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【ゴスリリ】霹靂猫魚のフリカッセ山賊風

作者の人がTwitterで募集した、

#リプ来たキャラの料理シーン書く

という企画で、「ユヴェーロ(《踊る宝石箱亭》主人)」です。


 ヴォーストにその名も高く知られているかというと、まあ、冒険屋向けの宿として十店舗挙げたらその中には入っているくらいには、ほどほどに知られた店、というのが《踊る宝石箱亭》という宿だった。

 いかにも高級そうな名前の割に、宿自体は他と大差ない造りのもので、調度の類も、荒くれの冒険屋どもが入り浸っては呑むので、安さと頑丈さが重視されたそっけない物ばかりだ。

 つまるところ他と比べられるような点がこれといって見当たらない平凡極まりない宿であった。


「暇だねえ」


 その平凡極まりない宿を、かろうじて冒険屋以外の一般客にも足を運ばせる知名度に引き上げているのが、店主のユヴェーロである。


 彼が磨き終えてしまった食器を棚に戻したのが昼前。つまり冒険屋どもは仕事に出ており、一般客もまだ入らない、暇な時間帯だった。

 もう少し日が昇ってきて、昼飯目当ての客が入り始めるころには、雇いの給仕もやってくるし、忙しくもなってくるので、退屈などとは言っていられなくなる。

 しかしそれは、今ではない。

 いまはまだ、退屈なのだった。


 しかし、退屈な時間をただ退屈に過ごすというのは、かなりの無駄である。

 同じ食器を二度も三度も磨き上げることくらい無駄である。


 それでもやっていけるかもしれない。

 かもしれないが、そうではないかもしれない。

 時が移ろうとともに客層は変わるかもしれないし、他の宿が何か目玉商品を生み出すかもしれない。

 となれば、一人ぼんやりと突っ立っているだけでは、間違いなくその流れに置いていかれてしまう。


 というほど切迫感のある考えをこの男が持っていたかどうかは定かではないが、どうせ暇なら暇つぶしに何か新しいことでも始めてみようかというくらいには積極性というものがあった。


「最近は売りの霹靂猫魚(トンドルシルウロ)も安くなってきたしなあ」


 《踊る宝石箱亭》の名物は、ヴォースト運河で獲れる霹靂猫魚(トンドルシルウロ)という魔獣の料理である。

 専らは揚げ猫魚(シルウロ)で、これは小麦粉を卵と水で溶いて林檎酒(ポムヴィーノ)を加えた衣で揚げたもので、たっぷりの芋の揚げ物と一緒に、酢や塩をかけて食う。

 尤も、この名物は何も《踊る宝石箱亭》の専売特許ではなく、冒険屋向けの宿であれば、味の良し悪しや調理法の違いはあれど、どこでもやっている。町中で獲れる魔獣である霹靂猫魚(トンドルシルウロ)は、冒険屋たちによって定期的に仕入れられるからだ。


 《踊る宝石箱亭》の揚げ猫魚(シルウロ)はその味の良さと、抱えている冒険屋たちの腕の良さ、つまり素材の良さで知られているが、それも他の店舗と比べて絶対的というほどの差ではない。


 生け捕りの霹靂猫魚(トンドルシルウロ)が入ったときだけ秘かに出しているサシミは絶妙であり、これには確かな自信を持っているが、人の口に蓋はできないもので、真似をする店も出てきているのは知っていた。


 そろそろ何か、新しい調理法がいるとユヴェーロは前々から考えていたのである。

 まあ、考えていただけで、実際に重い腰を上げるには時間がかかったが。


 例の二人組が阿呆ほど捕まえてきたので、致し方なしに大放出祭りをやる羽目になった日以来、霹靂猫魚(トンドルシルウロ)の相場は大いに乱れた。市場に素材が大量にあふれた結果、価格は暴落とは言わないまでもぐっと下がった。食肉の分も、同様に下がった。

 下がったが、しかし、他の冒険屋があの二人組と同じように大量に捕まえられるわけではない。

 もとより危険な魔獣なのだ。これを必死こいて弱らせて捕まえてきても、出回った質の良い素材と比べられ、だだ下がりした相場を強いられ、安く買いたたかれるとあって、一時期霹靂猫魚(トンドルシルウロ)獲りの冒険屋たちは青色吐息だったものだ。


 それでも彼らがなんとか生き残ったのは、霹靂猫魚(トンドルシルウロ)素材の大量供給があくまでもあの一瞬だけのものであったこと、そして安上がりした素材で防電対策を取った冒険屋たちが巻き返しを図ったことによって、需要と供給が落ち着いたからだ。


 いやあ、激動だったなあ、と半分他人事として思い出しながら、ユヴェーロは新調理法を試していく。

 といっても、全く新しい調理法を考え出せるほどユヴェーロは料理に身をささげてきたわけではない。

 彼にできることといえばすでにある調理法を磨くことと、組み合わせることくらいだ。


 玉葱(ツェーポ)を手早く刻み、あれとこれとついでにそれもと香味野菜を刻んでいく。

 考えながらなので、行き当たりばったりだ。

 熱した鉄鍋に乳酪(ブテーロ)を温め、玉葱(ツェーポ)をしんなりするまで炒める。香味野菜を加えてもう少し。ここで火を入れすぎると、色が出てしまうので、透き通ってくる辺りが限度だ。


 汁物(スーポ)にしようと大鍋に仕込んであった出汁(ブイヨーノ)を加え、ちょっと考えてから林檎酒(ポムヴィーノ)を目分量で注ぎ入れ、しばし、煮込む。

 少し高くつくが、東部の葡萄酒(ヴィーノ)、それも白の方が良かったかもしれないと少し思うが、まあ今更だ。


 ことことと煮詰める間に、猫魚(シルウロ)を手掛ける。

 普段は軽く下味をして、衣をつけて揚げるだけ、精々衣に紫蘇(ペリロ)を刻んで加え香り付けする程度だが、今日は思い切って濃いめの味にしてみる。


 卸し金で玉葱(ツェーポ)大蒜(アイロ)、それにふと思いついて生姜(ジンギブル)をすりおろし、魚醤(フィシャ・サウツォ)に混ぜ込む。味を見て、少し砂糖を加えて調える。

 魚醤(フィシャ・サウツォ)は独特の味と香りが売りだが、独特すぎて苦手な客もいる。肉醤(ヴィアンド・サウツォ)か、もっと落ち着いた西方の醤油(ソイ・サウツォ)とやらを仕入れたいところだったが、北部まではなかなか運ばれない。

 馴染みの冒険屋であるメザーガの伝手で仕入れられないこともないが、豆茶(カーフォ)などと違って、需要が少なく安価では難しい。


 タレに付け込んで下味をつけた後は、普段の衣ではなく、小麦粉を直接はたいて付ける。空揚げというやつだ。

 早速揚げようとして、少し考え、もう一種類用意する。粉を変えてみたのだ。さらさらとした粉は、小麦の粉ではなく、芋の粉であるという。芋を挽いたのかどうしたのかは知らないが、これで揚げると食感が違うというのである。


 慣れているだけに揚げ物はうまいこと仕上がり、その間に鍋の方もいい具合に煮詰まった。そこに奶油(クレーモ)を注ぎ入れ、煮立たないようにして馴染ませ、味を調える。

 なかなか悪くない具なしの乳煮込みだ。


 さて、これをおもむろに、皿に盛った揚げ猫魚(シルウロ)に回しかける。

 揚げたての猫魚(シルウロ)がじうじうと音を立てるのがまた、耳にいい。


 小麦粉で揚げた方は、サクサクとした食感で、煮込みともよくなじむ。

 味はちょっと強すぎたかなとも感じるが、悪くない。むしろ少し控えめな煮込みに、力強い芯を与えてくれている。

 ただ、少し経つとすぐにサクサクとした感じは失われてしまうので、沈み込むほどかけるよりは、もう少しとろみをつけた煮込みをさっとかける程度がいいかもしれない。


 芋粉の方は、ガリッカリッと強めの歯ごたえで、これが顎に嬉しい。煮込みをかけて水気を吸った中でも、じゃくりじゃくりといい音を立てる。

 こちらも時間がたつと歯ごたえが失われていくが、小麦粉のものよりずっと持つ。こちらはこのままたっぷりの煮込みと食べたほうが、うれしいだろう。


 などと試食を楽しんでいたら、いつの間にやら雇いの給仕だけでなく、腹をすかせた客どもがなんだなんだと覗き込んできて、ユヴェーロは途端に忙しくなるのだった。

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