命じられし者-02
この、一つ問えば三つの答えを返してくるような口調、間違いなくM……メリー・カオン・ハングダムだろう。
舌打ちをしながら建物屋上をヒールで蹴り付け、浮かび上がる魔法陣から黒い剣を取り出し、構える。
「お前が私の事を足止めしようとしている、って事は、やっぱりお母さんをさらったのは」
「ああ、アスハだよ。僕が彼女にお願いして、ファナ・アルスタッドの抹殺を命じたんだ」
「何故お前たちは、ファナを狙う? お前たちはファナがどんな存在か、しっかり認識もしていなかったじゃないか」
「そうだね。正直アスハに命じた時点ではそこまで必須であると思わなかった。だからあの子一人を動かしたけれど、結局は私も動かなければならない状況となった。考えれば考える程、謎が深まってしまうよ。何せあのルトまでが彼女の事を守っている状況は異常といえる。……気味が悪いと思う程にね」
ルト――それは、メリーの妹君である筈の、ルト・クオン・ハングダムさんの事だろう。
プロフェッサー・Kは「多分動くだろう」程度に言っていたけど、メリーが僅かに笑みを崩しながらそう言うって事は、本当に彼女が動いているのだろう。
「ルトは……というより、ハングダム家はそもそも十王族の内偵が主な仕事だ。あの子の務めている部隊も主な仕事は民衆の警備じゃなく、反政府組織等に対する諜報部隊であるのに、何故ファナ・アルスタッドの救援に、すぐ駆け付ける事が出来たのか」
ファナという、私にとって可愛くて目に入れても痛くない妹は、確かに【帝国の夜明け】という存在にとっては不安要素だ。
フェストラが可能な限り情報を遮断している【シックス・ブラッド】の事を良く知り得る程に諜報能力を持つ帝国の夜明けが、それでも尚ファナの事を細かく調べる事は出来なかった。
そしてファナを守ろうとする、シックス・ブラッド以外の存在が、組織なのか個人なのかも分からず、ようやく尻尾を出したと思えば、それは十王族の一人であるルトさんであった。
もし私がコイツの立場であれば、確かに厄介な不安要素とするだろう。
「私とて可愛い女の子を無下に殺す事は好かないけれど、私達の弊害となり得るのなら殺すしかない。その妨害をしようとする君と、戦う事もやぶさかじゃあないんだよ」
メリーがポケットから取り出したアシッド・ギアと、まるで財布を取り出すかのような動作で懐から抜き放つ、一丁のハンドガン。
それも、私には地球の銃器にしか見えない。
「ベレッタM9だよ。ドナリアはソ連製を好んでいたけれど、私はイタリア製だね」
スライドを下げ、安全装置を解除したメリーは、私の顔に銃口を向ける。
「お前たちはどうして地球の銃器など、技術を持っている? 日本語も分かるようだったし、色々と腑に落ちない事が沢山ある」
「それはこちらの台詞、と言いたいけどね。クシャナ・アルスタッド君。君はどうしてアシッドとしての力を持ち得る?」
「それは――」
「それだけじゃない。地球の言語……それも日本語に精通しているのか。変身という言葉を使い、日本のサブカルチャーにおける【魔法少女】という特異な存在へ変貌し、地球におけるスマートフォン型の端末を持ち得る……私達にとっては不気味な存在さ」
銃口を向けた銃……ベレッタのトリガーに指をかけるメリーだが、トリガーに遊びがある銃なのか、すぐに発砲される事は無かった。
撃たれても死ぬ事は無いけれど、銃弾を受けると動きが抑制されるから、私としても避ける事は思考しなければならない。
「君は、日本人なのだろう」
「……だとしたら、何だと?」
「地球とこの世界における転移方法はいくつかある。しかし、君が地球とは別次元に存在するこの世界へ、転移したと思われる形跡は無いんだよ。どれだけ調べてもね」
「むしろ、幾つもあるのかと驚いているけど」
「君はやはり、十七年前にレナ・アルスタッドの股から産まれている筈なんだ。君自身もアシッドとしてDNA情報が変質しているから、父親さえも調べようはないが、記録上は間違いなくね」
「それを知ってどうするって言うんだ? 関係ないだろ、お前らは私を殺せば、アシッドに抵抗する術を持つ者がいなくなるんだから」
「いいや。もし君と言うイレギュラーを殺す事が出来ても、君が存在した事実は変わらない。君のようなイレギュラーが再び現れる事を想定しなければならない」
クシャナ・アルスタッドという存在が如何にして生まれたのか、もし何か理由があるのなら、その理由までハッキリと証明した上で、私のようなイレギュラーが生まれないようにしなければならない。
帝国の夜明けがクシャナ・アルスタッドという女を警戒する理由は、まさにこの一点なのだろう。
「現実は小説や映画、君の元々いた筈の日本で受け入れられているアニメーションと違い、単純じゃない。テロリズムを掲げるのなら、その実現に向けて十全な状況を作るべきであり、私達は初動でそれを怠ってしまった――否、君のようなイレギュラーがいるとは想像もつかず、作った状況を破壊されたんだ」
「随分と、慎重な事だね」
「それはそうだろう。私達はこの国を変革させるという目的によって動いている。――理想を叶える為になら過激な方法は幾らでも取るけれど、それと同時に確実な一手を持たねば、ね」
アシッド・ギアの先端部を自分の首元に押し付けたメリーの身体が、僅かにボコボコと肥大化したが、後にそれは収まっていく。
戦いが始まる――けれど私はその前に、一つ問う事とした。
「ねぇ、一つ聞いていいかな?」
「何だい?」
「貴方達は、もうハイ・アシッドへと至っているんだろう? なのに何故、ドナリアも貴方も、いちいち戦いの度にアシッド・ギアを使うんだい?」
アシッド・ギアには人間をアシッドへと変質させる因子が籠められていて、挿入者に因子を注入する役割があると思われる。
けれど既に脳内へアシッドの因子を埋め込まれている筈の彼らが、どうしてアシッド・ギアをいちいち挿入するのか、それが以前から僅かに気になっていた。
「……疑問がもう一つ増えたな。君はそうじゃないのかい?」
「え?」
「私達は少なくとも、時間経過と共に脳内の因子が消えていく。勿論一週間程は維持するけれど十数日とは持たないから念の為、戦いの度にアシッド・ギアを挿入し直している。君達はそれを知っているから、ドナリアを捕らえた後に彼の因子が消える事を待っていたのだと思ったのだが」
どう言う事だ? アシッド・ギアに籠められている因子は、私のように成瀬伊吹によって生み出されたアシッドのモノとは違い、時間経過と共に消えていく?
私はこの十七年間……いや、プロトワンから赤松玲として自分を生まれ変わらせて生きた数年間も、肉を食わずに弱体化こそしていたが、アシッドと言う呪縛から、逃れられなかったのに。
「――予定変更だ。君は殺さずに捕らえる事にしよう。場合によっては、アシッド・ギアの精度をより高める事が出来るかもしれない」
屈託のない笑みから、しっかりと目的を持ち得る敵意の込められた笑みへと僅かに変えたメリーに、私は身体を大きく動かし、その場から退避。
トリガーが引かれ、発砲された銃弾が私の横を通り過ぎ、僅かに冷や汗が流れる中、メリーが地面を蹴って私の立つ屋上へ降りた。
降りた瞬間、彼は素早い動きで私の眼前へと迫り、鳩尾に右フックを叩き込んでくると同時に顎を強打、舌の先端が噛み切れ、宙を舞いながら――私は溢れ出る血を吐き出しつつ、剣を振るう。
剣を避け、僅かに姿勢を崩したメリーと、重たい打撃を受けて嗚咽と血が止まらない私は、同時に姿勢を正したが、メリーは姿勢を正すとすぐに銃を二射、私の両膝を撃ち抜いた。
「ぐ、ッ!」
「出来れば無抵抗が良いのだけれどね!」
「そんな事、出来るか――ッ!」
腕を広げ、私は自分の分身を四体作り上げ、それぞれをメリーへと挑ませる。
そして残る本体である私は今立っている屋上から飛び降りて、人の通りがほとんどない裏路地へと降り立つ。
ホッと息を吐きながら、口内に血が溜まらないようにしつつ、舌の再生を待っていると……通りの向こうから、一人の見知らぬ男性が近付いてくる光景が目に入った。
一般人に魔法少女としての自分を見られたのかと、ギョッと身体を強張らせてしまったが――
男は、懐から先ほどメリーが持っていた拳銃と、同じ銃を取り出してすぐに発砲。
私の胸を貫き、全身を劈く痛みに耐えながら、それでも倒れずに、男を見据える。
「……そうだった、二十メートル以上離れると、貴方の能力ってリセットだったな……!」
「ああ。気配も変わって感じるだろう? 私から離れるのはお勧めしないよ」
とはいえ、ハイ・アシッドとしての力量がどうしても低下している私にとって、真正面からメリーと戦う事は避けるべき行動だ。
何せ今は以前のドナリア戦とは異なり、他のシックス・ブラッド達による援護や、ファナによる再生は期待できない状況だからだ。
(マズいな。メリーの奴、しっかりと強いじゃないか……チクショウッ)
私としては、メリーと言う男の戦闘能力自体は、そこまで高くないと予想していた。
彼の所有する固有能力が強くて、私みたいに訓練と言う訓練も受けていない参謀役なのかと思っていたんだけど……そんな甘い話ではなかった、という事だ。





