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【古代の神さまの悲劇】
アスガイアから流れ着いた精霊の神は、箱作りの聖女パンドラと結婚し、ペルキセウスを大きな国に発展させました。が、所詮は精霊と人間、家族となり王国を作ったものの……やがて寿命によりパンドラは亡くなり、子供たちにも孫にさえ先立たれてしまいます。
一人になった精霊様はシルクロードを放浪し、文明が進んでいない辺境の地に辿り着きました。
『嗚呼、精霊様。お助け下さい、山羊のミルクが取れなくなってしまったのです』
『山羊のミルクが取れないのは、ここの土地が枯れているせいだろう。一定の場所に定住せずにみんなで移動をして、山羊の餌となる土地を転々とすればいい』
辺境の民は精霊のアドバイス通りに遊牧民となり、山羊のミルクが絶え間なく出るようにすると、暮らしに困らなくなりました。
『ありがとうございます、精霊様。最近の精霊様は何だか透けて見えます……お礼に精霊様の新しい身体を作って差し上げましょう!』
長く生きていた精霊は、徐々に人間の肉体を保てなくなり姿が透けるようになっていました。自分達の信仰対象である精霊が消えてしまうのを恐れた遊牧民は、山羊を模した像を作り精霊の魂の入れ物としました。
この時までは、まだ彼は悪魔像ではありませんでしたので、その心も綺麗な状態です。
『どうです、精霊様? 以前のように自由に歩けないのが難点ですが、これで貴方様は消えずに済む。私達が守って差し上げます!』
『うむ、悪くない。消えるよりはマシだろう』
山羊の像はツノが生えていて、身体は人間に近い形をしていました。遊牧民達は移動する度に、自分達のテントに山羊の像を移動させて大切に崇めました。やがて遊牧民は代替わりをして、山羊の像に本物の精霊様が入っていることを忘れてしまいます。
本来の精霊様のことが分からなくなってからも守り神として、大切に大切にテントの中で祀られていました。
ある日、治安の悪い地域が近い森で一定期間暮らすことになりました。その年の気候の関係でこの森しか住める場所は無かったのでやむを得ない選択でしたが、近くには山賊がいてとても危険です。
『ひひひ、平和ボケした遊牧民どもが俺らの縄張りに来たな。どうだろう、今夜強奪するか』
『アイツらあちこちを移動しているから、珍しい物も持ってるに違いない。根こそぎ奪ってシルクロードで高く売り捌いてやろう』
ある日、運悪く遊牧民達のテントが山賊に狙われて、山羊の像も金目の物として奪われてしまいました。
気がつくと精霊の入った山羊の像はシルクロードのバザーで売られて、その後も転々とし、未開の土地の蛮族の守り神として崇められるようになりました。
『イイモノ、手ニイレタ。コレ、ワレラノ神』
『敵ヲ呪ウ、山羊ノ像、スゴイ』
『コノ像、スゴイ、中身、精霊』
『イヤ、コレ山羊違ウ。悪魔、悪魔!』
可哀想なことにかつてアスガイアの神だったペルキセウス王国の初代精霊王は、未開の土地で悪魔像として崇められることになってしまったのです。
その後、強大な呪いのチカラを持つ悪魔像として有名になった精霊様の行方は知れず。災いが起こらないように、真の名前すら封印されてしまいました。
だから誰も、初代ペルキセウス国の精霊王の名を知らないのです。
* * *
「これが、世間に公表できなかったペルキセウス国の精霊王の隠された伝承だよ。まぁ自分達の祖が、転々した挙句、今じゃ悪魔像になっていますじゃ洒落にならないし。隠したがるのは分かるけどな」
さらに言えば、悪魔像の魂であるペルキセウス国の祖はラルドの祖でもあるはずだ。アスガイアにとっても、ペルキセウスにとっても不名誉な物語だから消されても仕方がないとアメリアは納得した。
「……今では、悪魔像の魂とトーラス王太子の肉体が入れ替わっているの。どちらにせよ、あんまりいい状況じゃないわよね。それに、白い山脈の古代神殿の箱から、滅びの呪いが飛び出す予知夢も見たわ。何故か呪いが全部アスガイアに降り掛かっていたけど、あれも悪魔像と関係あるのかしら」
「多分、祖がパンドラ様の箱で吸い取って貰ったっていう呪いが、今でも神殿内に封印されているんだろうな。悪魔像があるアスガイアに呪いが降り掛かるのは、当然だよ。元々、祖が持っていたアスガイアの民の呪いなんだから」
メジャーな方の御伽噺でも、アスガイアの呪いが精霊の肉体に宿っていて、それを聖女が魔法の箱に閉じ込めたとされている。つまり、箱が開いたら、元の状態になるのも当たり前だったのだろう。
「恐ろしい滅亡の予知夢だと怯えていたんだけど、最後は元のところに還るだけ……因果応報の夢だったのね。白い山脈に近づけないのはそれなりの理由があるんだわ」
「そっか……それで黒いドラゴンは、オレを神殿から遠ざけていたんだ。先祖に嫌われているわけじゃ無かったのか。ちょっとだけ、腑に落ちたよ」
心のわだかまりが解消したのか、少しだけスッキリとした表情のアッシュ王子。だが、それは限りある命を定められた者特有の諦めと紙一重でもあったようだ。
「アッシュ君の中で、現世に戻るのを拒んでいた心の突っ掛かりが少し治った?」
「うん、そこそこは。オレって、どっちにしろあと何年生きられるか分からない身体じゃん? ラルド様の予言だと、成人まで頑張れば大丈夫……みたいな内容だけど、前回の双子の王族はちょうどオレくらいの年齢で死んでるんだ。もってあと5年、いや3年くらいかな。きっと、頑張っても最後は苦しんで死ぬだけだから、これ以上生きるのが怖いんだ……オレ」
今まで、隣で会話をしていたアッシュ王子が数年後には亡くなるという酷い未来を想像して、アメリアは一気に胸が苦しくなった。
「……! アッシュ君、そんな辛いこと言わないでっ。今は、昔と違って魔法も進化しているし、薬の開発も進歩しているわ。少しずつ延命して治療すれば、10年、20年……寿命は延びるはずよ。私も手伝うから」
「ありがとう……平気だよ、アメリアさん。せっかくまだ生きているんだし、姉のラクシュにだけ面倒なこと押し付けられないし。オレは短い運命の元に生まれたから、今が全てだと思ってる。ただ……アメリアさんにお願いがあってさ」
気休め程度にしかならないセリフしか出てこない自分をアメリアは情けなく感じた。だがアッシュ王子は既に寿命は気にしていないのか、頬を赤らめて何か言おうとしている。今を生きるために願いを請うのなら叶えてあげたかった。
「なに、何か出来ることがあるなら言って」
「今って現世では治療中なんだろう? オレ、意気地なしなんだ。目を覚ました時に、一人だと不安だから、今みたいに手を握っていて欲しい。オレ、アメリアさんがそばに居てくれたら、あと少しだけ頑張って生きていけそうな気がするんだ。残された数年をさ……」
気がつけばアメリアは、アッシュ王子の手を握りしめていた。男性と言う性に生まれたわりに華奢な彼の手は、握るとそれでも硬さのある男の手だ。
「……分かったわ、約束する! 目覚めた時に、必ず手を握って……貴方を守るわ」
アッシュ王子を守りたいというアメリアのその行動原理が、同情、哀れみ、それに芽生えてはいけなかった恋心だとしても。彼が一人きりでなくなるのなら、理由なんか何でも良かった。




