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命じられし者-06

「ルトさま、お二人を帝国城までお連れして下さい。お兄さまとガルファレットさまが、帝国城で待機している筈です」


「貴女はどうするの?」


「この二人と相対します」



 ヴァルキュリアは足に刺し込まれたナイフの痛みが残っているのか、僅かに動きが滞っていたが、アスハは違う。


彼女は刺し込まれたナイフを一本一本丁寧に抜き放つ。


触覚を持たぬ彼女は痛覚も感じない。加えてアシッドとしての能力も持ち得る。となればナイフを刺しても一時的に動きを止める効果しかない。



「一人では例え貴女でも危険よ。ここでアスハを迎え撃ち、撤退させる方が」


「いいえ……クシャナさまがメリーの足を止めていますが、まだ……ドナリアがどう動くか予想できません。となれば一刻も早く、その二人を避難させたい……です」


「驚いた、メリー様が動いているとは私も知らなかった。が、ルト・クオン・ハングダムが動いていると知れば、メリー様が動くも当然か」



 全てのナイフを抜き、そして再生までを終わらせたアスハの振るう一閃を、アマンナはナイフで軌道を変えつつ彼女の腹部を蹴りつけ、ルトの身体を押した。



「急いで、ください」



 彼女の言葉にしばし思考するルトであったが――頷き、レナの身体を抱き寄せた後、ファナの手を取り、立ち上がらせる。



「お願いね、アマンナ。ヴァルキュリアちゃんは操られてるだけだから、あんまり傷つけちゃダメよ」


「それはお約束……出来ません。わたし、彼女の事、苦手なので……この機会に、痛めつけるだけ、痛めつけてやろうかなぁ……と」


「……貴女がそんな事を言うなんて、珍しいわね」


「そう、でしょうか」


「ええ。……良いお友達が出来たのね」


「……お友達じゃ、ないんです、けど」



 その言葉に対する返答はないまま、ルトはファナの背を押した。



「行くわよファナちゃん、走って」


「え、でもアマンナさんが……!」


「大丈夫、あの子は強い子よ。……私が一から十まで育てたのだもの」



 アマンナ一人を置いていく事を良しとしないファナを何とか宥めつつ、ルト達は集い場を後にしていく。


その姿を追いかけようと、アマンナから遠ざかり駆け出そうとしたアスハだったが――しかし、一瞬目を離しただけの時間に、いつの間にかアマンナがアスハの眼前に立ち、その手に握るナイフを喉から顔面の奥にまで刺し込んで、止めた。



「貴女の相手は……わたし、です」


「邪魔をするな、アマンナ」


「いいえ……敵の邪魔は、可能な限りさせて、貰います」


「ヴァルキュリアだけでなく、貴様も手中に収める必要があるか?」


「やれるものなら、やってみて、ください」



 アマンナはアスハの方を凝視している。それはアスハとしても都合がよく――彼女と同じ目線に自分の目線を向け、彼女に対し【支配能力】を発動した。



……発動した筈だ。



しかし、彼女は常にアスハの方を凝視しつつ――今、どの様な手段によってかは分からないが、いつの間にかアスハの背後まで駆け出していて、その奥で痛みに耐えながら立ち上がり、グラスパーの柄を握ろうとしたヴァルキュリアの顔面を、強く蹴りつけた。



「何ッ!?」


「……どうやら、問題はないようですね。あの女の、言う通り」



 顔面を強く蹴りつけ、飛ばされたヴァルキュリアが立ち上がる前に、彼女の首を締め付け、意識を遠のかせる。


しかし、アマンナが気絶させたと確認した数秒後、立ち上がってアスハとの戦いに備えようとした時に、ヴァルキュリアはビクンと身体を震わせ、再び立ち上がった。



「チッ」


「無駄だ。能力の適用がされ続けている限り、その意識が途絶えたとしても無理矢理起こし、操れる。それが私の支配能力だ」



 アスハが先ほど、首から突き刺されたナイフを強引に抜きながら、地面へと落とすと、ヴァルキュリアと共に剣で斬りかかり、その軌道を呼んだアマンナが回避運動を取る。


何とか二者の刃を避ける事が出来たアマンナだが――既にその額には、多量の汗が浮かんでいて、その水滴がぽたりと地面に落ちた音さえ、アスハは聞いている。



「どうやらメリー様のお言葉は本当のようだな。貴様はあらゆる干渉術を弾く性質の魔眼を持つらしい。なるほど、私の支配能力は意志に視界から干渉する事で作用する。結果としてお前を操る事は容易じゃない」



 そして、地面に落ちた水滴の音が汗であると推察する事も容易く、その汗がどんな理由で流れたものかも察した。



「左右のどちらかが、お前の体力を極端に消耗させていくらしい。私の支配能力を弾く不干渉の魔眼が、効果の分からぬもう一つの魔眼か、はたまた双方かは分からんが、随分と燃費の悪い魔眼に思える」


「……だったら、なん、ですか……?」


「少なくとも貴様を屠るのは簡単だという事だ」



 アマンナへと迫る刃、二つの勢いがより早まった。


アスハの剣術も、ヴァルキュリアの剣術も、どちらにおいても魔術強化を受けている様子は見受けられない。


恐らくアスハは自身に展開している周辺探知魔術と聴覚強化、三半規管強化魔術の精度を高める為に魔術回路を稼働させている為、身体強化にマナを回す余裕が無く、ヴァルキュリアは支配能力によって操られているが故に、魔術回路を稼働させる事が出来ないと予想出来る。


しかし、アスハはハイ・アシッドとしての優れた身体機能を有し、ヴァルキュリアは魔術強化を受けずとも帝国警備隊の人間を相手に出来る先鋭でもある。


故に、その猛攻を何時までも避ける事は難しい――ならば。



「申し訳、ありません。ヴァルキュリアさま」



 言葉だけは謝っておきつつ、アマンナが次に起こした行動は、随分と過激だった。


右目に有する【時間停止の魔眼】を稼働させる。アスハのいう通り、体力を多く消耗する魔眼である事は間違いないが、しかしそうするだけの価値がある。


時間停止の魔眼で全てが静止した世界――その世界で駆け出したアマンナは、ヴァルキュリアの背後に回り、ナイフを取り出して魔眼の能力を解除。


時間が動き出した瞬間、一瞬でヴァルキュリアの背後に回るアマンナに気を向ける前に、アマンナはヴァルキュリアの両足、そのアキレス腱を切り裂いた。


アキレス腱を切り裂いた事により、ヴァルキュリアはまともに歩く事もままならず、そのまま前のめりに倒れ、足掻き出す。


そして、アマンナがヴァルキュリアの背後にいた事を察したアスハが剣を振るう直前、ヴァルキュリアの手からグラスパーを奪うと、そのままアスハの剣を弾き、マナを投じる。


グラスパーは、元々剣に使われているグラッファレント合金によってマナの浸透度が他の金属よりも高い。瞬間的に投じたマナの効果でアスハの振るう剣も容易に弾き返しながら、アスハの右足を切断し、動きを止める。



「はっ、はっ、はっ……ッ」


「体力は限界か?」


「まだ……まだ……っ!」



 強がるアマンナだが、しかし身体は正直だった。彼女の膝はガクガクと笑っているように震え、息継ぎの回数も、既に喘息発作と近しい程に増えている。


だが、まだだという気概と共に、戦闘出来る状況は保ち続ける。


何故なら、まだ作戦は続いていて、クシャナも同様に作戦遂行に向けて努力し続けている筈だ。


ならば、この命が尽きようとも、戦わなければならない。


そう身体に喝を入れ、グラスパーを構え続けるアマンナだったが――



そこで、首都・シュメルの上空に、何か一つの花火にも似た火花が散った。



バラバラと空中で火の粉を散らす光景、その光景を見据えて驚いたアマンナの、首を狙ったアスハの一閃。


しかし――そこでアスハは得体の知れない殺気を感じ取り、振るっていた剣を一瞬で引きながら自分の身体を後退させる。


だが、後退は予見されていた。


一つの宝石がアスハの頭に向けて落下し、コツンと当たった瞬間、宝石は光を放ちながら爆発。


四散するアスハの頭、それによって動きを止めたアスハに、アマンナが冷や汗を流す。



「アマンナちゃん、作戦第一フェーズ終了! ヴァルキュリアちゃんは何とかするから行って!」



 集い場を囲む住居の屋上、その屋根に足を乗せる一人の女性が、その手に持っていた宝石を遊ばせながら、そう叫ぶ。



「プロフェッサー、ケー……? 貴女は、戦わないんじゃ……」


「ちょっとしたお手伝いだよ! いいから第二フェーズに移行してってば!」



 女性――プロフェッサー・Kが、遊ばせていた宝石を今一度乱雑に放り投げる。


アマンナは限界に近い身体を何とか動かしつつその場から退避を開始すると、プロフェッサー・Kの投げた宝石が一斉に、起爆開始。


爆風によって背中を後押しされながら、何とか集い場から逃げ出す事に成功したアマンナが「ヴァルキュリアさま死んでないですか……?」と僅かに心配しつつも、先へと進む。


作戦の第二フェーズへと進み、ファナ達の安全を確保する為に。

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