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「裏切り者のユダ?」
「レティア嬢、一体どういう意味ですか。我々の中に内通者がいるとでも」
「いいえ。ユダは、貴方がたのことではありません。ユダは私なんです」
会食の出席者達は、レティアの主張に話が見えなくなって、皆顔を合わせた。
「レティア嬢、具体的には一体どのような裏切りを?」
「小さな頃、アメリアお姉様はずっと憧れだった。けどいつしかアメリアお姉様の選ばれし霊感に嫉妬し、誘惑に駆られて異国の悪魔像を神殿に持ち込んだ。ユダはこの私自身です。お姉様のようになりたくて、でもなれなくて。縋って悪魔像に魂を売ってしまった。私が悪魔像に魂を売ったから、災いがこの国に増えたんだわ」
人によっては異国の悪魔像が神殿にあることと、災いが増えたことに、直接の因果関係を見出せず困惑を隠せない様子。
アスガイア国もペルキセウス国も精霊信仰の国だが、他の国は文明を重視する国も増えていて精霊や魔法の類いを忘れる国も多い。
「すまないがレティア嬢、話がまだ見えません。神殿信仰の巫女としては、異国の悪魔像を影で崇拝し、霊感を獲ようとしたことはタブーでしょう。しかし、現実は……異国の像もマリア像も、我々にとっては偶像にしか過ぎない。そこまで気に病む話ではない」
「そうですよ。誰にでも、コンプレックスはある。優秀なお姉さんへの憧れが募り、やがて自分自身のスペックと比べて……嫉妬の感情が生まれて思わず異国の像に手を出した。しかし、僕なんかも若い頃は兄のようになれず、悩み苦しんだ。年を重ねれば、お姉さんへの複雑な想いもまた素直に伝えられるようになりますよ」
ユダは自分自身であると主張するのは自由だが、仮に御神体以外の像を持ち込んだからといって、現実的には不都合はないはずというのが一般的な意見だ。
「ふむ、アスガイア神殿は我々の想像以上に、まだ深い信仰を持つ人に支えられているようだ。私の国なんかでは、信仰のある者はめっきり少なくなり神殿もただの遺跡扱いですよ」
「偶像を拝んで何か特別なチカラを得られるという考えそのものが、ない国も存在してますよ、レティアさん。貴女の国では罪だとしても、我々の基準では偶像はただの像に過ぎないと」
信仰を持つ人間としては大きな裏切りなのだろうが、出席者の大半は既に神や精霊を架空のものと捉えていた。だから、悪魔像にもマリア像にさえ、特別なチカラは宿っていないと考えているのだ。
「けど、お姉さんは貴女にそんな素敵なアクセサリーケース……いや、魔法の小箱をプレゼントしてくれたじゃないですか。レティアさんの心にある複雑な想いも、きっとその魔法の小箱が仕舞い込んでくれますよ」
「そうそう! また一歩、大人に近づいたということでしょう。お姉さんに対しても、小さな頃のように素直になれる日が来ますって。お姉さんは貴女を可愛いがってくれているようだし、複雑な想いを理解してるに違いない」
ラルドが作ったというパンドラの箱を模した魔法の小箱のことも、お洒落なアクセサリーケースか何かと勘違いしているようだ。その証拠に彼らの励ましの言葉は、魔法の小箱をただの姉からの高級なプレゼントとしか捉えていないものばかりだった。
異母姉アメリアへの歪んだ憧れと嫉妬心も、腹違いという複雑な関係が由来のよくありがちな感情の悩みだと勘違いしているようだ。
「……今から、証拠を見せます。悪魔像の魂はここに。かつてのトーラス王太子は、もういない。私が悪魔像の魂をトーラス王太子の魂と入れ替えたから。だから……!」
レティアはトーラス王太子の皮を被った悪魔像の前で、魔法の小箱の蓋を開いた。
「ククク……。そうか、悪魔像は偶像か。ならば、この我は、今ここにいる我は、偶像に魂を奪われた哀れな王太子のカラクリ人間という訳だ。つまり、我も偶像だ」
「うるさいっ! トーラス王太子に取り憑いた魂、悪いけどアンタにはもう用はないわっ。出てって!」
「はははっ。はははっ! 残念だったな、小娘。もう我はこんな肉体用済みよ。返して欲しくば、勝手に返してやろう。ホレ……」
グォンッッ!
トーラス王太子の肉体から黒い穢れの塊が、音を立てて抜け出してきた。山羊の頭に人間の身体のついた悪魔像の魂が、目に見える形で具現化して会食の貴賓達の前に現れる。
「こっこの悪魔は一体? はっ……トーラス王太子、大丈夫ですか。まさか、心臓が動いていないっ?」
「しっ死んでる?」
「はっ早く、救護隊を……! 回復魔法を使える者を、誰かっ!」
消息不明のトーラス王太子の魂が肉体に戻る間も無く、抜け殻となった肉体は活動を停止してしまったようだ。王宮関係者が焦りながらトーラス王太子の肉体を蘇生させようと、マッサージを施したり回復魔法をかけている。
「ふう……久しぶりに魂だけで外に出るが、やはり身体がないと落ち着かないな。さて、前回は我が新しい肉体を得るためにトーラス王太子の魂を犠牲にした訳だが。今回は、もっと特上の肉体が身近にある。だが、その肉体を得るには生贄が必要だ。もう分かるな?」
「どうして、どうして魔法の箱が効かないの? お願い、効いてよ! ラルドさん、どうすればこの魔法の箱がチカラを発揮するの? やっぱり私じゃ無理なの、神のいとし子じゃないから……アメリアお姉様じゃないからっ!」
「レティアさん、それは……その悪魔像には、今のその箱では……」
威力を発動しない魔法に、制作者のラルドは思わず口籠もる。神のいとし子ではないレティアに魔力が足りないのか、悪魔像の魔力が強すぎて吸収出来ないのか。または、その両方か?
「ふむ。答えに気づかず……か。では、冥土の土産に我が、【別の十三人の会食】にまつわる神話を教えてやろう。最後の晩餐によく似ていながら、似て非なる話だ。その昔、北の神々が十三人集まり会食を開いた。悪神ロキに唆された盲目の神は、光の神を突き刺して殺してしまう。だから、十三人の会食は不吉なのだと……まさに、こういう風になっ!」
ザシュッ!
レティアの胸が突然、何か鋭い棒のようなもので貫かれる。
「あぁあああああっ! はぁ……そんな……! やっぱり、駄目だった。ごめん……なさい、トーラス王太子、アメリアお姉様……ゆるして」
ズズズ……ズプッ!
カタン!
悪魔像はトーラス王太子が所持していた錫杖でひと思いにレティアの心臓を貫き、それを串刺しにしてから魔法の小箱に収めた。
――まるでこの魔法の小箱は、初めからレティアの心臓を収めるために用意されたかのように。




