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(可能性があったとはいえ、過去に飛んですぐ幼いアメリアに遭遇するとは思わなかった)
しかしながら、普通に考えれば大人のアッシュと面識が出来るのは十七年後。今、アッシュの顔を見たところで、記憶されないだろう。
「えぇと、青紫色の蝶々を模したお花があると聴いてね。是非、煎じた薬を飲みたいと思って巡礼の途中に立ち寄ったんだ」
「ああ! 色変化のお花のことね。あれはお薬というよりも、ハーブティーの一種だけど。民間療法ってやつで良いなら紹介出来るわよ。こっちよ」
「ありがとう!」
夢見を手掛かりに、リンカネーション研究所で話し合ってようやく正解を導き出した甦りの花。けれど、幼いアメリアからすれば、直ぐに答えがわかる程度のものだったらしい。
母国ペルキセウスも錬金には長けているはずだが、やはり地元に根付いた知識には敵わないということだろう。
フードを被りなるべく顔を悟られないようにアメリアの後を歩いていくと、アメリアがふと足を止めてポックル君をきゅっと捕まえた。
「このフクロウさん、なんだか羽の色が鳩みたいね。鳩とフクロウのハーフなのかしら?」
「……! 鳩とフクロウのハーフ……! 流石にその発想は無かった」
「クルックー! ワタクシ、季節によって羽の色が生え変わりまして。今は鳩色のグレーと白のマダラですが、真冬は雪のように真っ白でございますっ」
ポックル君には身バレしないようにとあらかじめ話しておいたはずだが、意外な質問に思わず饒舌になっている。
「へぇ。いつか冬の時期に、真っ白な羽をみせてね」
「もちろんですともっ!」
いつもの調子でベラベラと語るポックル君に緊張の色はない。意外とその方がスムーズに物事が進むのかも……と、アッシュはこれ以上心配しないことにした。
従業員用の通路を抜けて花に囲まれた小さな泉のある裏口へと案内される。
「ここはね、儀式が済んだ巫女が足を清めて邪気を払う場所なの。邪気があるとお外に出ちゃいけないんだって。ちょっと古いけどね」
「巫女さんのお清めの場所かぁ。あっもしかしてこの花が蝶の花かな」
「うん! ハーブティーにしたい巡礼者には数本だけ販売してるの」
花壇のコーナーに設置されたボックスにはスコップやバケツ、ジョウロ、ハサミなどがしまわれていた。早速拝借して、青紫の可愛いらしい花を5本選んで園芸用のハサミで切る。
「これで良いか。貴重なお花、切っちゃって勿体無いけど大切に使うよ」
「お会計は表玄関の売店でするから、また歩くけどフクロウ鳩さんは平気?」
「クルックー! お気遣いなく、これでも丈夫ですので」
アメリアはフードで顔がよく見えないアッシュよりもポックル君の方が気になる様子。未来の夫としては、詮索されずに済んでホッとしたような寂しいような複雑な心境だ。
「ようこそ、アスガイア神殿売店部へ。巡礼の花を5本ですね。お布施代として、5シリング頂きます。なお、花壇や清めの泉の修繕費に充てられる予定です」
売店で花を簡易包装してもらい、神殿へのお布施という名目で花のお金を払う。拍子抜けするほどあっさりと目的のアイテムが手に入った。
(この年代の通貨を時間を飛ぶ前に用意してもらって助かったな。お布施は修繕費になるらしいけど、この国の文化的に小さなアメリアにもチップをあげたほうが良いよな)
「アメリアちゃんにもお礼にチップを渡さないとね。はい」
「あ、私……お小遣い勝手にもらっちゃいけないことになっているの。気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい」
「えっ? そっか、結構厳しいんだな。代わりに飴玉とかお菓子とか、欲しいのある? 売店で買って……」
小さなアメリアがどのような趣向なのか分からず、無難に【神殿名物鳩型のお菓子】を検討すると、アメリアはジッとポックル君を見つめた。
「クルックー! アメリア様、ワタクシの顔が何か」
「フクロウ鳩さんのマダラの羽、お守りにもらっても良い?」
「ほほう! ワタクシの羽をお守りに。お安い御用ですぞ」
ピッ!
器用に嘴で羽を一枚ずつ毟って、アメリアの手のひらに三枚のせる。
「わぁ! 珍しいフクロウ鳩さんの羽だぁ。うふふ、悪夢よけのドリームキャッチャー作るね」
「ほほほ。ドリームキャッチャーでも、なんでもご活用くだされ」
ポックル君の白ともグレーともつかないマダラの羽を受け取り、目をキラキラと輝かせるアメリア。
ちなみにドリームキャッチャーとは、枕元に飾り悪夢を吸い取る網型の伝統的なお守りのことだ。飾りとして網の周辺に鳥の羽があしらわれていて、フクロウの羽を使うケースもある。神殿売店部にも取り扱いはあるが、アメリアは手芸してオリジナルを作るつもりのようだ。
(子供って何を基準に喜ぶか分からないものだな。アメリアもこの時は本当に子供だったということか)
「アメリアちゃん、今日は本当にありがとう。そろそろ、巡礼に戻るよ」
「どういたしまして。お兄さんとフクロウ鳩さんが無事に巡礼出来るように祈ってるわね!」
案内役のアメリアと別れ、巡礼路へと移動してタイムワープをしなくてはいけない。が、殆ど土地勘の無いアスガイア、ふらふらとしていると神殿に横付けられた荷馬車から唸るような低い声が聴こえてきた。
『時ヲ越エシ者ヨ、ソノ身体ヲ寄越セ』
その声は海の向こうから偶像崇拝の道具として届いた呪いの像から発されたものだった。