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「おめでとう! 大剣適正がDからCに上がったよ。精霊の源であるエーテルを強化すれば、元の肉体が病弱だったアッシュくんも、本来の能力を発揮出来る。最初の実験は成功だね」
「良かったぁ、けど……リンカネーション博士。アスガイア冥府行きの旅券を得るには、どれくらいランクが必要なんでしょう」
「旅券発行はAランクからだけど、クエストを達成したければSランクは欲しいね。流石に訓練しないと無理だから、今後は剣術指南のプロにもお願いするようになる」
一定のステータス数値を得ればギルド公認の所属者と認定されて、アスガイア冥府行きの旅券を得られると言う。
「水先案内人の立場から言わせてもらうと……この2ヶ月で蹴りをつけたいわ。訓練もそうだし、輪廻研究所への納品にクエストをこなしながら、エーテルの補強をしていく感じになりそうね。しばらくこちらに滞在になるから、仮の住まいに案内しないと」
「そういえば、人が多すぎて宿屋に入れないんだっけ」
「ええ、けど普通は自分の一族が所有する住宅に住むのが一般的よ。アッシュくんの一族が住める部屋の鍵を墓守さん経由で手配するわね」
しばらく、アッシュは古代ペルキセウス村に留まらなくてはいけない。宿屋が満員だった為、慣習に従い自分の一族の部屋に住むことになった。
管理人である墓守達のいる場所は、ギルドの向かいにある小さな館だった。
墓守は死者の住む部屋の鍵を殆ど管理しているそうだが、世代が重複するため鍵の数も随分と多いようだ。
「スミマセン。連絡を入れておいたペルキセウス一族担当の水先案内人ベルナです。部屋の確保は出来ていますか?」
「ちょうど、ハウスクリーニングが済んだところですよ。ペルキセウス王家の血縁者の部屋は、こちらのテラスハウスになります。それほど大きくないですが、アッシュさんとフクロウさんが暮らす分には、充分な広さのはずです」
墓守が地図とともに、ペルキセウス王家の紋章入りの鍵をアッシュに手渡す。
「家具付きの部屋が空いていて、ラッキーだったわね。住宅地までの道のりに商店街があるから、途中で夕ご飯の惣菜を買っておくと良いわよ」
「ベルナさん、今日は何から何までありがとう!」
勿忘草が揺れる墓標の前でベルナと別れて、手渡された地図に記されたテラスハウスへと向かう。ギルドのある港の地域は、古代ペルキセウス村がベースとなっていたが、住宅地は煉瓦造りの建物が多くアッシュの時代と酷似していた。
ベルナの勧めに従い、途中の商店街でチーズやラタトゥイユを購入。研究所で貰ったマナ風酵母パンと合うだろう。
「えぇと、テラスハウス棟の19番は……ここか」
赤い煉瓦のテラスハウスは、自転車付き。小さな花壇もあり、隣の家では家庭菜園をしているようだ。
鳥精霊を飼うのが当たり前のペルキセウス王家だけあって、テラスハウスといえど鳥小屋が完備されている。
一階部分はダイニングキッチンや風呂トイレ、洗面と生活に必要なスペース。二階部分は個人の部屋が二つあり、家具付きで便利だがひと部屋余ってしまう。
「クルックー! 雰囲気的に兵舎と似てますし、アッシュ王子にも馴染みやすいでしょう。鳥精霊が住めるように小屋もある。しばらく、安心ですなぁ」
「テラスハウスな分、兵舎よりもちょっとだけ広く感じるよ。本当はこのくらいの大きさの家ならアメリアと……。いや、変な考え起こしちゃダメだな。アメリアの元へ帰らないといけない」
危うく、こちらの世界で暮らすことを考えてしまい、慌てて考えを正す。
だが、この世界がアッシュの思考を読んだのか、明らかな変化が訪れた。
これまでずっと、灰色だった窓の向こうの空が、或いは偶然か、陽が翳り夕暮れになったのだ。
(あれ、おかしいな。以前、冥府に来た時はずっと空の色に変化は無かった。もしかすると晴れや雨の日もあるのかも知れないけれど、夕方や夜になるのは見たことが無い)
「おぉ。この区域は、居住エリアですから時間軸が普通にあるんですね」
「……あのさ、さっきここで暮らしても良いなんて考えを起こしたから、ここでの時間が動いちゃったのかなぁって」
「ふうむ、なるほど。仮住まいとはいえ冥府の住民になったから、時間の動きと我々とリンクしたのか? ワタクシ、精霊ですがイマイチその辺りの事情は詳しくないのです」
ポックル君もこの冥府エリアに飛んでいる鳥達と同種の鳥精霊であるが、地上が主な管轄だ。さらに、ペルキセウスには仕事の都合でたまたま訪れただけで、本来はアスガイアの精霊鳥のはず。
「オレ達、地上暮らしが長い身だもんな。商店街まであって、あんまり地上と変わらない面も多いけどさ」
「おそらく、リンカネーション博士の推奨するエーテル強化の食事と、今後は武器種を扱うための訓練をするようですね」
「そっか……なかなかすぐには甦りとはいかない感じだ。仕方ないか、今日は食べてシャワー浴びて、寝よう」
* * *
その日の晩、アッシュは見てはいけない夢を見た。死によって引き離された妻アメリアと、新婚生活の続きをこの冥府でする夢だ。
「アッシュ君、私ずっとイヤな夢を見ていたの。アッシュ君が、そのまま居なくなってしまう夢」
「いなくならないよ、アメリア。ずっと、ずっと一緒にいよう」
久しぶり抱きしめた身体は、記憶よりもずっと華奢で細くてアッシュは違和感に襲われる。
「嬉しい……私も、すぐにそっちに行くから」
痩せた顔で無理に笑うアメリア。
健康的だった頬は痩せこけていて、アッシュは現世での彼女が殆ど食べずに過ごしていることに気づく。
「嗚呼、アメリア。ごめんよ、オレがしっかりしていないから。キミはまだ生きて、生き抜いて……オレがもう一度会いに行くまで。頼むから……」
「本当に? アッシュ君、約束よ」
「約束だ。必ず、守る」
夢と分かっていてもアメリアの亜麻色の髪を撫でて、約束の口付けを交わす。
目を覚ますと、まだ日が昇る前。
そこに妻の姿は無い。
大きな寂しさと僅かな安堵が混ざりあって、アッシュはそれ以上眠ることが出来なかった。
同刻、アメリアもまたアッシュの棺の前で涙と共に目を覚まし、仮死状態の彼に優しく口付けた。




