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「オレの場合さ、双子だからかも知れないけど、自分が持つ精霊の魂に人間の器が合っていないんだって。だから、ガキの頃は病弱で剣を握るどころか、ロクに外出も出来なかった。王宮にいる姉のラクシュと精霊鳩で文通して、ベッドで英雄譚を読む毎日だった」
幼い頃のアッシュ王子は、ペルキセウス国の双子の王族の伝承と同じく。本当に身体が弱く大変だったようだ。今ではだいぶ健康体に近づいてるが、どうりで華奢なわけだとアメリアは思った。
その反面、自分の過去を語るアッシュ王子はようやく心を開いて懐いてくれている細身の黒猫みたいで、アメリアの中にある母性本能がくすぐられる。
「そっか、精霊鳩はラクシュ姫と文通するのに使っていたのね。けど、双子同士で離れて暮らしても、そうやってコミュニケーションを取っていたのは感心だわ」
「アスガイア神殿の精霊ラルド様が、文通くらいなら大丈夫ってアドバイスしてくれたらしくて。まぁオレ、ラルド様にはお会いした事ないんだけどさ。オレが生まれた時にご神託を授けたのも、ラルド様だし……。そのうち自由になったらアスガイア神殿に行って、ラルド様にお会いしたかったけど。黒いドラゴンにやられて、このザマだからさ……」
身近な人物ラルドの名が挙がり、アッシュ王子に気持ちが揺れて浮ついていたアメリアにちょっとした喝が入る。
ラルドとは恋人では無いのだから罪悪感を感じる必要性は無いはずなのに、アッシュ王子に対して芽生えてきている想いを間接的に咎められている気がした。
「あ、えっと。回復魔法とポーションを駆使すれば、今回のアッシュ君の身体の傷は完治出来そうだし。それに……わざわざアスガイア神殿に行かなくても、会えるわよ。ラルドさんに……今、ペルキセウスに来てるから」
「本当かっ。それにしても、ラルドさんって【さん】呼びか……? 流石はアスガイア神殿の元巫女さんだな、随分とラルド様と親しげで。オレなんか、そんな神格が上の精霊様相手じゃ、緊張しちゃうよ」
「う、うん。私、ラルドさんのことアスガイア神殿で運営として働いている人って思ってたから。本人がね、そういう風に自己紹介してたのよ、運営スタッフのお兄さんという雰囲気で。精霊だってことも、後から知ったし」
以前から謎だったラルドが神殿でアメリアにご神託を授けている神なのか否か、という疑問はアッシュの情報で氷解したように感じられる。だが、通常のラルドは優しく安心感を与えてくれる存在で、神格が高いと言われてもピンと来なかった。それとも、ラルドには何かもう一つ秘密があるのだろうか、とも考える。
「お兄さん? やっぱり、純血に近い精霊は見た目年齢が若いんだな。確か、オレのひいお爺様の代には、ラルド様は既に神殿で見習いとして働いていたらしいから。百歳は越えてるはずなんだけど、いやもしかするとそれ以上か」
「……えっっっっ? ラルドさんって、そんなに年上だったの。いや、相手は精霊様だし人間とは寿命が違うのかしら。近所のカッコいいお兄さん的に見てたから、なんだか衝撃だわ」
「んー……精霊にもランクがあってさ。伝承が本当ならラルド様とオレは同じ祖を持つはずだけど、向こうは殆ど精霊族だけで代を重ねてる。だから寿命が凄く長いんだ。オレも精霊の血が入ってるけど、祖先以外は人間で代を重ねたから、多分オレが健康に生きても寿命は他の人間と変わらないかな」
極めて人間に近しいアッシュ王子と、ほぼ精霊そのもののラルドの祖先が同じというのも不思議なものだ。
「なんていうか、アッシュ君に私が知っている情報を教えるなんて言っておきながら、私がアッシュ君にいろいろ教えてもらっちゃってるわよね」
「ハハッ別に構わないよ。オレなんかの知識でも役に立つんだって、安心した。えっと、もしかして……アメリアさんはラルド様のことが好きなのか?」
軽い言葉遣いで、けれど探るような少し不安げな青い瞳でラルドへの想いを尋ねられて、アメリアの心臓が跳ね上がる。
「ふぇえっ? わっ分からないわよ、そんなの! けど、優しくてカッコよくて王子様みたいな近所のお兄さんがいたら、年頃の女子なら憧れるじゃない? まるで御伽噺の中から抜け出してきたみたいに美形なのよ、ラルドさんって。だから、普通の感情よ」
咄嗟に出てきた言葉は、アッシュ王子にラルドに対する気持ちを誤解されないように言い訳するような言い回しだった。まるで、普遍的な愛情の部分は別として、恋の方向はアッシュ王子に向きつつあるようで恥ずかしい。
そしてそれ以上にアメリアは、自分の中にあったラルドに対する気持ちを恋と断言出来ない理由が、見えてしまった気がした。
(ラルドさんは神だから年齢も人間に比べて高いのは当然だし、神格っていうのも全然違っていたんだわ。私、神様に恋しかけていたなんて大胆で自惚れていたのかしら。彼は邪な気持ちなしに私を助けてくれただけかも知れないのに)
「あはは……揶揄うつもりはなかったんだよ、ゴメン。けど王子様といえば、プロマイドとかアクリルスタンドで見たけど、トーラス王太子っていうのもかなりのイケメンだろ。なんでも、現役王太子人気投票連続ナンバーワン保持者って。ラクシュの手紙に書いてあった」
「トーラス王太子のプロマイドやアクリルスタンドって、ラクシュ姫がアッシュ君に送ってきたのよね。ラクシュ姫って、普段一体どんな生活を送っているのかしら。それとも私が世間の女子からズレてるだけなの」
「一般的な女の子が、どんな暮らしを送ってるかオレには想像もつかないからアメリアさんを他の女の子と比べられないけど。ラクシュの夢は、トーラス王太子の誕生日にシャンパンタワーをプレゼントして逆プロポーズすることなんだって」
ラクシュ姫の気持ちが未だにトーラス王太子にあると知って、アメリアは今の悲惨な状態のトーラス王太子を思い浮かべ胸が痛んだ。
「逆プロポーズ……そういう考えだったんだ。けどラクシュ姫には悪いけど、トーラス王太子は、もう……」
「えっ? どういうことだ」
隠しても仕方がないので、トーラス王太子の現状をアッシュ王子に伝えると、あまりの酷い展開にアッシュ王子はずっと無言で頷いていた。ラクシュ姫にどう伝えていいのか分からないレベルなのだろう。
「……と、言うわけなの。トーラス王太子の霊魂はラルドさんの分霊が、二つに割って片方を送ってくれたわ。今では人間の魂でありながら、自動書記魔法で手紙を送るだけの諜報係よ。悪魔像の中身から魂を取り返さなくては、多分永遠に……」
「その悪魔像の本体って、ペルキセウス国の祖じゃないよな? 祖先の精霊様が妻のパンドラ様亡き後にどうなったかは、実は判明していないんだ。ただ、一説によると邪教に捕まって守護神として祭り上げられたって。不吉だから、記述ごともみ消されたらしいし」
「えっ……悪魔像に、ご先祖様が……」
悪魔像の正体は、ラルドやアッシュ王子の祖の成れの果てという残酷な予測に、今度はアメリアの方が言葉を失うのであった。




