命じられし者-01
レナ・アルスタッドの身柄が押さえられ、ファナを呼び出す内容の手紙がアルスタッド家に届いたという内容を聞いたクシャナは、周囲の人間から見れば動揺をしていたと言わざるを得ない。
アマンナと共に工房室へと訪れると同時に、彼女はフェストラ達の下へ駆け寄り、荒い息を整える事さえ忘れて、声を張り上げる。
「フェストラ、今すぐ、今すぐどう動けばいいッ!?」
「落ち着け庶民」
「コレが落ち着いていられるかッ! お母さんとファナが、敵に狙われてるんだぞ!? 何時殺されるかも分かったものじゃない、私と違ってあの二人は、再生もしなきゃ死ねないわけでも無い、加えて戦う力も無いのにッ!!」
「いいから落ち着けと言っているッ!!」
動揺するクシャナを落ち着かせる事が目的ではなく、建設的な話が出来ないからこそ黙らせる、大声を張り上げる事でビクリと身体を震わせ、口を閉ざさせる。
「いいか、こっちとしてもすぐに動ける。だが状況が分からん限り、下手に動けば状況の悪化を招きかねん」
「……分かってる、分かってるけど、落ち着いていられないんだよ……っ!」
普段のクシャナらしからぬ、今にも泣きだしてしまいそうな程に情緒不安定な表情に、アマンナが背中を擦りながら、落ち着かせようとする。
「あの二人は、今の私にとって、生きる理由なんだ。あの二人を守れるなら、私には何もいらない。だから、だから早く――ッ」
「全く、落ち着きなさいってばクシャナちゃん」
恐らく、彼女としては軽く小突いた程度のつもりだったろう。プロフェッサー・Kの振るった軽い右ストレートがクシャナの頬へと振り込まれ、クシャナは唇を切りながら両脚を崩れさせて、床に尻もちをついてしまった。
「おっと、ゴメンね。でも、少し落ち着いて聞いて欲しいんだ」
「……プロフェッサー、K……いたのか」
「居たんだよ。私だって今すぐファナちゃんを助けに行きたいけど、それにはクシャナちゃんの協力がいる」
プロフェッサー・Kの言葉を聞きながら、クシャナが顎を引いて先ほど切った唇を拭う。親指に残った僅かな血、しかし傷口は既に塞がっていて、その様子を見据えて「体調はそれなりに万全だね」と、クシャナの調子を確かめる。
「まだ大丈夫。ヴァルキュリアちゃんが時間を稼いでくれる筈だし――あんまりこう言うの教えたくはないんだけどさ、きっと今はルトさんが、ファナちゃんを助けに行ってるよ」
「……ルトさまが? 何故、貴女にそんな事が」
クシャナに手を貸し、起き上がらせつつ尋ねたアマンナに、プロフェッサー・Kは「多分なんだけどね」と注釈する。
「ただ彼女なら動くと思う。で、ルトさんも同様にアシッドを倒す術は無いけど、時間を稼ぐ事は出来るから、それなりに時間的余裕はあると思うよ」
「だから何故それを」
「本当に、十王族とかこの国の防衛機構が、第七世代魔術回路を持ってるファナちゃんの存在を知っていないと思ってる? そうじゃなきゃ今までファナちゃんの事を隠し通せる筈も無いじゃん」
「ルトさまは、そうした権力に命じられ、動く者であると……?」
「うん。――ただ、私が介入できるファナちゃんに関する情報は、ここまで。これ以上の事を伝えるのは、相手に私を警戒させて動きにくくなるから」
フェストラやアマンナとしても、より情報を引き出したいという気持ちはあるが、しかし事は急を要する。その話題を無理に続け、プロフェッサー・Kの協力を得られない、という状況は避けたいし、これ以上話を逸らせば、クシャナとてまた暴走しかねない。
「プロフェッサー・ケー、どう動けばいいと思う?」
だからこそ、愚直に問うフェストラに、プロフェッサー・Kは顎へ手を当てつつ思考を回す。
「もし、本当にルトさんが動いているとして、それを【帝国の夜明け】……というより、メリー・カオン・ハングダムが知れば、絶対に彼女の背後関係が気になり、ファナちゃんの始末に躍起となる筈」
「オレ達による救援も妨害される可能性があるという事か」
「そうだね。でも急がないとルトさんもヴァルキュリアちゃんもどうなるか分からない。相手がドナリア程度なら、あの二人で切り抜ける事が出来るかもだけど、もしメリーかアスハなら、どっちでも苦戦は必須になるし、私は多分今回動いているのはアスハだと思う」
「なら、早く向かおう。その方が良いんだろう?」
状況故、結論を急ぎ過ぎるクシャナに「ちょっと待って」とプロフェッサー・Kが止め、手を取る。
「クシャナちゃんには申し訳ないけど、やって欲しい事がある。……残念な事に、君とアスハは相性が悪すぎるから」
「けどアスハさんを殺し得るのは、私しか」
「大丈夫。今回の目的はあくまで、ファナちゃんとレナさんの救出なんだから、クシャナちゃんが相手を殺さなくてもいいんだもん。――アスハと対等に渡り合い、撃退出来得る人材が、いる」
チラリと、視線をクシャナの脇にいる少女へと、向ける。
「……わたし、ですか?」
「うん。アマンナちゃんなら、アスハの持つ固有能力も打ち消す事が出来る――君の魔眼ならね」
プロフェッサー・Kによる作戦が、クシャナとアマンナ両名に伝えられる。
その言葉を飲み込みながら、クシャナは次第に表情をしかめさせていたが……しかし最後には、苦しそうにしつつも頷いた。
「分かった。アマンナちゃん、ファナとお母さんを、お願い」
「……はい。クシャナさまも、お気を付けて」
そう言葉を投げかけ、二人は同じ扉から外へと飛び出していくが、その後の行動は異なるようになる。
――そして、プロフェッサー・K、フェストラ、ガルファレットの三人はその場にまだ残り、話し合う事があるようだった。
「オレ達は動かんのか?」
「私は行くけど、二人にはどうしても……ここで、というより帝国城で、やって欲しい事がある」
ガルファレットが首を傾げる中、フェストラは彼女の言葉に込められた真意を読み取ったように……頷いた。
「分かった。そちらはファナ・アルスタッドの救出に向かうのか?」
「私、基本的に表立って動けないし、力も無いから。もしあの二人が失敗したら、私が動く。でも、それだって望み薄だもの。出来ればあの二人に成功してほしいんだよね」
衣服のポケットから取り出された、通信端末のような何か。それに触れたプロフェッサー・Kの身体が、青白い粒子のようなものへと代わっていき、最後には四散するように消えていく。
「……全く。勝手に霊子通信用の設備をシュメル内に設置してるな、あの女」
「霊子通信? レアルタ皇国で使われている通信規格であったと記憶しているが、何故それをプロフェッサー・ケーが?」
「言っただろう、知ろうとするな。緊急事態ゆえにプロフェッサー・ケーと接触した事は知られてしまったが、正体を探る事は無しだ」
「だがそれにしたって、事態がより深刻ならば、俺やお前もファナ・アルスタッドの救助に向かうべきではないか? あの女は何を考えて」
「いや――もしオレがプロフェッサー・ケーでも、同様の判断を下しただろうよ」
工房室から出る為に足を動かすフェストラと、意味も分からずついていく事しか出来ないガルファレット。
「……お前は、もう少し共有するという事の重要性をだな」
「今は黙ってついてこい――敵の思惑にハマりたくなければな」
そう言われてしまうと、何も言えない。
ため息をつきながら、彼の後ろをついていく。
彼らが向かっていった先――そこは帝国城の中枢ともいえる、巨大なフレアラス像が存在する園庭あった。
**
私……クシャナ・アルスタッドは、帝国城にあるフェストラが用いる執務室へと一度出向き、その窓を開いて外へと出る。
ベランダに立ち、右足の太ももに備えたホルスターからマジカリング・デバイスを抜き、側面部の指紋センサーに指を触れさせる。
〈Stand-Up〉
「変身っ」
〈HENSHIN〉
機械音声が奏でられると同時に吹き込む音声入力。私は画面に触れながらそれを宙へ投げ放ち、完全に変身が完了する前には、ベランダの手すりに足を乗せ、そのまま高く飛び上がった。
空中で幻想の魔法少女・ミラージュへの変身を終えながら、遠くの建物屋上に着地、そのまま別の屋上を伝いながら、ファナ達のいる【集い場】まで最短距離の道を進んでいく。
――だが、その往く道を遮る、一人の人物がいる。
建物の屋上、まるで私がここに来る事を察していたかのように……優雅な微笑みとも言える優し気な笑顔を浮かべる、一人の青年。
「やぁ、クシャナ・アルスタッド……いや、幻想の魔法少女・ミラージュ君かな。昨日ぶりだね。とは言っても、昨日の君は頭から首までしかなかったけど」
その、あまりに敵意の無さを感じてしまい、思わず変身を解除してしまいそうになる、その姿は――幾度も見た彼とは、やはり違う。今は、随分と恰幅の良い男性にも思える。
「……お前、メリー・カオン・ハングダムだな」
「長いだろう? メリーか、以前と同じようにMと呼んでくれればいいさ。名前と言うのはそもそも名付けられている事が重要であり、名前の内容じゃないからね。呼びやすい呼び方をしてくれればいいのさ」





