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命じられし者-03

 今や先ほどまでとは異なり、外観が中肉中背となった特徴の無い男へと印象を変えたメリーは、私の顔面を蹴りつけて地面へと倒れさせた後、私の顔を踏みつけ、銃口をこめかみに押し付けてくる。



「クシャナ君、君は普通の人間なら死んだと思うような怪我を負った経験は、どれほど?」


「……百は、超えてるかな……っ」


「なるほど、ならば痛みには慣れているね」



 メリーは、容赦なくこめかみに押し当てた銃のトリガーを引いた。


ゼロ距離で打ち込まれた結果、銃口から噴き出した火花によってこめかみは焼け、放たれた銃弾が脳を横切って貫通し、地面にめり込んだ。


 脳が撃たれた事によって、その脳から送られる電気信号に異常が発生したと言わんばかりに全身がブルブルと震え、視線もおぼつかなくなるけれど、それはすぐに修復される。


因子が存在する脳がダメージを受けても、その分すぐに修繕しようとする働きが強くなる。


 だが――痛いものは痛いし、脳へのダメージと言うのは、身体の力が抜けていくものだ。



「は……は……っ」



 上手く全身に力が入らない中、それでも意識を保とうとする。意識が失ってしまえば、魔法少女としての変身が解かれ、コイツらに何をされるか分かったものじゃない。


それに――まだ私がやるべき事がやれていない。



「……メリー、一つ……聞いて、いいか……?」


「何だい、クシャナ君」


「お前らの……アシッド・ギア……何度まで、使えるとか……あるのか……?」


「大体一本につき、十回までが使用限界かな」


「へぇ……良い事、聞いた……っ」



 全身の力が入らなくても、出来る事はある。


例えば――今私の顔面を踏みつけている、メリーの右足を可能な限り全力で掴んだ後、その足に噛みつく事位は。



「っ、」


「行け――ッ」



 生み出した、私の幻影が三体、上空からメリーを襲う為に剣を振るう。


その内剣に実体があるのは一人だけだが、本体の私も同時に右足の付け根辺りから切り裂く事で、メリーの姿勢を崩させた後、彼の首を斬ろうと一体が剣を振るうが――残る左足だけで器用に避け、私達から遠ざかる。



だが……幻影の一体が、彼から掠め取った【とあるモノ】を、渡してくれた。



「……もしや、それが目的か……ッ!」



 笑みを僅かに崩しながら、私にそう問うたメリーの言葉。


頷きながら、私は今手渡された一つのモノ――アシッド・ギアの先端を、胸元に近付ける。



「ああ、私はどうせ死ねないんだから――人体実験も悪く無いだろう?」



 先端の部分が私の身体へ刺し込まれる。最初はただ肉を抉るような感覚がしたが、次第に私の肉体と先端部分が馴染むように身体が最適化され、私の脳を揺さぶった。


私の脳に、因子が付与される感覚、そして肉体が僅かに肥大化した後、すぐそれは収まった。



「――ハァ」



 何か、力が満たされていくような感覚、それを思わず目を閉じて感じていたが……そこで、私はメリーの残した右足の服を乱雑に破り捨て、その男性特有の太く、強固な足を喰い進めていく。


筋張っていて肉も少なく、喰いにくい体の部位、それでも私はお菓子を食べるかのように次々と食べ進めていく。


食べにくい場所は歯ですり潰しながら――そうして彼の足を全て喰い終わった頃には、メリーも右足の再生を終えていて、その剥き出しの右足を見せた。



「それなりに、回復したよ。これで、万全の貴方ともそれなりに闘えるはずだ」


「アシッド・ギアによる因子追加のドーピング、そして私というハイ・アシッドの肉を喰らう事での身体機能向上……なるほど、それだけやれば、確かに私と対等に戦えるかもしれないね」


「ああ――手始めに、貴方の深層意識を覗かせて貰うとする」



 目を見開き、メリーを見据え、その目と目を合わせた瞬間――私の脳へと直接叩き込まれる、メリーの深層意識。


そしてその意識は、リアルタイムで彼の脳へも叩き込まれ、彼もグラリと身体を揺らす。



「……驚いた。これが、君の幻惑能力、か。なるほど、ドナリアが発狂するわけだ」


「私は……正直意味が分からないな、この光景は」



 何といえば良いだろう。


彼の深層意識の中は、多くの人間が立ち並んでいるのだけれど……全員が全員、彼を無視するかのように……いや、遠ざかる様に去っていく光景が、ずっと流れていた。


 何人かはこちらを見てギョッとした表情を浮かべて去っていき、数人は同様にこちらを見据えながらクスクスと笑って遠ざかる。



「これはね、私の幼い頃の記憶――私の根幹を定めた光景だよ」


「幼い頃……?」


「そうだ、物心ついた時から、大体十代前半辺りまで、私がハングダムの認識阻害術を学ぶ前の事――奇形な私の顔を見て、皆が私から遠ざかる」



 そして景色は移り変わる。


夜も更けた家の廊下とでも言えばいいだろうか、僅かに廊下を照らす証明だけが頼りの道を、まだ背も伸びきっていない男の子が、一人で歩いていると……僅かに開いた扉の向こうから、声が聞こえる。



『メリーを次期家主にする事は出来ん。次期家主はルト、お前を指名する』


『しかしお父様、兄さんは私より、認識阻害術に長けています。私よりも良き家主となる事でしょう』


『奴の奇形が遺伝したらどうする? 我らハングダムの一族は奇形の一族とされ、永劫に渡り王族としての誉れではなく、侮蔑の名として歴史に残される事となり得るのだ』


『あなた、お願いですからあの子の前で、そんな事を口にしないでください』


『私の子供だぞ。私がどう扱おうが、知った事ではない。むしろあ奴がああして奇形を有して生まれた段階で一思いに殺してやることも出来た。そうならなかったのだから、感謝される事はあっても恨まれる筋合いなどあるか』



 これは恐らく……メリーの父親と母親、そしてメリーの妹であるルトさんによる話し合いなのだろう。父親が一線を退いた後の家主を定める話し合い、しかし――メリーは認識阻害術の精度を高めて才覚を発揮していたにも関わらず、奇形の子供というだけで、それを許さなかった。



「ああ、吐き気がするな。今思い出しても」



 ゴクリと、私が息を呑みながら、同じ光景を見せつけられている、誰よりも臨場感溢れる光景として見せつけられている筈のメリーが……笑顔を浮かべつつも、不快感を口にした。



「どうやらドナリアは、自分が今まで犠牲にしたモノたちの幻惑を見せられていたそうだね」


「……ああ、気味の悪い光景だった」


「どうかな、私の幻惑は。クシャナ君から見て、私の深層意識に根付いたこの記憶は……果たして能力を使うに値する記憶だと思うかい?」


「正直に言うと、気分は悪い。吐き気もする。人間が無意識に自分の子供を所有物と勘違いし、自分の良いように扱う姿は反吐が出る。……しかしどの世界にもありふれた、悲しい物語にしか思えない」


「物語か。うん、そう思われても仕方が無いし、事実これはどんな世界にもありふれた光景に思えるだろう――けれどね、実際にこうした経験を経た者は、一生その傷と付き合って生きていくしか無くて、それを経験した事のない他者に理解してもらう事は出来ないんだ」



 ドナリアはまだ可愛いものだったろうな、と。


メリーは口にしながら、ドアの隙間から話を聞いている、幼い自分の頭に手を乗せようとする。


しかし、それは幻想だ、手を乗せられる筈も無く、虚空を斬るかのように、彼の手は空振った。



 いや、違う。ただ空振っただけじゃない。


景色が切り替わったのだ。



「まだ、続くのか……?」


「ああ、私の心が受けた傷、それがこんな早く終わると思ってもらっては困るよ――私の傷は、長く続いていくのだから」



 移り変わった景色――それは先ほどまでとは異なり、病室のように真っ白な空間にあるベッドで、まだ二十代程度のようにも見える女性が横たわりながら、自分のお腹を擦る光景が。



『ルトの子宮を摘出だと!?』


『あの子の命を守る為です。進行も進んでおりました。子宮頸がんは、それほど恐ろしい病気なのです』


『子宮が無ければ、子を遺す事が出来んじゃないか! せめて卵子を遺し、冷凍保存などが出来る技術があると、レアルタの方にもあると聞いて……っ』


『あなた、誰が辛いと言えば、ルトが一番辛いのです。せめて今は』


『辛いだと!? 女だてらに生意気を言うな! ルトが子を遺せんのなら、誰が遺すと言うんだ!?』



 その光景を、ずっと近くで見ていたメリーを見つけ……父親と思われる男は、随分正気を失ったような表情で、彼へと駆け寄るのである。



『メリー、メリー、今すぐ見合いの日程を組むぞ。この際お前の奇形遺伝子でもいい、ハングダムの血を、少しでも遺して行かねば……ハングダムを閉ざしてしまう、それは、それだけは……ッ!』



 幼い頃から、他の誰でもなく自分の父親から『奇形遺伝子』と蔑まれ、差別され続けて来た男、メリー。


父は、そんなメリーに謝罪の言葉を述べる事も無く、何時までも自分の子供を道具のように呼び、子を遺す為だけの機械かのように扱った。



 ……その姿は、家名や魔術回路という呪縛、呪いともいえるモノに取り憑かれた姿にも思え、私も少し、その狂気に震えてしまう。

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