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命じられし者-05

 一瞬の内に剣を構え、ルトへと突撃を開始したアスハ。


その動きは早く、重く、振るわれた剣の刃をナイフで弾く事の出来たルトも、僅かに姿勢を崩さざるを得ない。


砕けるナイフ、そしてルトへと接近し、その顔と顔をほぼゼロ距離にまで近付けたアスハであるが――しかし、ルトは目を閉じていた。


 そして、目線を合わせる事が出来れば支配能力を付与できるアスハが、合わせている筈の彼女へ能力を付与できていない事を合わせて考え、彼女もそうであるという考えに至る。



「貴様、目を――ッ」


「戦場で目を瞑る事が愚かな事と? ――貴女の言う通り、同じ土俵に立っているだけよ」



 剣の間合いはゼロ距離ではない。となれば恐れるべきは剣ではなく、アスハの強靭なる歯と顎による噛み付き。


ルトは左腕を振り上げ、アスハの顎を強く殴りつけると、僅かに姿勢を崩すアスハの腹部を強く蹴りつける。


 痛覚が無いアスハには、そうした打撃に意味は無い。しかし距離さえ開けば、彼女と目を合わせぬようにすることは幾らでも可能であり、ルトは薄くまぶたを開く。



「大丈夫そうね」


「視覚情報無しに戦闘する技術も、それなりに高いか」


「目に頼っているようではね」



 不敵な笑みを浮かべるルトだが、しかし内心はゾッとしたと言っても良い。



(アマンナとヴァルキュリアちゃんが対応して、無事だったみたいだけれど……アスハ、十七年前のデータより、圧倒的に強くなってる)



 勿論、アシッドという存在へと変貌し、身体機能が向上している点は大きいのだろうが、それ以上に盲目と触覚失認の状態で、空中での姿勢制御や地面の状況判断、加えて相手の動きを把握する能力、全てが十七年前のデータと比較しても、圧倒的な成長を遂げていると言ってもいい。



(加えてこっちは……最重要人物を()()も守らなきゃいけない)



 ファナ・アルスタッドと、レナ・アルスタッド、そして……ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオス。


ファナは戦闘能力がない代わり、現状は自由に動ける。だが今現状で下手に動く事はアスハの思うつぼとなり、レナに関しては気絶している状況だ。動ける筈もない。


そして――ヴァルキュリアが、敵の支配能力に堕ちてしまい、今はアスハの支配能力によって立ち尽くしている状況だが。



「貴様の焦りは心音で分かるぞ、ルト・クオン・ハングダム」



 アスハの言葉に、ルトは何も答えない。ただ押し黙って、笑みを浮かべるだけだ。


 しかし、そうした態度のルトに苛立ちを覚えたのか、僅かに舌打ちをした後、彼女はパチンと指を鳴らした。


瞬間。予めアスハが操っていた、そしてヴァルキュリアが脳に一撃を与えて気絶させていた、集い場にいた者達が、一斉にビクッ、ビクッ、と身体を震わせ、ゆっくりと立ち上がる。


全員、皆ルトの方を見て、腕を僅かに上げ、うぅ、うぅ、と呻きながら近付いてくる姿は、心臓に良い光景には思えなかった。



「どうする、ルト・クオン・ハングダム。そいつらの八割は未納税者だが、二割は興味本位で訪れた納税者だ。貴様がお得意の全員殺害も良し、珍しく殺さず手こずっても良し。どちらにしてもこちらとしては面白い」


「そう――納税者がいるのなら、仕方ないわね」



 チラリと、ルトがファナを見て、その眼があった瞬間。



「行け」



ルトの命令を受け、意識を囚われている者たち、総勢二十八人が一斉に、ルトへと襲い掛かった。



「伏せてて!」



 ルトの叫びに、ファナがレナを庇うように身体を丸め、その場で目を閉じた。


その手に握っていたナイフ二本を地面へ落としたルトは、その得物を持たぬ状態にも関わらず、むしろ得物が無い方が動きやすいと言わんばかりに地面を蹴り、真っ先にファナとレナを狙って手を伸ばす男二人の顔面を蹴り飛ばしながら、蹴り飛ばす反動を利用した回し蹴りで、三人ほどの顎を強打。


その場で倒れ出す男の襟を強引に掴んで、六人程度で固まってこちらへと向かっていた集団に投げて足を止めたタイミングで背後に迫っていた女が両腕を広げてルトへと襲い掛かったが、小さな体をしゃがませる事で腕を回避、両手を起点にした逆立ちからの、両脚による打撃が女性の顔面、胸部、腹部を突いた。



「ふぅ――!」



 息継ぎをしながら地面に接する腕に強い力を籠め、空中を舞ったルトが、ファナの眼前に着地する。


ファナとレナへと襲い掛かろうとしていた男に肘打ちを叩き込んで、吹き飛んだ様子を見届ける事なく、ファナに向けて再び叫ぶ。



「耳を塞いで目を瞑って――ッ!」


「は、はい――ッ」



 ルトが胸ポケットから取り出したのは、錠剤程度の大きさをした、何かの機械。


それをピンと親指で弾いて空中へ飛ばした瞬間、ルトはレナの身体を抱き留めるファナごと、その場を遠ざかる。


ピピピ……と音を漏らしながら、点滅する赤い光。


ルトがレナとファナを抱えたまま地面を蹴ると、その小さな魔導機が内部から破裂するように弾け、至近距離であれば鼓膜が破裂し失明するような、強烈な音と光を放った。


ファナは自分の耳を塞ぎ、ルトがレナの耳を塞いでいた事、そしてルトの身体で光を遮った事で三人は被害を免れたが――残った十数人程度の人間は、口から泡を噴出し、中には耳から血を流しながら倒れる者もいたが、死んだ者はいない。



しかし、それを喜んでいる暇もない。


何故なら――今ルトが想定し得る、最悪の状況が訪れたと言っても良かったからである。


先ほど、アスハが用いようとしていた、そしてルトによって弾き飛ばされた、グラスパーの柄を手に取った者が。


その者は、ゆっくりとした動きで剣を取ったと思った、次の瞬間には――常人では想像もつかない速度で、剣を構え、地を蹴り、ルトの首筋に向けて、刃を突き付けていた。


速度があまりに速すぎて、気付き回避運動を取っていたルトでさえ、首筋を僅かに斬ってしまう。



「ヴァ、ヴァルキュリア様――ッ!」



 ヴァルキュリアが、据わった目のままルトの方を見据え、今突き出した刃を引くと、そのまま身体を回転させながら、刃を一閃。



「く――!」



しゃがみ、避けながらヴァルキュリアの腹部を強く殴りつけたルト、僅かに後退りながらも衝撃を受け流し、再びグラスパーを構えるヴァルキュリアに、ルトも冷や汗を流す。



「機敏な戦闘も可能だなんて……ッ!」


「ああ。私の支配能力は、基本的に支配された者の実力を引き出す事が出来る」



 そして、ヴァルキュリアだけに戦いを任せるアスハではなく――彼女は自分の剣を構えて、操るヴァルキュリアと隣接する。



「より正確に言えば、魔術の使用を命じる事は出来ない。つまり今のヴァルキュリアは、魔術的な攻撃や補助を無しに戦闘する事が可能な兵士だが……元よりこの子は、エンドラス様の教育による賜物か、剣術だけの使用でも十分な程の実力を有している」



 優しく撫でるように、ヴァルキュリアの頬を撫でるアスハが微笑むと、反対にルトの表情が険しくなる。


勿論、ルトはシックス・ブラッドを調査する過程でもそうだが、元々ヴァルキュリアの技能が高い事は知り得ていた。


第五世代魔術回路を有し、魔術と剣術を組み合わせる総合剣技を……リスタバリオス家に伝わる七つの剣型、その内の六つを継承する天才と言われている人材。


しかし彼女の技能は、身体に強化魔術を付与する事で補われている部分が大きいと考えていたルトの想像を超えていた。


彼女は魔術強化による剣技だけではなく、単純な剣術にも優れていて、その技能だけでルトと渡り合う事が可能なのだろう。



(エンドラスさんったら、何て子に育ててくれたのよ、もう……!)



 ヴァルキュリアとアスハ、二者が同時に地面を蹴り――左右から同時に剣を振るう。


それを避けるだけなら容易い。しかし、避けると自分の背後にいるファナとレナを晒す事にもなりかねない。


ナイフよりも少し長めの短剣が、両腕を広げる事で顕現する。


その剣で二者の振るう刃を弾く事には成功したけれど――しかし、強度が足りず、短剣はバキンと音を鳴らしながら折れてしまい、すぐに姿勢を正した二者が、上段に刃を振り上げた。



「トドメだ、ルト・クオン・ハングダム」


「――ッ」



 ルトさえも死を覚悟しながらも、最後の最後までファナとレナを守る為、両腕を広げた――その時だ。



まばたきをした、一瞬の内に。


アスハの四肢に一本ずつのナイフが、そしてヴァルキュリアの両脚に一本ずつのナイフが、それぞれいつの間にか突き刺さっていて――アスハも驚き、目を開いた瞬間、二人の腹部を殴りつける、小さな身体が目の前に立った。



「あ、アマンナ……っ!」


「申し訳ありません、作戦会議が長引きました――ご無沙汰しております、ルトさま」



 普段、髪の毛で隠している両目を晒すように、ヘアバンドで前髪を逆立て、固定する小さな少女。


アマンナ・シュレンツ・フォルディアスが、汗を流しながらもその場で、ナイフを構え、挨拶をした。

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