそれでいい。
グレンは……王女がロリーナ嬢に見える魔法を掛けたから絶対に付いていく。虫が他より多いのが難点な田舎だが幸せに暮らしてくれ。
読んでいただきありがとうございます。




