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運良く座礁した船から救助されたアッシュ。
意識はまだなく、腕には精霊用のエーテル点滴が刺されている。
「まだ意識が戻りませんが、エーテルの補充さえ終われば自然と目覚めるはずです。網にかかっていたフクロウ君もそのうち起きるでしょう」
「お医者様がそう仰るなら安心だ。良かったな、アラルド」
「はい! 調査の一環で人助けが出来て本当に運が良かったです」
病室からいくつか離れた待機室では、アッシュを発見したアラルドに医師が容態を説明。
医師が部屋を出ると、精霊エルドが接触の際の注意点をいくつか話し出した。
「さて、今回の救助した若者が目覚める前に、忠告をしておこうと思ってな。まずパラレルワールドが出来る仕組みを知っているか、アラルド」
「いえ、残念ながら故郷でも習うことはなかったですね。あのお兄さんはパラレルワールドから来たということでしょうか」
「ああ、少なくとも別時間の住人だ。未来は何通りもあって、可能性の分岐点で枝分かれした時間軸がそれぞれ独立した世界をパラレルワールドと呼ぶんだ。おそらく、今回の難破船は別の時間軸から来たものだろう」
所持品と思われる『剣聖の大剣』は、過去の戦いや動乱で現在は行方不明のもの。まだ比較的新しい状態であることから、アラルドが誕生する以前の時間軸から来た可能性が高い。
「この大剣……剣聖アッシュって刻まれている。ということは、あの若者は過去の父様? けど、父様は剣は使えないお人だし、やはりパラレルワールドはいろいろ違うんですね」
「一応、アラルドが生まれる以前のアッシュさんだと想定して、無闇に接触しない方がお互いのためだろう。パラレルワールドとはいえ、存在が揺らぐ場合も」
「確かに。若い頃の父様が目覚める前に、何か用事を作ってこの場から遠くに移動しようかな」
エルドも同意見のようで少し考えてから、所持品の『剣聖の大剣』を手に取った。
「推測だが、この【剣聖の大剣】がパラレルワールドとの移動トリガーとなった錬金術の品だと思う。因果がとても強いからな」
「因果? そういえば、現代では行方不明扱いなんですよね。その大剣」
「ああ。一説だと黒い龍を斬った後に吸収されたとか、ロキが奪って黄昏にあるとか。いわくつきなんだよ……」
一体、どのような『いわく』なのかは口籠もり詳しく語ろうとしない。所持品検査の書類のチェック項目に大剣と記して、鞘ごと大袋に納める。
「一旦、アスガイア神殿所有の錬金工房まで移動して、この大剣のレプリカを作りたい。錬金で出来そうか?」
「……! はい。これでも錬金術師のタマゴですから」
柔らかく微笑むアラルドは、かつてエルドの兄であり本霊であったラルドを思い起こさせた。今では、分霊であるエルドがアスガイア神殿の精霊神を勤め、アスガイアとペルキセウスを取り持つ仲介役をしている。
そして、アスガイア神殿助手のアラルドはラルドの魂の生まれ変わりである。
ラルドの愛する女性アメリアを『母子』という深い絆を用いて、自分だけの聖母として永遠に独占するための転生体のはずだ。
(形の違う愛情を選んだ兄だったが、こうして恋敵であった若き頃のアッシュ王子がパラレルワールドの分岐点で彷徨っていると、前世を思い出した時に魔が差さないとも言い切れない)
それが、エルドの真の懸念材料であり、『剣聖の大剣』のレプリカ作りは副産物と言える。
アッシュが目を覚ます前に、精霊鳥のポックル君が過去の雇い主であるエルドに気づく前に。アラルドを伴い、エルドは病院を後にした。
* * *
「おかえりなさいませ、マスターエルド」
「やあ、トーラス。かつての王太子様が今や精霊の従者だなんて、過去全盛期のアスガイア国民が聴いたら卒倒するな」
「肉体を悪魔像に奪われた挙句、一度魂を半分に分割されて、紆余曲折経てこうして普通の人間として生きてるだけでも有難いですよ。神殿の鍵番という肩書きもありますし」
アスガイア最後の王太子であるトーラスが、神殿の鍵番を勤める。
未来のアスガイア神殿は、現世と冥府の狭間に存在していた。ロキ復活で起きた神々の反乱『黄昏の時代』に、狭間という曖昧な異空間が発生したのだ。これは神殿地下に眠っていた悪魔像から、数多の災いが外に出たことが原因だとされている。
そのような忌まわしい事情から、おそらく誰もやりたがらない、そして誰にも勤めることが出来ない神殿の鍵番にうってつけの人物がトーラス王太子だった。
奇妙な因縁だが、アスガイアに渡航したアラルドの世話もそれなりにしてくれるのも、母アメリアの元婚約者トーラス王太子である。
彼の最後の婚約者はアメリアの妹レティアだった上に、レティアが浮かばれないと冥婚をさせたことから、親戚のおじさんという設定が残ってしまった。
「これから錬金術でレプリカを作るんです。そういえば、おじ上は、若い頃の父様のことご存知ですか」
「いや、アッシュさんは王族として活動するのが遅かったから、若い頃の彼とは接点がなくてね。お姉さんのラクシュ姫には随分良くしてもらったけれど。その大剣は……失われた剣聖の大剣が発見されたのかい」
「一時的にこの狭間で預かっているだけです。レプリカを作って、あとは元の軸に返さないといけないから……」
律儀に大剣を返すという選択肢を選んでいるアラルドに、トーラスは余計な助言と思いつつそれとなく自分の見解を述べる。
「うーん……あのさ、アラルド君。その大剣、どっちみち失われてるんだし。レプリカを作るなら入れ替えてみたら? アラルド君は真面目だから、そういうの抵抗あるかな」
「馬車の中でエルド様ともそういう話題は出たんですが、入れ替えで時間軸が壊れても困りますし。性能的には入れ替える必要ないですから」
一瞬だけ、柔らかかったアラルドの瞳が鋭く輝いた。アメリアともアッシュとも、どちらにも似ていないアラルドだけの輝き。
「……それって、つまり」
「オリジナルの剣聖の大剣を超えてみせます。レプリカというより、完成体を作って差し上げますよ」




