05
「試食会かぁ」
「…………試食会。まさか、また」
つくづく優しい博士だと、アッシュは感心したが、なぜかベルナの表情は硬直している。張り付いた笑顔と呼べばいいのか、試食会について何も触れようとしない。
「おやおや。ベルナくんは前回の試作品がちょっとばかり、お口に合わなかったようだからね」
「良薬口に苦しって言うし、エーテルメニューはやっぱり難しいのかな」
「難しいって言うか、私の味覚には合わなかったって感じよ」
通された部屋は試食会用のダイニングキッチンで、木製の長テーブルは数人での食事に対応したもの。
(前回の試食会は評判が悪かったようだけど、みた感じ普通だよなぁ)
アッシュも内心不安になったが、今回は前回の汚名を返上するための試食会らしい。
リンカネーション博士と助手が手際良く、アサイースムージーとハチミツたっぷりのマナ風酵母パンを用意してくれた。
「安心してくれたまえ。今回は、繊細な味覚でも大丈夫なアサイースムージーと酵母パンだ」
「パンは妻のアメリアも好きで、よく食べてました。地上のペルキセウスは、天然酵母パンが名物なんです」
離れていても、アッシュが思い浮かべるのは妻のアメリアのことばかり。
「うちのは、その元祖とも言えるマナ風酵母パンだよ。現世に還ったら、奥方との朝食メニューに加えて欲しいな。試食後は、このアンケート用紙の設問に答えて提出してくれれば良い」
【試食会モニターアンケート】
今回のドリンクは、女性向けを意識しました。
栄養価抜群スーパーフードのアサイーをバナナやヨーグルトで作ったスムージーを基調に、ハチミツ入りエーテルエキスを配合。
エーテル入りハチミツたっぷり酵母パンは、聖書に登場する伝説の食べ物マナを意識したハチミツテイストです。
食後は各項目にチェックを入れてください。メッセージ欄は無記入可能ですが、ひとことお書き添え頂けると励みになります。
「今回は前回と違って、随分と良い雰囲気の試作品ですね。けど、東方青汁シリーズのトラウマがどうしても……」
「東方青汁は基礎体力を安定させる効果がある。ドリンクもスナックタイプも必要とあらば、いつでも在庫があるよ」
「うぅ……」
ベルナがトラウマと呼んでいるのは、不味いことを売りにしていた伝説の東方青汁だった。人を選ぶ内容のメニューに、アッシュがベルナを励ます。
「あー……まぁ気持ちは分からなくも無いよ。けど青汁っていうのは、兵舎でも飲んでる剣士がいたなぁ。配合によっては、東方青汁はイケるかも」
「アッシュくんのいた兵舎でも東方青汁は人気あるのね。健康志向の人はきっと青汁好きよね」
輪廻研究所というくらいだから、精霊の輪廻に欠かせないエーテルに関わる食材ならなんでも試しているのだろう。
「ポックル君たちなら、ワンチャン青汁煎餅いけたのになぁ」
「僕もそれをちょっとだけ思ったのだよ。鳥くん達なら、青汁煎餅食べられるんじゃないかって。一応、前回の試食品も鳥くんたちにはプラスで試食して頂こうかな」
なかなか手をつけようとしないベルナをよそに、アッシュは試食を開始。ポックル君やデン君には、前回不評だったという青汁煎餅も酵母パンのミニサイズとともに配られた。
「クルックー! このマナ風ハチミツ酵母パン。すごく、すごく美味しいですぞ。あ……ワタクシ、パン派ですので青汁煎餅は遠慮しておきます」
「ぽぽう! ならポックル先輩の分もこのデンが頂きます。ぽう! 初めての青汁煎餅、なかなかですよっ」
「おぉおおっ! ようやく、ようやく青汁煎餅を理解してくれる来訪者がっ。煎餅を砕いて鳥精霊達の食事として販売する方向性でいこう! 嗚呼、これで賞味期限前に青汁煎餅を市場に出せる」
楽しそうに『人型精霊には不評の青汁煎餅』をつつく精霊鳩のデン君を見て、リンカネーション博士は感極まって涙を流していた。よっぽど、余剰在庫を抱えているのだろう。
その様子を見て、ベルナはデン君と席を離してお皿とスムージーを移動させる。
「ぽぽう。スミマセン、美味しくてつい。アスガイア渡航前に体力をつけたくて。クエスト次第ではかなり飛行力が問われますし」
「アスガイア冥府で行う予定のクエストって、輪廻の蝶々を採取してくるんじゃなかったっけ。本当の蝶々かも分からないとかで、オレもデン君を見習って体力つけないと」
冥府ギルドのマスターが教えてくれた甦りの方法が、蝶々を採取してくることだった。アッシュは輪廻の蝶々がどのようなもの知らないし、謎掛けの一種のようでもある。
「輪廻の蝶々、色さえ分かればクエスト内容の真の答えが分かるんだけどねぇ。まぁ大体見当はついたけど……」
リンカネーション博士は何か思い当たる節があるようだが、今は答えを言うつもりは無いらしい。
「流石、博士……輪廻の蝶々の答えはもう分かったのか。あれ気のせいか、身体の芯がしっかりした気がする。エーテル配合だし効いてるのかな?」
「おぉっ後で、アッシュくんの武器適切が上がっているか測定しよう。今のところ、大剣適正をAまで上げるのが目標だ! まぁ万が一の場合は幻の漢方薬と名高い冬虫夏草で……」
昆虫食の話題は研究所の職員も嫌なのか、これまで試食会の部屋と距離を置いていた助手が、アンケート用紙回収という名目でやって来た。
「失礼します! 助手のミレニアと言います。アンケート用紙はこちらで回収します。おや、黒い蝶々がこんなところに……えいっ」
試食会のテーブルに留まっていた黒い蝶々を、助手の男ミレニアが手袋をした手で捕まえて外に追い出した。
「おお。ミレニア君、ありがとう」
「輪廻の蝶々って。さっきのは黒かったけど……万が一、この研究所で手に入れば渡航しなくても大丈夫なのかな?」
「アッシュ君、残念ながら輪廻の蝶々は少なくともさっきの黒い子じゃないと思うよ。僕の予想だとアスガイア冥府から持ち帰って、ここで蝶々を甦りのアイテムに変化させるようだね」
* * *
アッシュのクエスト目的地であるアスガイア冥府の神殿では、地上のエルドのように神殿を統べる精霊の姿があった。
彼が覗く水晶玉に写した出されているのは、蜘蛛越しに見た輪廻転生研究所の様子。
「バレちゃったのかなぁ、黒い蝶々の使い魔。けど、アッシュくんとやらが自らこちらに来るなら、探る必要もないかぁ」




