命じられし者-08
「悪いがアマンナ達の回収に向ってくれ! 回収次第、裏手にある給仕用の通用口を使い、予定通りファナ・アルスタッドとレナ・アルスタッドを避難させろ! 防備は固めてある!」
「二人は動かないの!?」
「オレ達はここから動けん! 何せ」
言葉の最中で、帝国城に強い衝撃が走った事を、私とフェストラ、ガルファレット先生が感じ取った。
「……え、帝国城に攻撃が来るの!?」
「だから給仕達にも避難を命じたと言っている! ――ガルファレット、来るぞ」
「ああ」
帝国城の揺れと共に、十人程の黒い甲冑にも似た装備を纏い、銃を構える男達……そして、その中央で煙草を吸いながら、AK-47と繋がれたベルトを肩にかける男の姿が。
先日、私が相対した時は無精ひげを生やしていた筈の男は、しかし今は綺麗に剃られ、少し痩せた顔つきを見せている。
「随分と、帝国城が静かになっているじゃないか。これは、お前の策謀という事で構わないか? ――フェストラ・フレンツ・フォルディアス」
「今回の事態に際し、お前がこう動く事を予想出来たからな――ドナリア・ファスト・グロリア」
黒い甲冑にも似た装備……ゴルタナを装備する男達に囲まれて現れた男、ドナリア・ファスト・グロリアが、園庭の花達に煙草を落とし、そのまま足で踏みつけて、火を消した。
そうした彼がポケットから取り出す、一本の機材――アシッド・ギアを自分の首筋に挿入すると、肉体を一時的に肥大化させた後、それが収まるとフッと息をつく。
「庶民、やる事は変わらん! お前は全員の回収と避難へ向かえ!」
「でも、ドナリアが相手じゃ」
「今はアマンナやファナ・アルスタッドというキーを失う事が何より痛い! 加えてルト・クオン・ハングダムも失えば、国政はさらに不安定化する、それだけは避けなければならん!」
天に手を掲げるようにして、顕現した金色の剣を握り締め、構えたフェストラ。
それと同時に背中へ背負っていた巨大な大剣をドナリアたちへと向ける、ガルファレット先生。
二人が簡単に負けるとは思っていないけれど、でも相手がハイ・アシッドのドナリアでは無謀だ。
せめてもう少し、体力が戻っていれば幻惑能力でアイツをまた発狂させる事が出来た筈なのに……!
「安心しろ。オレがただアイツと戦うだけだと思ったら、大間違いだ」
左手をポケットに入れ、何か小さな正方形型のモノを取り出したフェストラ。
それを見た瞬間――ドナリアが眉をひそめ、チッと舌打ちを漏らす。
「……イニシャライズをした、って事かよ」
「ああ。以前、レアルタ皇国のサーニスに、イニシャライズ方法を伺ったからな」
フェストラが取り出した黒い正方形型のモノは、今敵が展開しているモノと同じ、レアルタ皇国製の魔術外装・ゴルタナ。
それを宙へ放り投げるようにしたフェストラが、小さく音声コードを唱える。
「ゴルタナ、起動」
瞬間、黒いキューブがドロリと溶けだすように形を崩し、それはフェストラの全身を覆っていく。
展開を終えたゴルタナによって、その整った顔立ちも見えなくなったが――しかし、ゴルタナ展開を終えると同時に腕を広げ、背後に巨大な空間魔術を展開。
出現した空間魔術の中から、瞬時に幾本もの剣が射出されていくと、ドナリア以外の男達は一斉にその剣に対し、応戦を行っていく。
「行け、庶民!」
短く叫ばれた言葉――その言葉に、私は下唇を噛みながら近くの窓から外へと出た。
帝国城の外は夕暮れが近付き僅かに薄暗くなった時間。まだ人の流れが多い中で、突如帝国城の正門を破壊した爆発に驚き、様子を窺っていた多くの人間が集まっている。
帝国城から飛び降りるようにして現れた私を、多くの人間がポカンとした様子で見据えていたが――私は格好を気にする事も無く、走り出すのである。
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ドナリア・ファスト・グロリアが帝国城の占拠に向けて動き出した理由は、まさにアスハがファナ・アルスタッドの抹殺に動いた結果、様々な要因が重なったが故と言える。
ルト・クオン・ハングダムという十王族が、ファナ・アルスタッドの救出に動いた事から「ファナ・アルスタッドは十王族と何か関連を持っている」と、メリーだけでなくドナリアも考えた。
まだファナと十王族……というより、このグロリア帝国という国そのものとどういう関係があるかは不明だが、ルトという人間が動いているとなれば、ファナというイレギュラーをただ放置しておける筈もない。
故にメリーは、ファナの救出に向かうクシャナ・アルスタッドの撃退に向かったが、ドナリアへ万全ではない故の待機を命じていた。
しかし……ヴァルキュリアはファナと同行してアスハと敵対し、アマンナもクシャナもファナの救出に向かって動いているという事は、帝国城は現状、シックス・ブラッドによる防備が手薄の筈であり、通常の警備であればドナリアと、ゴルタナを装備した人員で占拠が可能であると踏んだ。
そして――もし帝国城を占拠するとした場合、真っ先に抑えなければならない場所は一つだけ。それ以外の場所は占拠出来ずとも問題はない。
それが、フレアラス教の中核ともいえる、フレアラス像の存在する園庭。
政教分離政策が進められているとはいえ、まだこのグロリア帝国という国家はフレアラス教国であり、フレアラス教は全国民の生活にも根付いた宗教だ。
その信仰を集める、フレアラス像の存在する園庭を占拠してしまえば、その影響力は計り知れない。
そのチャンスが今、まさに巡ってきている――ドナリアの考えは、フェストラという男に見抜かれていたという事だ。
全身を焦がすような電流が、ガルファレットの全身を覆い、ゴルタナで武装する帝国の夜明けメンバーたちへと襲い掛かる光景、その光景をフェストラとドナリアは端目に入れながらも、互いの爪と剣を振るい、弾き合う。
「オレ達がここを占拠しにかかると良く分かったものだな!」
「何――貴様はアスハやメリーと足並み揃えて動くタイプに思えん。だから貴様が今回の事態に際し、動く事を予想した!」
ゴルタナは身体機能と魔術使役を補助する役割が存在する。故に第六世代魔術回路を持つフェストラの展開する魔術も、通常より素早く展開する事も可能であるし、単純な肉体への強化魔術も、その出力を多く、かつ最適な形で展開できるように補助をしてくれる。
結果として、ハイ・アシッドという特異な力を持つドナリアの振るった拳に対し、フェストラが右足を強く蹴り込み、衝突する事による衝撃が園庭全体に及んだとしても、尚二者は互いの力を弾き合うだけ。
「こちらとしてもフレアラス像を占拠されてしまえば、どう隠蔽する事も出来ん! 故に可能性は低くとも、防衛に回らざるを得ないと判断したワケだ!」
「それで十王族のお前が直々に動くか、やはりこの国の防衛機構は終わっていると言わざるを得ない。国を率いる器のお前をわざわざ、戦場に駆り出さねばならぬとはなァ――ッ!」
「貴様は相も変わらず、口を動かすよりも前に行動へ移すようだな――ッ!」
互いの力を込めた拳と蹴りを弾き合い、フェストラがフレアラス像前の花壇で滑るように身体を支え、ドナリアが園庭の噴水に身体を浸す。
そうした戦いの中で、フェストラは初めて展開したゴルタナという兵器の性能に (素晴らしいじゃないか)と、レアルタ皇国の技術を称賛した。
(元々、ドナリアとオレの戦闘技術は互角。いや、むしろドナリアの方が実戦経験は多く、その点で言えばオレの方が劣っていると言わざるを得ない)
その劣勢に加え、ドナリアはハイ・アシッドとしてのドーピングがあると言っても良い。その差をほぼ埋めてくれている存在が、このゴルタナと言っても良い。
(オレにも、アマンナのような才能があれば良かったんだが――どうにも天は二物を与えてはくれないらしい)
しかし、二物は天から与えられるものではなく、自らの力で身につけるモノだと、フェストラは知っている。
(ゴルタナという兵器はまさしく、オレの二物目に相応しい)
噴水池に身体を浸すドナリアだが、すぐさまその身体を持ち上げ、AK-47を構える。
だが――彼は撃てずにいる。
「どうしたドナリア、撃てばいいだろう」
撃った所で、ゴルタナを展開しているフェストラに対して有効でない事は、誰もが分かる。
だがゴルタナという兵器とて、その銃弾を受ける事による衝撃を完全に抑える事は出来ない。
そうした衝撃は戦闘における判断の低下などを招く事もあるし、動きを抑制する事は出来る。有効ではないからと撃たない選択肢は無い筈だ。
――何故ドナリアが撃たないか、それは間違いなく彼が「フレアラス教信者」だからだろう。
「確かに、フレアラス像の占拠をする事で、国全体に与える影響は大きい。考え方は実に正しいよ。――が、それは穏便に占拠ができればの話だ」
ドナリア達、帝国の夜明けという組織はその性質上、軍拡支持派の人間によって構成されており、その背後にある資金源となるパトロンも、多くが軍拡支持派の人間だ。
そして多くの軍拡支持派はフレアラス教信者として、ラウラ王の掲げる政教分離政策に対し猛反発している。
――もしそんな帝国の夜明けが、多くの軍拡支持派がパトロンとなっている組織が、フレアラス像を破壊したとしたら?
「もし貴様らの手によってフレアラス像が傷の一つでも付いてみろ。確実に貴様ら帝国の夜明けによる悪業は世間に広まる。オレが広める。どれだけ貴様らの大義が正しくとも、愚かな民衆はフレアラス像を傷つけた貴様らを末代まで呪う事となろうよ」
「貴様とてフレアラス教徒だろう……っ」
「オレは新約聖書の内容を支持する軍拡派と違い、旧約聖書支持でね。十王族の一人としてフレアラス様への信仰は勿論しているが――人々の自由や生活を脅かさんとする貴様らを放置する事こそ、フレアラス様への背信行為だろうよ」





