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コツコツコツ!
鳥のくちばし特有の尖った音がドアをノックする。返事を待たずに入室してきたのは、散々検査されていたであろうポックル君だった。
「ポックル君! 正体不明の鳥として調べられてるって訊いたけど、無事に解放されたのか」
「はい。お陰様で、なんとか。しかし、パラレルワールドの見解なんてアテになりませんな。ワタクシのことを雑種のフクロウなんじゃないかと鳥類研究者が言い出して、まったく! 早く帰りたいですな」
ポックル君の羽は白とグレーが混ざり合う鳩色でそれゆえに自称鳩なのだが。この羽模様だと、フクロウの品種としては雑種扱いのようだ。
ぶつぶつ文句を言いながら、ポックル君が自らの遺伝子検査データを封筒ごと渡してくれる。
「ははは、なら試練を終わらせないとね。ん、これは……ポックル君の遺伝子データか。なになに、フクロウ同士の雑種の可能性?」
「まったく、失礼な検査結果です! 鳩や精霊も混ざっている検査結果ならともかく、普通のフクロウの雑種だと診断されましたよ。人語を喋れるのだから、精霊種くらいは記載してほしいものです」
「まぁ確かに。こんな語学力に長けた鳥がただの雑種なはずないもんなぁ」
ポックル君の遺伝子検査結果にも興味があったが、注目すべきはもう一つの封筒の中身だろう。
A5サイズの封筒の中身は、【甦りとパラレルワールドの抜け道について】と題された見たことのない書物だった。
「クルックー。こちらのパラレルワールドの冥府管轄と連絡を取り、甦りの試練は、この本の中で受けることになりました」
「本の中で受ける? 筆記試験って扱いかな」
「いえ。完全な精霊であれば、本の中の記述の世界へと転移して旅が出来るのです。まずそこが第一関門、その先で甦りの薬が手に入ればゴールですな」
今のアッシュは死後の魂というイメージだが、エーテル体として完全であれば精霊として仕上がっているはずだ。魂かエーテル体か、実際に動かしてみることで確認しようということらしい。
「えぇと、今までは肉体が死んで魂としての活動だったけど。本の中で動く場合は、エーテル体として動くってことで良い?」
「はい。魂は肉体に引きずられますが、エーテル体はそこを軸にして後から必要な肉体を引っ張ることが出来ます。器が肉体からエーテル体に移行していれば、書籍の中で活動することも簡単なはずです」
なんとなく分かるような分からないような難しい理論だが、実際に動いてみるのが一番良いだろう。肉体に引きずられないメリットは、おそらく時間軸を越えてもエーテル体には影響がないということ。
「パラレルワールドの分岐点、アスガイア滅亡か存続か。王家の存続と崩壊の可能性……あ、王家ってペルキセウスじゃなくてアスガイアの方か」
「そうですね。残念ながら、ペルキセウスのパラレルワールドに関する書物はアスガイア領土では管理していないようです」
「どっちみち、遅かれ早かれアスガイアは停滞しそうな雰囲気だけど……。甦りの薬の元がまだ無事だった頃でオレが行けそうな時期は……多分、アメリアが追放される以前のアスガイア神殿だろうなぁ。ここかな」
アッシュが詮索先として選んだ時代は、頂戴アッシュが生まれた年のアスガイア神殿だ。
「ふむふむ。アッシュ様がラルド様から洗礼をしてもらった頃になりますな。歴史改変にならない程度に、ピンポイントにアッシュ様にだけ介入出来れば良いのですが」
「オレがアスガイアと関連したのなんて、この洗礼を受けたタイミングだけだからさ。この時代以外に飛ぶ自信は無いよ。今の未来のパラレルワールドだって剣聖の剣がなんらかの形で関係してるから呼ばれただけだろうし」
「では、準備が出来たら飛びましょう!」
* * *
未来から過去へのワープは、書物をもって行われた。アッシュの精霊体は本来の時間軸を基点として15年先から、18年過去へと移動……合計年数は33年ほどだ。
ここでの目的はただ一つ。
まだ、過去のアスガイア神殿にはありふれていたという甦りの薬の元となる花を手に入れて、アッシュの精霊体を完成させることである。
「ふう。どうやら無事にタイムワープ出来たようですな。懐かしいアスガイア神殿の……ここは食堂の辺り?」
「みたいだな。オレは全然詳しくないから、ポックル君に頼ることになるけど。一応、旅の巡礼者とお供のフクロウって設定でいこう」
「フクロウ! いや、鳩を名乗ると疑われますし今回ばかりは致し方あるまい」
過去のアスガイア神殿では、隣国の王族に洗礼をする係に選ばれた話題で持ちきりだった。
『これは噂なんだけど、ペルキセウス王室ってタブー視されている双子が生まれたらしいわよ』
『じゃあ、これから洗礼を受ける子のどちらかは王室追放ってこと?』
『洗礼を受ける赤ちゃんは一人だけって話だけど、ラルド様の受け持つ子は果たしてどちらなのかしらね』
ヒソヒソ話していた女性3人は、アスガイア神殿内の食堂勤務の風精霊達である。精霊と言ってもほぼ人間と同じ見た目のため、接する人々は『ただの食堂の従業員』だと思い込んでいた。
「おーい、ペルキセウスの赤ん坊に捧げる儀式用の菓子やら何やら。きちんと作ってくれよ」
「はーい」
アッシュの巡礼者ファッションは万全のはずだが、やはり緊張してぎこちないのかすぐに通りかかった少女の目に留まった。
「あら、お兄さん迷子なの? 私でよければ、案内するわよ」
亜麻色の長い髪をツインテールに結いた少女、大きな瞳と整った輪郭。将来はかなりの美人になるであろうが、まだ幼さを感じる。
「えぇと、お嬢ちゃん。キミは巫女さんなのかな?」
「私、アメリア・アーウィンって言います。ここの見習い巫女よ」