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「かつて、自らの前世が造り出した遺作の大剣だからって、まだ錬金術師としては若手のアラルド君にとって、大剣のレプリカ作りは高度な挑戦のはずだ」
錬金の助手を務めることになった伯父のトーラス元王太子が、錬金の道具を運びながら率直な感想をエルドに述べる。
工房で保管しているアラルドのためのハンマーやゴーグル、手袋など、今回は予備も含めてすべて準備しなくてはいけない。逆にそれくらいしか手伝えることがなく、大人として歯痒さを感じていた。
大剣造りはベテランでも体力を大きく消耗する作業。なのに、まだ10代前半のアラルドに危険な鍛造をさせるのは、伯父として心配なのも本音だ。
「ああ見えて、アラルドは兄貴が内側に抑えていた野心を持っている。たとえ前世の自分自身であっても、上に行こうとする気概がある」
「外柔内剛、あの天使のような外見には似つかわしくない激しい情熱。アメリアもアッシュさんも、どちらかというと内気なタイプなのに……あの子は根っこが違う。でも、無茶しないで欲しいなぁ」
「レプリカ造りが無理だと思ったらオレだって打診しない。アッシュさんが目覚めた時の軽食もアラルドが用意したくらいだ。しっかりしてるし、アラルドはやれるよ」
道具がすべて運ばれて、魔法で炉に火がともる。型を使う鋳造と、延べ棒を引き延ばす鍛造を併せたやり方にするようだ。
「道具の準備ありがとうございます! エルド様、トーラスおじ様。万が一、炉にトラブルがあったらフォローお願いしますね」
大人達の心配をよそにアラルドは臆すことなく、むしろ当然のようにその大剣の鞘を抜き、錬金台座の上にその刃を滑らした。
「一度限りしか使えないけど型を作って、さらに魔力を込めていく」
大剣の刃先で台座に魔法陣を描くと、錬金台座はレプリカ造り専用の周波数を発する。魔法で大剣の型に変貌したくぼみに、材料となるエーテル、オリハルコン、聖水などが溶かされて注がれる。
「では、これより失われし遺物、剣聖の大剣のレプリカ造りを開始します。これはただのレプリカではない。オリジナルを越え、さらには僕の前世を越えるための儀式」
* * *
アラルドが『剣聖の大剣レプリカ』を作成している頃、呼応するようにアッシュの意識が戻る。
(あれ、ここ何処だろう? 硬いベッド、白い間仕切りカーテン、ということは病院?)
腕に刺さったエーテル点滴が痛々しいが、安全な場所に保護されたのだと、目覚めたアッシュはひと安心した。
間仕切りカーテン越しに動く影から、アッシュが目覚めたことを周囲が気づく。
何やらヒソヒソと相談している声が聞こえたが、やがてやや高い男性とも女性ともつかない中性的な声色の持ち主がアッシュに語りかけた。
「お目覚めですか。パラレルワールドの特異性から、時間軸に干渉しても影響力の低い存在が状況説明をすることになりました。お話し出来ますでしょうか」
「あ、はい。どうぞ……」
そしてそれは、医師でも発見者でもなく、第三者……というより、もっと俯瞰の目でアッシュ達を見ていた【ピンク色の鳥】だった。
「きゅるるん! 報告その1、パラレルワールド移行の原因と思われる『剣聖の大剣』は、検査とレプリカ作りのためにアスガイア神殿の工房に持ち出し中です」
「報告その2、アッシュ様には時間軸を破壊しないためにも行動制限が課せられます。甦りのミッションはアスガイア冥府境界線のここでも達成出来るそうですよ」
「報告その3、大剣の代わりにアッシュ様の適正武器である棍がレンタルされます。錬金術で作ったかなり良いものですので、これを機にお試しくださいとのことです」
大事な大剣が現在、人の手に渡り調べられていることや、ここがパラレルワールドであること。通常では話題にしづらい内容を平然と事後報告する鳥……ペリカン精霊は、アッシュもポックル君も面識のあるペリリカ君のようだ。
「えぇと、ペリリカ君。キミはオレ達と同じく過去から来たのかな。それとも、このパラレルワールドのペリリカ君なのかな」
「きゅるん。配達のために同じ船に乗っていたんで、この時間軸だとアッシュ様達と同じ過去のペリリカですね。ただ、パラレルに飛ぶのは初めてではないので、身元の証明が早かったんですよ。あっ……基本的に不確定な未来は全てパラレルワールドなんで、警戒して過ごした方が良いですよ」
「ふうん……未来は全て不確定、それでパラレルなんだ。まぁそうじゃないと、なんか努力が報われないよなぁ。納得。そういえば、ポックル君がいない?」
本来アッシュにとって、鳥精霊といえばポックル君のはずだが、何故か姿が見当たらない。一緒にこのパラレルワールドに流れ着いているはずだが、まさか何かあったのではとアッシュは心配になった。
「ポックル様は、漁猟の網に引っかかってフクロウとして無事保護されていたんですが。目覚めたらフクロウではなく鳩だと主張されて、何処のパラレルワールドから来た鳥なのかと調査中です。見た目がフクロウの鳩が存在する世界線から来たんじゃないかと話題になってしまって……」
「あー……ポックル君は、元から自分を鳩だと自称してるフクロウっていうか。見た目フクロウの鳩がいるパラレルワールドから来たわけじゃないから」
「ですよねー。そのように正式に報告しておきましょう! お茶や軽食が用意されていますので、自由に食べて休んでいてください。ではでは〜キュルルン」
間仕切りカーテンを開けると、テーブル席には『ハムとチーズのバゲットサンド』と『ハニーミルクアイスティー』が用意されていた。
(誰が作ったのか分からないけど旨いな。アメリアが好きな酵母パンとオレが好きなハニーマスタード和えのハムの味、オレ達の好きが合わさるとこういう感じなのか)
まだ見ぬ未来の家庭の食事を味わったような、不思議な気持ちになりながら、アッシュは最後の試練に向けて気持ちを整えた。




