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人はかつて、自分たちの知識を超えた未知の技術を錬金術と呼んだ。ある者はそれを魔法の一種だと考え、別の者はそれを科学だと考えた。
要するに錬金術とは、魔法と科学の融合体なのである。
そして、それは永遠の命を得る術だとされていた。
* * *
錬金術を駆使して見事なまでの大剣のレプリカを完成させたアラルドは、休憩を入れたのち薬の調合に取り掛かることになった。
鍛治と調合はジャンルが異なり、錬金術師でも得意不得意があるはずだが、アラルドは両方そつなくこなす。その器用さこそが、彼が天才錬金術師と呼ばれる所以である。
「アッシュ王子は本来、大きな病気を患い亡くなるはずだった。まだ、18歳だ」
「そして、彼の忘れ形見が僕というわけですね」
「ああ。この時間ワープがなければ、13歳の息子のアラルドが、まだ18歳のアッシュ王子の命を救う展開はあり得ない」
助手は彼の前世の弟だったはずの精霊エルドで、今ではアスガイアにおける保護者役でもある。
「これから調合に使う花は【輪廻の蝶々】を象徴する花。そして、調合の原型となるバタフライティーは、果実の追加により不思議と色を変えるドリンクです。輪廻に介入するなら、実際に因縁深い精霊の生まれ変わりである僕がこの役割を担うのは当然の因果ですよ」
「メビウスの輪のようにスタート地点が見えない因果だが、アラルドが納得しているならそれで良いと思う」
「全部の答えが見えたら、生きていて面白くないですよ。分からないことがあるから、追求しがいがある。それが錬金術師のサガだと、何かの本に書いてありました」
最後におどけて笑うアラルドは年相応の少年で、エルドは少しばかりホッとした。彼のどこかに残っているであろう前世のラルドが、恋敵を蘇らせることに苦痛を感じているのではないかと、心配していたからだ。
やはり、アッシュとアラルドは血の繋がった親子。前世の魂よりも、現在の血の方が強いのだろう。
みるみるうちに、バタフライティーは甦りの秘薬へと色を変えて、アッシュをそのまま元の時代、元の世界に還すのに相応しい魔力を帯びていった。
* * *
エーテル点滴がアッシュの腕に生命力を注ぎ続けている。時間制限のある延命治療だが、彼の肉体が保たなくなる前に魂が甦った。
「アッシュ君! ようやく、ようやく目が覚めたのね。良かった……本当に良かった」
痩せてしまったアッシュを優しくアメリアが抱きしめる。本当はもっと強く抱きしめたかったが、今は我慢だ。
愛する妻の柔らかく温かい抱擁で、アッシュもようやく生の感覚が戻った。ゆっくりと抱き返すが、まだ身体がズキズキと痛む。
「アメリア、オレは今まで……長い夢でも見ていたのかな。ふふっけど、アメリアに何度も助けられた気がする」
「夢の中でも、現実でも。いつだって私はあなたの味方よ。アッシュ君の妻ですもの」
なんとかベッドで起き上がったアッシュだが、身体の中の内臓は随分と減ったようで、違和感を感じた。
「おぉ! アッシュさん、よく頑張りましたね。ダメになった一部の臓器を切除してかなり厳しい状態でした。けれど、うまく残りの臓器が繋がってくれて。今後はラルド様が開発したエーテルを補充しながらですが、精霊としてやっていけますよ」
「そっか、それがオレの人間として死んでしまった部分なのか。なぁアメリア、夫がそんな男で本当に良いのか? アメリアは綺麗だし、オレより健康だし、ラルド様みたいな素敵な人もいる。それに比べてオレなんか……」
「確かに、大変かも知れないけれど気にしちゃダメよ、アッシュ君。病める時も健やかなる時も、夫婦は助け合うものでしょう。私だって、何度か病気をしているし、たまたま無事だっただけで基本はアッシュ君と何も変わらないわよ」
治療を施した医師がアッシュの細かな病状を説明すると、アッシュは自分自身の肉体が部分的に死んでいたことを実感した。
ズキズキした脇腹の痛みは、まるでジーザスが槍に刺された印のような辛さだ。
「人間の潜在意識は体内に宿るって、何かの俗説で聞いたことがある。腹の虫、腹が座る、腑に落ちる。なぁ五臓六腑の一部が欠けたオレは、もう他の人と違うんだろうか。オレの潜在意識はもう捨てられてしまった?」
「誰かが唱えてる説では潜在意識は体内に宿るというけれど、魂は肉体を失っても永遠だって神父様がおっしゃっていたわ。救世主のジーザスだって、聖書の教えでは脇腹を貫かれたけど魂は永遠でしょう。きっとアッシュ君は神のいとし子なんだわ……そう信じてる」
夫の無事を神に感謝するように目を瞑り祈るアメリアに、アッシュは言葉では言い表せない痛みを覚えた。
アメリアが病室から家に帰って、医師が退室して。一人になったアッシュは、かろうじて鏡の前に立って、ボロボロになった脇腹を確認した。
(オレ自身は救世主でもなんでもないのに、脇腹の傷跡だけはまるで『神のいとし子』と言わんばかりだな。皮肉なものだ)
けれど、この脇腹の傷跡がただの手術痕だとしても。もう戻らない臓器に代わり、生きている限り永遠と後遺症と付き合う人生を抱えても。
「アメリアが望むなら、オレも神のいとし子の端くれを演じてみせるよ」
アッシュの旅路は終わったのではない。
目覚めて甦って、一生の傷を抱えて。
そんな夫を『神のいとし子』だと愛してくれる妻のために、生きていくことが本当の旅なのだと自分に言い聞かせる。
失われた内臓は輪廻の蝶々となって、先に空へと上がっていった。
※ 2025年10月25日、外編全17話投稿しました。第二部も準備中です。




