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「……人々よ、苦難にめげず精進せよ。雪溶けを終えた頃より次第に運気は上がり、やがて夏の魔力は秋の実りへと導く。それ故、この一年は大漁・豊作となり、黄金の光に包まれるだろう。獅子座の新月の輝きに向けて、夏の感謝祭に全ての奇跡が動き出すっ」
「「「うぉおおおおおおおっ」」」
聖なる神殿では白いドレスを身に纏った美しい娘が、神のお告げを賜る儀式の真っ最中。
「おぉ! レティア様が、豊作のお告げを賜ったぞ。これで今年は安泰だっ」
「ありがたやぁ、ありがたやぁ! レティア様が、このまま我が国の王妃様になってくれたら、どんなに良いか……」
「いずれは、そうなるに違いないさ。なんせ、我が国はそうやって聖女様を王家に迎え入れることで、存続しているんだからな」
天からのお告げを聞き届け、ご神託を民に告げる者を聖なる姫巫女と呼ぶ。この神の愛し子である娘を精霊都市アスガイアでは『聖女』と認定し、歴代王の妃となるのが通例。
そして、現代にも聖女とされる娘がいた……その名も『レティア・アーウィン』だ。十六歳のレティアは金髪碧眼の天使のような美少女で、容姿端麗なだけに止まらず、最高峰の大学を飛び級で卒業した才女である。身分は伯爵令嬢で、つい最近社交界デビューしたばかり、最も注目されている存在と言えよう。
民が夢中になって信仰している聖女レティアも通例ならば、次期国王である王太子『トーラス・アスガイア』と婚約しているはずだった。しかし……神の悪戯なのか、どういう訳かレティアは王太子の婚約者ではない。
「けどさ、あの野暮ったい姉の方が、未だに王太子トーラス様の婚約者の座にいるんだろう? さっきも何故か祈りの壇上に一緒にいたけど、あれじゃあ地味過ぎて引き立て役だ」
「神様はこの世の栄光を全て、妹のレティア様にあげてしまったんだろう。国民から信頼が厚いのもレティア様の方だし、いい加減アメリアも自分から身を引いてくれるといいんだけどねぇ」
「いやアメリアだって、好きであのようなポジションにいるわけではないんじゃないか? 聖女である妹に遠慮して、不必要なほど地味にしてなければ、彼女もそれなりの器量よしだったはず。あまりにも麗しい妹を持って、端っこに追いやられ……ただひたすら運が悪いんだよ」
国民達の懸念材料となっているのは、幼少期に手違いでレティアの姉『アメリア・アーウィン』が王太子の婚約者の座に収まっていることだ。
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。その姿は、絵に描いたような地味ぶりで亜麻色の髪をひっつめ団子に束ね、ノーメイク。仮にも王妃候補に選ばれただけに顔立ちは整っており、決して器量が悪いわけではない。どちらかといえば美形と言える……が、元の容姿を認識しづらいほど、地味なのである。
いくらレティアとは異母姉妹だからと言っても、あまりの華やかさの違いに、国民のほとんどはアメリアに同情的にならざるを得ない。
そして、お告げ会が終盤に差し掛かった頃……民衆の期待に応えるかの如く、王太子とレティアからある宣言が。
「そろそろお告げの会も終盤だが、大事な民達に重要な報告がある。次期国王トーラス・アスガイアは本日をもってアメリア・アーウィンとの婚約を破棄し、彼女の妹である聖女レティア・アーウィンを妻として娶ることに決めたっ!」
一瞬、鎮まりかえる神殿内。
いくら異母姉妹とはいえ、婚約破棄となる姉アメリアの処遇が気になるところ。であるが、すかさず聖女レティアが一歩前に出て、今後の予定を説明する。
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました。今後は、遠方へ自分探しの旅に出るとか……お姉様の分まで、精一杯王太子様を支えて見せますわ。この神より賜った霊感を駆使してっ」
「前婚約者アメリアは聡明で淑やかな女性だが、長い間友人というポジションでお互いに恋愛感情を抱いていなかった。オレは……王太子としてではなく、一人の男として聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
「「「「うぉおおおおおおおっ! トーラス様万歳! 聖女レティア様万歳!」」」」
会場一同がこれまでに無いほどの感動と熱気に包まれて、お告げの会は幕を閉じた。
ただ一人、突然の婚約破棄宣言に状況を飲み込めない、姉のアメリアを省いては。
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
そう……異母妹レティアは、実のところただのお飾り聖女。真に霊感のある聖女は、何を隠そう姉アメリアなのである。
アメリアの声にならない声は、会場の歓声とざわめきにかき消されるのであった。