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異母妹レティアが悪魔の手によってチクリと痛みを感じている頃、姉であるアメリアは精霊の使いと呼ばれている神聖な生き物により新たな悩みを抱えていた。
状況を王太子による自動書記魔法の助けで比べられるようになるラルドからすると、二人はどんなに離れていても光と影の宿命なのだと検証できるのだが、それは少し後の話だ。
兎にも角にも、アメリアはギルドのオープンテラスカフェにて、その神聖な生き物のペースに巻き込まれていた。
* * *
「いやぁ。ワタクシ、任務でたまたまアメリアさんのところに送られただけの精霊鳩ですのに。このような良い思いをさせて頂いて、鳩冥利に尽きますなぁ。クルックー!」
「そ、そう。良かったわね」
チップとして鳩豆かポップコーン、もしくはパンクズを遠回しにねだってきた精霊鳩。願いが叶って、ペルキセウス国自慢の天然酵母パンにありつけた。
彼の願いは叶えてあげたしもうこれ以上要望はないだろうと、チャイティーを飲みながらアメリアは胸を撫で下ろしていた。が、一度餌付けすると習慣づいてしまうタイプの生き物は多い。精霊鳩も例外ではなかった。
「ところで、アメリアさんは鳩を飼われた経験はお有りで?」
「ううん、残念ながら鳩とは縁がなくて飼ったことは一度もないのよ。鳥そのものを飼ったことがないから」
「ほう! ではこれを機にワタクシと交流を深めて、鳩使いへの第一歩を踏み出したと……」
聖書にも神の使いとして度々登場する精霊鳩だが、実際に関わりを持つ者は少数である。そのため、彼らの行動や趣向を意識する機会は少ないだろう。
アメリアも聖書や魔法を学んでいて、尚且つ精霊鳩に関する知識はあったものの、現実的な関わりを持つことはないと思っていた人間の一人だ。
「えぇと、鳩使い?」
あまり聞き慣れない言葉に耳を疑うが、構わず精霊鳩は話を続ける。
「やはりペルキセウス国の天然酵母パンは美味いっ。あぁ……ワタクシ、今日から始まる長い長い長期任務のひと時のブレイクタイムを、出来ればこのギルドカフェで過ごしたいものですなぁ。嗚呼、ワタクシの雇用主がここのギルドの所属者であれば、その願いも叶うのにっ」
「ははは……という要望だよ、アメリアさん。えぇと、精霊鳩のポックル君。要するに、キミは今回の任務を期に雇用主を僕の分霊から、アメリアさんに乗り換えたいというワケだよね」
ブランチに同席しているラルドが、精霊鳩の言わんとしている意味を要約してアメリアに伝えた。彼……つまり精霊鳩のポックルは、今日よりアメリアのペットになりたいという旨だ。
けれど、精霊鳩をアメリアのペットにするには、ラルドの分霊から乗り換えるという新たな契約を交わさなくてはいけないらしい。
年若い女性は可愛らしい生き物に弱い人が多く、お堅い生活を強いられてきたアメリアもそういう部分は持ち合わせている。精霊種というだけあって普通の鳩よりも多少サイズ感があり、フクロウのような容姿だが、それもまた魔法使いのペットっぽさを醸し出している。
(う……確かに、ポックル君ってペットとして可愛いわよね。けどもし、ラルドさんの分霊がポックル君を溺愛していたら? 男の人だって可愛いペットを手放したくないだろうし)
「えぇ。分霊様との契約をしている身としては、本霊のラルド様と契約することは実質不可能ですし。となれば、ペルキセウス国をホームとしてアメリアさんにお世話になれたら……と。ペットにしては食費も安上がりですし、ギルドクエストにも同行可能、見映えもグッと魔法使いらしくなること請け合い! クルックー」
チラッ……チラチラッ!
色良い返事が出来ずにいるアメリアを無視して、自分をアピールし始めるポックル。先程の餌おねだり作戦で学んだのか、チラチラと視線を投げかければそのうちアメリアは落ちると確信しているようだ。
仕方なく腹を割って本音で話したほうが良いだろうと判断したアメリアは、ラルドの分霊だという男性とポックルの現在の仲を訊いてみることにした。
「ねぇポックル君、貴方現在のご主人様とはどういった空気感なの? 本当はまだ仲良しなんだけど、ペルキセウス国の天然酵母パン欲しさに今のご主人様と離れるのは、よく思わないわ」
「ひぃいっ? 空気感、仲良し? 一体、何を仰って居られるのですか。まさか、ラルド様のように優しく紳士な男だと分霊様を勘違いされているのではっ。人様の魂を平気で分割した挙句、眷属化するあの方が」
「えっ……分霊って、本霊の分身的な存在なんじゃないの?」
てっきりラルドのそっくりさん的な男を想像していたアメリアからすると、ポックルの態度に違和感を覚える。
今ではネックレスとしてラルドの胸元で光り輝く、【トーラス王太子の魂の欠片】を見る。確かに人様の魂を平気で操るラルド分霊は、あまり配慮が無さそうだった。
「まぁ魂の分割は我々精霊感覚だと普通なんですけど、やり方が荒かったみたいですね。それと僕の分霊は普段は分霊ではなく、弟のエルドということで通しておりまして。分霊というのは、自分の切り捨てた部分が反映しやすいので、性格は似て居なかったり真逆のケースも多いんですよ」
「そうなの、知らなかったわ。じゃあ、ラルドさんの逆ってことは……エルドさんは……」
エルドという分霊はラルドのように優しくなく、むしろ厳しく、かなりアウトローな男かも知れない。
「もうご理解頂けたでしょうアメリア様っ。どうか、どうかご慈悲を……! あっペット小屋は、ギルド内に使い魔専用ルームがありますので。ご迷惑お掛けしませんから!」
「うっ……その」
チラチラ、チラッ!
再び潤んだ目で視線を投げかけられて……その後は無言で了承してしまうアメリアだった。
――古文書に伝わる真の聖女の記述に、【精霊鳩を使い魔として連れていた】と記載されているのを知っているのは、この場にいたメンバーではラルドだけである。