09
分霊エルドから恋心による嫉妬心の芽生えを指摘されたラルドは、苦悩の末、アッシュ王子の為に一振りの剣を錬金術で造り出した。
「僕はアメリアさんへの恋心に狂い、祈りが上手く出来ず、精霊神としての役割すら果たせなくなってしまった。けれど、僕は【ラルド・クライエス】という一人の錬金術師だ。男として錬金術師の矜持にかけて、せめて恋敵のアッシュ王子にこれを献上しよう。18歳の誕生日のプレゼントとして……」
アッシュ王子の誕生日まであと数日となったが、外出すら出来ない王子の病状に王宮関係者の間には諦めムードが漂う。アメリアだけはアッシュ王子の前で暗い顔を見せず、まるで二人の間に明るい未来が待っているかのように振る舞っていた。
「ねぇアッシュ君、18歳の誕生日はどんなプレゼントが欲しい? ちょっと早いけど、用意するわ。なんでも欲しいもの言って」
「えぇっ? 急に言われてもなぁ……ふふっ後で考えておくよ。うっ……ごほっごほっ……ごめん、アメリアさん。せっかく来てくれたのに結局、看病ばかりさせちまう……うぅ……オレ、オレ……」
「ううん、いいのよアッシュ君。私は好きでアッシュ君の看病をしてるんだから。ギルドクエストとしてではない……私がアッシュ君のことを好きだから……。ラルドさんの予言が外れるはずないわ。きっと18歳の誕生日を越えれば、アッシュ君の身体は良くなる。だから……泣かないで」
当たる可能性はほとんど無くなっているであろう精霊ラルドの予言を、信じ抜くと言うアメリア。
それは最後までアッシュ王子を不安にさせないためのものであり、そしてアメリア自身がアッシュ王子が居なくなる現実を受け入れられないことを現しているかのようだった。
コンコンコン!
珍しく、アッシュ王子の自室をノックする音が聞こえた。ほぼ恋仲と言っても良いアメリアが一緒にいる間は、誰もこの部屋を訪問するものはいない。二人きりの貴重な時間を邪魔しないために、精霊鳩のポックル君ですら、アッシュ王子の鷹ルーファス君と何処かへと出掛けてしまうほどだ。
「アッシュ王子、アメリアさん……僕です。ラルドです。実は、アッシュ王子にプレゼントしたいものがあって、ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか? 精霊鳩のポックル君と鷹のルーファス君も一緒です」
「ラルド様、使い魔の鳥二羽も連れて来てくれたんだ。はい……何も無い部屋ですが……どうぞ」
極力、アッシュ王子との接触を避けていたはずのラルドだが、誕生日プレゼントを渡すという体裁を作り訪ねて来た。
精霊鳩のポックル君と鷹のルーファス君も二人のことが心配だったようで、思わずラルドに連いてきてしまったであろうことが窺われる。
「クルックー、お邪魔しますぞ」
「ご主人様、デート中。クックー」
「ふふっ。若い二人のデート中、お邪魔して済みません。空気の読めないおじさんで……」
「もうっラルドさんったら! 精霊年齢的にはまだおじさんじゃ無いでしょ。憧れのお兄さんくらいにしてよねっ」
おどけるラルドはやはり優しく紳士的で、恋心による嫉妬に狂った醜い精霊ではなかった。ラルドはラルドなりに、アメリアの【憧れのお兄さん】というイメージを最後まで貫くことに決めていた。それが、神のいとし子に対する精霊神として出来る最大の愛情だと信じて。
* * *
布に包まれた大きなプレゼント、中身はもちろんラルドが錬金術で造り上げた剣だった。飾りにアッシュ王子の青い瞳と同じ色の精霊石があしらわれていて、鞘の部分は髪の色を彷彿とさせる漆黒だ。
「これは……量産品やレプリカなんかじゃ無い。上等の……本物の剣だ。こんな立派なものをオレなんかに、いいんですか?」
「この一振りは世界に一つしかない僕のオリジナル、そしてアッシュ王子……貴方の為の専用の剣です。身体が弱い貴方でも持ちやすいように軽く細工し、魔法力を活かして攻撃属性を変化させるスキルを付与しています。それと……見て下さい」
ラルドが剣を少しだけ鞘から引き抜くと、オリハルコンの本体に【剣聖アッシュ】と精霊文字で刻まれていた。
「剣聖アッシュ……けど、オレ剣聖なんかじゃ」
「そんなことないわ、アッシュ君。探索隊で黒いドラゴンに一撃を打ち鱗を素材を採取出来たのは貴方だけだった。とても、勇敢で……私にとってはアッシュ君が剣聖よ」
「アメリアさん……貴女がそう言ってくれるなら。オレ、頑張って剣聖になるよ」
手を取り合って見つめ合う二人は、心と心が結ばれていてもはや夫婦同然だった。だが、二人はまだ口付けすら交わしたことが無かった。
「ええと、申し訳ありませんが話しを続けてもよろしいですか。剣聖という称号は王立騎士団の中で一人だけに与えられる称号ですが、現状……実は物理的にもアッシュ王子が剣聖になることは可能ですよね?」
「……どう言うことなの、ラルドさん」
ラルドが見つめ合う二人に咳払いをして、話しの続きを紡ぎ出す。それは、貿易都市国家ペルキセウスがひた隠しにしている秘密だった。
「既に、先代の剣聖は亡くなっていて今現在、剣聖の座は空席だと言うことです。長期任務で剣聖の部隊がいないことになっていますが、あれは国民を不安にさせない為の嘘だ。いや、長期任務から帰らぬ人になったと言うべきか……」
アッシュ王子は最初から剣聖の死を知っていたのか、無言で頷いてから本当のことを語り始めた。
「先代の剣聖がもういらっしゃらないのは事実です。オレを庇って、ドラゴンの襲撃からオレを守って剣聖は亡くなった。だから、剣聖の座は空席で……けれど、オレが18歳を迎えて国民に存在を公表するまでは箝口令が敷かれていて。ごめんなさい、黙っていて」
「おかしいと思っていたんです。神格が出した予言が外れることは通常、あり得ない。だけど、予言の状況となる条件が満たされていなければ、成就しないこともある。予言の内容はこうです……」
『剣聖が護りし貿易国家ペルキセウスに、双子の姫と王子あり。隠された双子の王子は病に伏せるが、愛する聖女の祈りによって、18歳を越えたある日……その姿をすべての国民の前に現すだろう。黒きドラゴンを討ち滅ぼし、呪われた心臓を魔法の箱に封印し……滅亡から世界を救う為に』
その内容は、まるでアッシュ王子が求めていた剣聖の英雄譚そのもののようで、現実とのあまりの違いにアメリアは胸が痛んだ。
アメリアからすれば、アッシュ王子が剣聖にも英雄にもならなくていいから、自分と添い遂げて欲しいだけとなっていた。ごく普通の幸せな夫婦になりたいというアメリアの願いもまた、予言にある『聖女の祈り』とは違う方に向かっているのだろう。
「予言によると、貿易国家ペルキセウスは剣聖が護っている設定になっています。神格の予言が成就しない理由を探すとすれば、フラグ不足が原因と言えるでしょう。まずは、剣聖の空席を埋めて少しでも予言の状況に近づけることです」
「あぁ……ラルド様、ありがとうございます。オレ、オレ……もう諦めていたから。自分のことを……未来があることを」
「足掻きましょう最後まで。僕の精霊としての祈りがもう届かなくても、僕は錬金術師として……全力を尽くすと決めたんです。それが運命と袂を分つ事になったとしても」




