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ラルドにエスコートされてやって来たのは、シーサイドレストランの中でも海の景色が一番綺麗に見える窓辺の席。青い海は港に向けて船が行き交っており、アメリアとラルドもいずれかの船に乗り隣国へと旅立つのだと実感させてくれた。
「天候も穏やかですし、今日中には隣国行きの乗船チケットを手に入れて、出立することになります。腹ごしらえも大切ですから、今は海の景色と料理を堪能しましょう。日射しがありますが、神殿に篭りがちな僕らにとってはちょうど良いビタミン補給です」
「ふふっ! そういえばラルドさんも私も同じ神殿で働いていたのに、顔を合わせたことがあるのは何年も前に一、二回ってところよね。こうしてきちんとお話する機会が持てたのが、離職した日なんて……もっと早くこういう機会があれば。ううん……きっと何も変わらないわね、いずれ私はこの国を出ていく運命ですもの」
「運命……か。ふむ、我々の運命もかの三女神に操られるかの如く、自らの意思では抗えない何かがあるのでしょう。一緒に旅立つことが出来るのが、せめてものご慈悲です……おっ食事が運ばれてきたみたいですよ」
ウエイトレスは猫耳が印象的な獣人族で、人間族以外を見慣れていないアメリアは緊張してしまう。人間との違いは耳と尻尾のみで、他は人間とはさほど姿は変わらない。
(ウエイトレスさんって、猫耳の獣人族だわ。この数年で異国からの出稼ぎ労働者が増えて、市井ではたくさんの獣人が働いているとは聞いていたけど、間近で見るのは初めて。猫が人間になったみたいで可愛いけど、人間語は話せるのかしら?)
普段あまり接触することにない獣人を間近で見ると、まるで別世界へと遊びに来てしまったような気持ちになるアメリア。どれほど自分が、神殿と自宅の往復という限られた暮らしをしているか認識せざるを得ない。
「メリークリスマスお客様、お待たせ致しました。本日のオススメランチメニューでございます。ノンアルコールシャンパンはサービスドリンクですので、ご自由にお申し付けください。では、ごゆっくりどうぞ……ですにゃ!」
(今、にゃっ! って言ってたわよね、人間語も頑張って覚えたのかしら?)
運ばれてきたオススメのランチは、帆立のサラダやあさりのトマトソースパスタ、海老のビスクスープなどシーサイドにぴったりな海の幸メニュー。クリスマスらしくチキンもあり、デザートはチョコレートケーキである。サービスドリンクだというノンアルコールシャンパンは、果実が浮かんでいて可愛らしい。
窓辺であるものの屋根のおかげで、日除け効果もあり落ち着いて食事が愉しめる。獣人族のウエイトレスについてはラルドからすると当たり前の存在のようで、特に話題に出そうともしなかった。
「僕はこの辺りのレストランでは、このお店が一番お気に入りなんです。なんと言っても景色が綺麗で……んっどうしました? アメリアさん」
「えっ? あぁ……えっと、さっきのウエイトレスさんみたいな猫耳ウエイトレスさんを間近で見るのって、私初めてなんです。出稼ぎの獣人族が増えたのは、この数年間のことでしょう? その間、ほとんど巫女修行のために、制限された生活を送っていたから。ちょっと驚いてしまって……本物の猫の耳で可愛いなぁって……いえ、ウエイトレスさんに失礼よね。聞き流してくださいな」
人間族と同じように、頑張って働いている獣人族のウエイトレスを本物の猫を見るような目で見るのは、アメリアの倫理間では申し訳ないと思ったのだ。聞き流してくれるようにラルドに頼むと、ウンウン頷いて了承してくれた。
「ふふっそうだったんですか。アメリアさんは、猫好きなんですね……けどこの話は僕とアメリアさんの小さな秘密ということで。出稼ぎの獣人族は特定の場所でしか雇用されておりませんし、ストリートでは耳を帽子やなんかで隠しているので気付かなかったのかも知れません」
「あっ……そういえば、露天の商人たちって帽子の人が多かったわ。もしかしたら、獣人族だったのかも」
出稼ぎ獣人族が雇用されている場所は、実のところ飲食店以外にも市井には多数ある。が、ウエイトレスやメイド以外は大抵帽子で、猫耳や犬耳を隠してしまうらしい。
「おそらくは……彼らは現地の民ではないということで、神殿のお祈り会には出席しませんし。アメリアさんのように、特別な仕事に就いて外出制限がなされていると会う機会も少ないでしょう。隣国では獣人族がたくさん居住していますし、もっと接触する機会は増えますよ」
「私、いつも閉鎖的な暮らしをしていたから、この国の本当のこと何も知らないんだわ。お祈りだって、獣人の人達の分まではしたことがなかったもの。どっちにしろ、王妃になるのは異母妹って決まっていたようなものだし、世間知らずな私は隣国で人生をやり直すのがいいのかも」
民のためを思って陰口を叩かれながらも、予言の仕事を懸命に行っていたアメリア。だが、普段目にすることのない獣人族達の暮らしを、祈ったことは一度もなかった。けれど彼らも、この国で働く仲間であることは確かである。それらを見ないで過ごしていたのは、あまりにも国の実情を知らなさ過ぎたのだろう。
「今からでも、お祈りに関しては間に合いますよ。別にあなたを見守る神は、神殿にのみ宿っているわけではありません。きっと、いつも貴女のそばに……なんて。皆さんの分もお祈りしましょうか?」
「そうね、この国を出ていく前に、今まで忘れ去られていた種族の分まで」
二人で目を瞑り食事を感謝する祈りと、人間族のみならず獣人族達のことも共に祈ることに。
「では感謝の祈りを捧げたら、食事を頂きましょう。アメリアさんはもちろん、同じ時を共にしている全ての人に……メリークリスマス!」
穏やかで心地よいラルドのその声は、いつもアメリアを絶えず励ましてくれた神の声に似ている気がした。