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一筋の希望となるやも知れぬ剣聖の剣。アッシュ王子は弱った身体で、それを大事にベッドの横の武具立てに掛けた。さらに華奢な身体となり痛々しく弱っていく今のアッシュ王子では、とてもじゃないが剣を縦横無尽に振るえるようには見えない。
それでも、自分の名が刻まれたオリジナルの剣は、アッシュ王子にとって明日のへ道標なのだろうと納得した。
「けど、誕生日プレゼント……ラルドさんからこんなに立派なものを贈られてしまったら、私からは何を贈っていいか分からなくなっちゃったわ」
「アメリアさん……そのことについてなんだけど……」
「さてと。では、僕はそろそろお暇しますか。アッシュ王子を空席の剣聖として登録出来るように、王立騎士団に申請しておきます。流石にこの件だけはギルドの所属者としてでなく、アッシュ王子に予言を与えた精霊として申請するようですが」
アッシュ王子がアメリアに何か言いかけたタイミングで、ラルドが一旦会話を切った。予言のフラグを間に合わせるために、本当にアッシュ王子の名を剣聖という設定で登録するつもりのようだ。
「ラルド様……何から何まで、本当にありがとうございます」
「ところで、アッシュ王子。僕もやれるだけのことをやりますが、万が一ということもある。貴方の心の声に素直に従って、一番欲しいものをアメリアさんにねだってみなさい。アメリアさんも……アッシュ王子よりお姉さんなのだから、しっかり……!」
「えぇ任せてよ、ラルドさん」
珍しくアメリアにもしっかりするようにとアドバイスするラルドは、アメリアの本当の保護者のようだった。使い魔の鳥二羽がラルドに連いて行こうとするのを止めて、不在中のボディガード役を促す。
「ポックル君とルーファス君は、一応ボディガードとして二人を見守っていてくれますか? しばらくして大丈夫そうなら、席を外していいですから」
「はいっ。ワタクシ、ラルド様が不在でも悪い輩からお二人を守ってみせましょう。クルックー」
「ボディガード、得意。クックー」
* * *
ラルドの後ろ姿を見送り、しばらく静寂が続いた。が、ラルドの助言に従うことにしたアッシュ王子は、意を決して棚から小箱を取り出した。
「オレ、まだ兵士になりたてだし頑張って給料をためてもこれが精一杯だったんだけど。ホワイトゴールドって素材の」
「ん……なぁに? ホワイトゴールド?」
そこには二つ、シンプルな指輪が収められていた。おそらく、ホワイトゴールドとはこの指輪の素材を指しているのだろう。
「アメリアさん……オレ、誰よりも優しくて美しい貴女のことが好きだ。オレが誕生日に欲しいもの……それは、アメリアさん貴女だ。本当は、無事に18歳の誕生日を迎えられたらプロポーズしようと思っていたけど。ラルド様が気づかせてくれた……後悔しないように生きなきゃって。オレと結婚して欲しい。オレの妻になってくれますか?」
ふらつく細い身体でアメリアの前に跪いて、アッシュ王子は命を削って懸命にプロポーズする。まだ少年っぽさが抜けないアッシュ王子が、大人になるまで待たず年上のアメリアに告白することは、ドラゴンに立ち向かうことよりも勇気のいることだった。
「アッシュ君、嬉しいわ。けど、本当に私なんかでいいの? 後で、やっぱり年上は嫌だなんて言われても、別れてあげないわよ」
「大丈夫、オレはずっと……一生、貴女に夢中だ。永遠に愛してる……」
「あぁ……アッシュ君……私もよ。ずっと愛してる……」
震える指でお互いの薬指に、結婚指輪を嵌めていく。民間人扱いで、新米兵士の安月給しかないアッシュ王子がようやく買えたホワイトゴールドの指輪は、プラチナなどと比べると決して高価なものではなかった。だが、アメリアにとってはどんな宝石よりも、ずっとずっと価値のある指輪だ。
指輪を交換し終えると二人を見守っていたポックル君が、ふわりとアッシュ王子の剣の上に舞い降りた。
「おほんっ。ではワタクシが神父役を務めましょう。アッシュとアメリア、ここに一組の夫婦が誕生しました。この精霊鳩の御前で誓いの口付けを……」
ちょうど剣が十字架のようにも見えて、誓いを交わすのにちょうど良いシルエットとなる。
「アメリア……」
「アッシュ……」
初めての口付けはぎこちなく、慣れないものだったが、二人が愛し合っていることを確認出来るだけで充分だと感じていた。
二人きりと使い魔だけの密やかな結婚式だったが、王宮関係者やラルドにはアッシュの使い魔である鷹のルーファス君が伝書連絡し、皆一様に喜んだ。
その日の晩、本来ならば子種を得るために身体を重ねて、契りを交わす予定だった。が、やはりアッシュ王子の体調がすぐれず、初夜は途中で中断されてそのまま添い寝するだけの形である。
「あぁ……アメリア、今夜貴女ときちんと結ばれたかったな。けど、身体が重くてもう動かないんだ」
「ここを乗り切れば、きっと身体は良くなるわ。大丈夫? 可愛いアッシュ、良い子ね……」
アメリアは苦しむアッシュ王子を自らの胸に抱き寄せて、頭をずっと撫でてあげた。夫婦の契りを最後まできちんと交わすことが出来なくても、お互いの温もりを感じられるように。
「ちぇっ……何だよ、こんな時まで年下扱いかよ。オレは貴女の配偶者……夫なのに。けど、アメリア……貴女に抱きしめられていると心まで温かいよ。死の不安が無くなっていく。なぁ……もう一度、口付けたい。駄目?」
「ん……アッシュ。私も……」
「はぁ……愛してる、愛してるよ、アメリア。どうして、オレは……苦しい、意識が……」
抱きしめ合いながらの口付けをようやくすると、静かな眠りとともに二人の初夜は終わりを告げた。
――翌朝、アメリアは新婚すぐに未亡人となった。
* * *
アッシュ王子が再び目を開けると、そこはアメリアと初めて会った現世とあの世の境目にある古代ペルキセウス村。
「あれ……オレは一体、ここは。あぁ魂の深層にある古代ペルキセウス村か。ということは、オレやっぱり死んじゃったのか。ごめん、アメリア……せっかく妻になってくれたのに、きちんと子種すら授けてあげられなかった。最後まで抱いてあげられなかったし、きっと子供は出来てない……孤独にさせてしまう」
「そうとも、限りませんよ。アッシュ王子、貴方の人間の肉体には精霊の魂が収まりきらなかった。ワタクシの翼が、精霊鳩の肉体では収まりきらないように。まだ、チャンスはある」
以前との違いは、アッシュ王子の指に嵌めてある結婚指輪と、ラルドお手製の剣聖アッシュの名が刻まれた剣を所有しているところ。そして、最初から精霊鳩のポックル君が付き添ってくれているところだ。
「ポックル君! わざわざついて来ちゃったのかよ。チャンスってこれ以上、何を……」
「貴方もワタクシも、本質的な魂は精霊だと言うことですよ。人の子とは違う……ね」
その時、アッシュ王子は初めて……ポックル君には、他の使い魔とは異なる【何か】が隠されていることに気づくのであった。




