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隣国ペルキセウスのギルドに所属するアメリア宛に届いた手紙の内容は衝撃的で、受取人のアメリアは抱えた。
親愛なるアメリア・アーウィン様
名前を伏せて手紙を寄越したことをお許しください。訳あって、私は今身動きの取れない状態となっています。学生時代に覚えた自動書記魔法で手紙を書き、僅かに残った私の味方に協力してもらい、どうにかして貴女に連絡を取れるようになった次第です。
困ったことにせっかくの手紙なのに、貴女に返事を催促することが出来ません。私宛への手紙は全て、私であり私ではない別の人物の元へと届いてしまうから。
貴女が隣国へと行ってしまったこと、そしてそのように計らってしまったことを、悔やんでも悔やみきれません。貴女だけでなく、私自身も追い詰められる結果になったからです。考えようによっては貴女だけでもこの国を離脱出来たことが、今後のこの国の在り方の生命線になるやも知れません。
神殿には神がいると昔から伝えられていたのにも関わらず、私はあまり神殿の神の存在を信じてませんでした。自分の国が他所に比べて特別いいと思っていなかったし、可もなく不可もなしの平凡な国だと何処か不満でした。これも、神殿の神のお告げに頼っているからなのではないか……と。
実際はその逆で、平凡に生きていけることがいかに大変か、痛いほどわかるようになっています。今はまだ、この国に関して大きな動きはないでしょうが、水面下でじっくりと変化していく……そのような動きを感じます。
身動きが取れない私が何故そのような情報を持っているのかと言うと、私自身の肉体は現在別の魂に乗っ取られていて、幸か不幸か、元の持ち主である自分には自然と彼の目で見たものなどが感じとれるのです。
貴女と行動を共にしていると言う元・神殿運営の男性にもそうお伝え下さい。
変化がありましたら、またご連絡します。
かつての貴女の婚約者より。
* * *
「……この手紙の送り主って、トーラス王太子よね。一体、彼の身に何が?」
「アメリアさん、これは我々の祖国にとってとても重要な情報です。けれど彼の仰る通り水面下でじっくり変化していくのであれば、我々もこのギルドで来たるべき日に向けてチカラをつけるべきでしょう。さて、今日のオススメメニューは……おぉ東方中華街とコラボの飲茶セットがありますよ」
せっかくクエスト前にギルド併設のカフェで腹ごしらえをして、今日も仕事に精を出そうとした矢先のことだったから尚更、頭が痛くなる。だが、パートナーのラルドは意外と平静でそういうところは、長年神殿で運営活動をしていただけのことはある。
「う、なんて言うかラルドって結構、緊急事態の対応に慣れているのね。ううん、今すぐに対応できる訳じゃないなら、心も身体も健康を維持するのが重要よね。そうね……私もこの飲茶セットにするわ」
『ニーハオ、東方中華街コラボフェアオススメの飲茶セット二つお持ちしました! ごゆっくり』
チャイナ服姿の東方美人が次々と飲茶を運んでくれて、ギルドのある貿易都市ペルキセウスすら離れ、遠い国に旅行に来たような錯覚さえしてしまう。
隣国ペルキセウスは交通の要所となる立地から貿易都市として名高く、祖国アスガイアにいた頃にはあまり接することのなかった東方中華の食材や雑貨をチラホラ見かける。アスガイアにも港があり貿易は盛んだと思い込んでいたが、どうやら流通してこない品が結構ありそうだ。
「わっ……この小籠包って食べ物、餃子に似ているのに中は熱いスープが入っているのね。火傷しないように気をつけないと……んっ美味しいっ」
「ははは、そういえばアメリアさんは東方中華の料理に慣れていないみたいですね。まぁアスガイアでは東方料理といえば、もっぱら倭国の蕎麦・天麩羅・東方牛のステーキでしたからね……。まぁ蕎麦と天麩羅は僕もお気に入りですが」
「最近はトーラス王太子の好みが反映して、東方牛ばかり買い付けていた気がするわ。物凄く美味しいけどあんなに高いもの……贅沢だったわね。まぁ手紙の様子だと、もうそんなことをする余裕すら無さそうだけど」
話題に出さないように気をつけていたが、やはり手紙を受け取ったばかりで、トーラス王太子からの謎めいた報告を忘れることは出来なかった。
(自分の肉体には別の魂が入っているって、すごく不吉な表現だった。レティアったら、トーラス王太子を生贄にして良からぬものを召喚したに違いないわ)
「彼には酷ですが、いきなりアメリアさんを婚約破棄の挙句追放するし、運営の僕のことすら神殿から追い出してくれましたからねぇ。まぁトーラス王太子にはこれを機にしばらく反省して頂いて、我々に祖国の様子を報告する係でも務めて貰いましょう! 彼は王太子でしたが僕も精霊の血を引く元神殿運営者です。彼くらい使って見せますよ」
「ふふっラルドったら……」
さらっとトーラス王太子を自分の部下のような扱いにしてしまうラルドに、運営者特有の器を見た気がして思わずアメリアは笑ってしまった。精霊の血を引く……という言葉の意味をアメリアは深く考えることのないまま、その日は食事を済ませてクエストに向かった。