お姉様に相談
婚約者が私を嫌いなのは知ってた。初めて出会った時から、彼が好きだった私は大変ショックを受けた。
彼――グレン=シュタイン様と私ロリーナ=カラーは政略的に結ばれた婚約。シュタイン公爵家はカラー侯爵家の持つ魔法技術を、カラー侯爵家は……何だろう。政略なのにカラー侯爵家にはあまり利がない。お金に困っている訳でも、人脈が欲しい訳でもない。シュタイン家からの申し出とあったのでどこかで利害が一致したから結んだのだ。
お前の未来の旦那様だよ、とお父様に紹介されたグレン様。夜空を体現した黒髪に湖面のような美しい水色の瞳の少年に一目惚れしてしまった。
……けれど、私を見る彼の瞳は凍えるように冷たかった。
これは後から聞いた話、グレン様には愛する人がいた。王国の王女クリスタベル殿下。
一切の混じり気がない純銀の髪に青い瞳の華奢な美少女。儚げな雰囲気から天使と評判高い。
シュタイン公爵夫人と王妃様が友人なのでお二人は幼少の頃より交流があり、クリスタベル殿下を見つめるグレン様の眼差しはいつも愛する人を見つめるもの。
クリスタベル殿下が降嫁する家として、シュタイン家は申し分ない。
愛の籠った瞳と声を向けられるクリスタベル殿下と冷たい瞳と声しか与えられない私。どちらがグレン様に相応しいか、なんて誰に聞かなくても明白だ。
「お姉様……」
「あら、ロリーナ。どうしたの」
「少しだけ、お時間を頂きたくて……」
「そんな畏まらないで。さあ、入っておいで」
「はい」
私の姉セレーネ。月の女神と同じ名を持つお姉様の美しさといったら、王国一と言っていい。煌めく黄金の髪は毛先に掛けて緩く癖があり、濃い青の瞳はサファイアにも劣らない。
快く部屋に入れてくれたお姉様に礼を言い、勧められるがまま隣に座った。人払いを頼むと室内にいた侍女は出てくれた。あまり良い顔をされないのは慣れっこだ。私はお姉様とは片方しか血が繋がっていない。
「ごめんなさい、不愛想で。後で注意するわ」
「いいえ。お姉様が私と仲良くするのを快く思わないのは当然です」
「そんな事ないわ。貴女はわたくしの可愛い妹よ」
「ありがとうございます」
カラー侯爵夫妻の娘であるお姉様と違い、私は父が踊り子に手を出して誕生した。『妖精姫』と名が付く程に可憐な女性だったらしい母に――侯爵夫人の方が惚れてしまった。
母に惚れ、手放したくない義母が母を侯爵家お抱えの踊り子にし、加速する恋心は軈て暴走。母に薬を盛って体の関係を持とうとした義母を止めたのが父。しかし、薬を盛られた母を救うには一度抱いて熱を発散させないとならず。義母の仕出かしが露呈するのを恐れ、父が母の美しさに目が眩んだ事にしたのだ。
その一夜で私を孕んだ母は、他国へ行って私を育てるつもりのようだったが義母の懇願によりカラー家に留まり、私を出産した。
「ふふ。ロリーナは綺麗ね。お母様がロリーナのお母様に惚れてしまうのが分かるわ」
「お父様は違うようですが……」
「お父様も仰っていたわよ? ロリーナのお母様はとても美しい方だったと」
しかし、私を出産した母は亡くなってしまい。一人残された私をカラー家の娘として育てると決めたのは父と義母。多分、母に対する罪悪感から私を育てる事にしたのだろう。
夫妻の子であるお姉様とは一つしか歳が違わない。お姉様が何時から事情を知っているのか訊ねても教えてくれないが、本来なら嫌悪するか距離を取る私を実の妹のように接してくれる。義母は年々母に似る私に複雑な眼差しを向け、父は基本無関心。扱いに困る私を見兼ねたお姉様が常に一緒にいてくれたお陰で寂しくはなかった。
屋敷に仕える人で真実を知る人は極僅か。他は父を誑かした踊り子の娘と私を嫌っている。あからさまな嫌がらせはされていない。というか、お姉様が選んだ使用人や侍女、執事のお陰で問題なく過ごせている。
「お姉様に頼ってばかりで申し訳ないです」
「そんな風に言わないで。わたくしはロリーナに頼ってもらって嬉しいの。何か悩み事があるのね? 話してちょうだい」
「はい……」
私は婚約者であるグレン様が長年クリスタベル殿下を愛していること、グレン様に嫌われていること、彼と婚約解消するにはどうしたら良いかを相談した。父に話しても多分聞いてもらえない気がして。
ふんわりとした微笑みを浮かべていたお姉様の表情は、話が終わる頃には無となっていた。さすがに私の我儘って叱られそう……。
「……そう。グレン様はそうなの」
「はい……。私、会った時からグレン様に嫌われていましたから」
「そう……」
小声でお姉様が何かを言ったが聞こえなかった。
「お父様に相談しましょう」
「お父様には、婚約解消は仕方ないと思わせてから言います」
「回りくどい真似をしなくても、わたくしに話した内容をそのままお父様に伝えればロリーナのお願いを聞いてくれるわ」
「私に無関心なお父様が聞いてくれるでしょうか……」
何故かポカンとした顔をしたお姉様。美女はどんな顔をしても美女ね……。
「……ロリーナに無関心?」
「はい」
「どうして?」
「わ、私を興味のないような顔でいつも見られますし、話し掛けても、ああやそうか、としか言ってくれなくて……」
「お父様はわたくしにもそんな感じよ。多分、お母様以外には基本無口よ。お父様がロリーナに無関心なんてないわ」
「そう、ですか?」
「そうよ。無関心なら、行事や出掛けから戻る度にプレゼントやお土産を渡したりしないわ」
言われてみるとそうだがそれはお姉様や義母のついで、では? と顔に出ていたらしい私に「まあ!」と鈴の音色を転がしたような声でお姉様は笑う。
「お父様ったら愛想が無いせいで全然伝わってないじゃない」
「私の母に対する負い目があるせいですよね」
「そうかもしれないけど、それだけで人に気を掛ける人じゃないわお父様は。お母様もそう。ロリーナが母君に似て顔を合わせづらそうにしているけれど、ロリーナの事をいつも気にしているわ」
父や義母に蔑ろにされたり、虐げられていると思った事はない。気まずげにされても義母は私に優しくしてくださる。父も教育に必要なら何でも習わせてくれた。お姉様と同じ淑女教育を受け、カラー侯爵家の娘として同等の扱いをしてくれる。お姉様は婿を取って家を継ぐ。私と同じで幼少期からの婚約者で、王国の第二王子ロードナイト殿下。銀髪に薔薇色の瞳を持つ。クリスタベル殿下の兄君だ。
未来の義妹になるからとロードナイト殿下は、侯爵夫妻の子じゃない私に親切に接してくれる優しい方だ。お姉様と一緒にいる光景は正に美男美女。グレン様とも親しく、グレン様の私に対する態度やクリスタベル殿下についてよく謝られる。
「ロードナイト殿下には、いつもグレン様との事で親切にしてもらいました。婚約解消になれば今までの殿下の親切心を無駄にしてしまうようで心苦しいですが、私は私を愛さない人と結婚するのは嫌なんです」
「そうねえ……別にシュタイン家と繋がりが無くても、我が家に損はないし。寧ろ、婚約解消になるのを嫌がるのはシュタイン家の方ね」
「我が家の魔法技術が欲しいのですよね」
「そういう事になってるわね」
「?」
どういう意味なのかと訊ねると「内緒」と語尾にハートが付きそうな機嫌で言われると聞けない。
「ロードナイト様にはわたくしから事情を話します。呆れ果てるでしょうが仕方ないと納得するでしょう」
「グレン様がクリスタベル殿下を好いていると知っていても、貴族というのは家の利益を優先しないといけませんから。よくよく考えるとグレン様も可哀想な方です」
「…………本当にね」
ギョッとしてしまう無感情な声に驚きつつ、早速婚約解消についてお父様に相談しましょうと立ち上がったお姉様に連れられ、私達は父がいるであろう執務室へと足を運んだ。
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