08
受胎告知を正式に受けたアメリアは、ユグドラシルを出て出産出来る場所を探す巡礼の旅に出ることになった。とはいえ、これからどんどんお腹が大きくなることを踏まえると、次の巡礼先で長期間留まれる場所を決めなくてはならない。
「輪廻の棍に刻まれている八芒星が行先を決めてくれる。そう信じて、オレ達は巡礼の旅に出たんだ。昨夜の流星群で、たくさんの人々の魂が輪廻の道へと進んだ。きっとアメリアのお腹の赤ちゃんも、自分が産まれる場所を決めたはずだ」
夫アッシュは東西南北を示す方位盤の記された地面の中心に輪廻の棍を置き、祈りを唱えてからそっと手を離す。
カタンッ!
輪廻の棍が示す方角は、かつて大陸全土を支配したと言われている神に選ばれし偉大な王の出身地がある方角だった。
「このまま輪廻の棍が示した方向に進むと、聖ダヴィデが生まれたとされる聖地に長期滞在することになるわね」
「あぁ。確か、聖書でも聖母マリアはダビデ王の出身地ベツレヘムで住民登録してから、ジーザス・クライストを産んでいるんだよな。まぁ、偶然オレ達の住む世界でも大陸を支配した王の名が聖ダヴィデなわけだけど」
「この際ゲン担ぎでもいいから、聖母マリア様にあやかって聖ダヴィデの出身地に長期滞在しましょうか? ダヴィデの都市にも神殿はあるし、そこで報告を入れましょう。私もお腹が大きくなるし移動出来る時間は、限られているわ」
出産のための土地が決定し、大樹のふもとの村でアイシャやヴェスタらと必要な食糧などを補充して馬車に乗り込む。ふと、アメリアが振り返ると大樹ユグドラシルが優しく風に揺られて旅立ちを見守っていた。
それからは、出産まで目まぐるしい毎日だった。神々の黄昏の影響で荒れていた社会情勢も徐々に復興の兆しを見せていて、聖ダヴィデの都市に長期滞在しているアメリア達にもペルキセウス国の情報が入ってくるようになった。
原罪を背負って十字架にかけられた精霊ラルドのことはもちろん、アメリアの影武者となったレイネラの死など知らなかった情報も多い。
「ラルドさん……やっぱりあの流星群の夜に降りてきた魂は、ラルドさんのものだったのね。レイネラさん、ごめんなさい。私の身代わりになって……」
「アメリア、犠牲になってくれた二人のためにもちゃんと命のバトンを繋ごう。オレも一緒に祈るから……」
心を痛めたアメリアは夫アッシュと共に出産までの間、精霊ラルドやレイネラのために祈りを捧げた。お腹が大きくなりしばらくすると、アメリアの身にいよいよ陣痛がやってきた。
日を数えると少し予定日より早い。不思議な偶然で、赤ちゃんが産まれた日はアメリアが祖国アスガイアを追放された日から約一年目のクリスマス当日だった。
(ラルドさん……約一年前のあの日、貴方にエスコートされて隣の大陸へと旅立ったのに、今はもう貴方はいない。けど……新しい生命として戻って来てくれたのよね?)
「よく頑張ったな、アメリア。まさか予定日より早く、本当にクリスマスの日に子が産まれるとは思わなかったよ。ほら、ちょっと小柄だけど元気な男の子だ。ありがとう……オレの子を産んでくれて」
「アッシュ君も、ありがとう……私に可愛い赤ちゃんを授けてくれて」
震える指でアッシュの手を握り、お互いの温もりを感じる。アメリアのベッドの傍らには、赤ちゃん用の小さなベッドが設置されていて、赤ん坊特有の泣き声が響いてくる。
「ふふっ。これから三人で頑張ろうな。さて、赤ちゃんの名前……思ったより早く生まれちゃったからまだ決まっていないんだけど。どうする? 神殿で命名の依頼をするなら、申請に行くけど」
自分達で子どもの名前を決められなかった場合には、神殿に依頼してその子どもに最適な名前を命名してもらうことも出来る。神殿と連携している病院で出産したことからも、そちらの方が自然の流れと言える。だが、アメリアはもう心の中で、赤ちゃんの名前を決めていた。
「ううん。大樹ユグドラシルで受胎告知されたあの日から……名前は決めていたの。男の子の赤ちゃんだったら、アラルドという名前にしようって」
「アラルドか、お母さんがアメリア、お父さんのオレがアッシュ。全員アから始まる名前だ……恩人のラルド様にあやかってアラルド。いい名前なんじゃないか?」
自分の子どもを抱き上げて、嬉しそうに笑う夫アッシュ。それ以来、アメリアが退院した後も、以前のようにラルドの話しをしても嫉妬の感情を見せなくなった。
こうやって次第にラルドのことも大切な思い出として、過去の出来事になっていくのだろうとアメリアは感じていた。
* * *
「結局、アラルドが自由に動けるようになるまで、聖ダヴィデの都市に住むことになっちゃったわね」
「流石にここからユグドラシルを経過して境界自治区に戻るには、今のアラルドを連れて行くのは負担だし。子どもの安全が一番だよ。さてと、そろそろ仕事に行かないと……」
「えぇアッシュ君、行ってらっしゃい」
しばらくの食い扶持を繋ぐために、神殿で働き始めたアッシュと朝の口付けをかわして、その姿を見送るアメリア。
息子のアラルドがペルキセウス国に移動出来る年齢になるまで、そしてペルキセウス国が悪神ロキの残した爪痕から復興するまでは、しばらく自分達の国に戻らないことになったのである。
すくすくと育ったアラルドが簡単な言葉を喋れるようになった頃、久しぶりにアメリアはオシャレをして家族水入らずで外出することになった。
「お母様、そのキラキラ……綺麗」
「なんだ、アメリアの髪飾りが気になるのかアラルド。そういえば、アメリアって初めて会った時からその髪飾りをつけてるよな。何か大事な記念の品とかなのか?」
まだ小さなアラルドを抱っこしながら、今まで質問して来なかったアメリアの髪飾りについて問う夫のアッシュ。
もう遠い記憶になってしまったあの日のことが、アメリアの胸に蘇る。
ラルドと初めて買い物をしたあの日、クリスマス・イヴの日にラルドがくれた嬉しいプレゼント。綺麗な箱から取り出したそれは、アメリアが欲しくて見つめていた銀の髪飾り。
『えっ……この髪飾り、私がさっきショップで眺めていた。けど、いいの? 特に魔法がかかっているわけでもなく、守備力が高いわけでもなく』
『いいんですよ、貴女の魅力を高めてくれる。貴女が気に入り喜んでくれる。それが一番……アメリアさんは【女の子】なんですから』
あの時のラルドの笑顔に救われて、アメリアはラルドのことが大好きになった。淡い憧れと初恋のような胸がチクリとするその想いは、夫アッシュには秘密のものだ。
「……アメリア?」
「ふふっ。これはね、大事なクリスマス・プレゼントなのよ。それ以外は、あの時の私の……女の子の秘密よ……」
「ははっ。女の子の秘密か、それじゃあ追求出来ないな」
隣にいる彼が、あの時の初恋の人と同じ人ではなくとも。アメリアは最愛の夫アッシュや子どもと過ごす今がとても幸せだった。それは、ラルドがくれた優しい思い出のお陰だとアメリア自身、理解していた。




