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十王族-09

 アルスタッド家に手紙が投函され、その中身を閲覧したヴァルキュリアとファナの取った行動は、至極単純な行動――言葉を選ばなければ短絡的な結論を取ったと言わざるを得ない。


遠巻きで家を監視していた筈の見張りに合図を送り、フェストラ達にこの事実を伝えて欲しいと指示だけを行った後、二人は工業区画に存在する【集い場(グレッセル)】と呼ばれた場所へと向かっていく。


集い場の場所は、ヴァルキュリアが知っている。まだ二ヶ月も経過していない、かつて同クラスであったアルステラ・クラウスによって連れられた場所、という事もあるのだが、その時の印象がやけに強く残っており、忘れたくても忘れる事が出来ない、と言葉にした方が正しい。



そもそも工業区画というのはあまり治安が良い場所とは言えない。非正規労働者達の寮や、彼らの疲れを癒す為の違法風俗街という側面もあり、帝国警備隊の摘発なども度々行われているが、それでも根絶しきれていないのが実情である。


加えてヴァルキュリアも遭遇したアシッドの被害に多く遭遇している事もあって通行禁止の場所も多い上、数日前にはビーストという存在の引き起こした事件によって他の区画より多く被害が出た事もあり、帝国警備隊と工業区画を根城にする連中の間にある溝が深まって、より治安の悪化を招いたと言っても良い。


明るい内から酒と香水の匂いが入り混じる、お世辞にも綺麗とは言えない姿の男と露出の高い服を着た女が多く練り歩く道を――ファナ・アルスタッドが、その小さな体を活かすように、どんどん先へと進んでいってしまう。


本来、ファナは十五歳としても小さな体をしている。本来はそんな少女を売女と勘違いする者もいないだろう。


しかし、この工業区画ではそうじゃない。ファナやヴァルキュリアとそう歳の変わらない、もしかしたらもっと幼いかもしれない少女さえ身売りをする場所であるからこそ、卑下た目で男達がファナを目測し、何人かが声をかける。



「お嬢ちゃん、ここは危ないよ? オジサンたちが安全な所、送っていこうか?」



 声をかけられても、ファナは何も言う事は無い。


ただ男達の間を縫う糸のようにスルリと抜けて行こうとするが、男達の内一人は諦めず、ファナの小さな手を掴もうとする。


しかし、その手は反対に掴まれた。それも、本来手が曲がらない方向へ捻じられ、男は「いててっ」と痛みを訴える。



「失礼」



 手を捻り、今男の身体を投げ飛ばしたのはヴァルキュリアである。


彼女はそうして男達を避けると、ファナの後ろにつくが、今投げ飛ばした男の連れが「アンタ何すんだよ!」と声を荒げた。



「失礼と言った筈だ。……これ以上拙僧らの足を止めるなら、その口を二度と開けぬようにするが、構わんな?」



 グラスパーの柄に触れながら、殺気を放つヴァルキュリアの言葉に、男たちは息を飲み、どこかへと去っていく。


 今のファナとヴァルキュリアの二人には、それだけ殺気が溢れている。ファナはともかく、ヴァルキュリアはそうした殺気を他者へと上手く強調し、引き下がらせる術も知り得ている。


加えて――今は殺気を抑える事が難しいと感じている。



「こっちだ、ファナ殿」


「はい」



 裏通りに向かう道を行き、何本か細い道を通っていった先。そこが集い場というこの周辺で用いられている広場があった場所。


本来ならば以前アシッドの騒ぎがあった事で立ち入りを禁止されている筈だが、立入禁止のテープを乱雑に剥がして、煙草のような外観の葉巻薬物を吸う男が、近付く二人に声をかけた。



「おっとと、こっから先は一見さんお断りなんだけどね」


「アスハという人物が来ている筈である。通して貰おうか」


「お嬢ちゃん、こっから先は子供が通る場所じゃないんだよ」


「通すか、退くか、二つに一つである。選ぶが良い」



 男がピクリと眉をひそめながら「あのねぇ」と言葉を選び始める。



「言っとくけどこっから先は、お嬢ちゃんみたいな女の子からしたら危ない所なの、分かる? それをオレぁ、親切心で忠告してやってんのに」


「必要ない、良いから通すのだ」


「おい、いい加減に」


「いい加減にするのはそちらだというのだ――ッ!!」



 ヴァルキュリアは男の胸倉を掴み、意識をそちらに集中させると同時に、男の僅かにふらつく両脚を引っ掛け、背中から地面へと倒すと――グラスパーの刃を逆手で抜き放ち、刃を喉元へと勢いよく突き立てた。


実際に喉は貫かない。しかしその鋭利な先端によって補装されている筈の地面さえも抉るグラスパーが喉の横を通り過ぎた事で……彼は自らの生死を確認しつつ、泡を吹いて意識を失った。


本来、ファナはそうしたヴァルキュリアの行動を咎める筈の少女だが――今の彼女には、そうした男の事など、見えていないようにも思える。



「ファナ殿、気を引き締めよ。ここから先は、敵の敷地内である」


「……はい」



 だが、そんなファナにも僅かな緊張が見て取れる。


彼女は以前の聖ファスト学院襲撃事件に際しても、クシャナ達の治療など作戦の根幹に関わる部分は担当したが、戦闘に直接介入したわけではない。


彼女の戦闘能力は殆ど皆無と言ってよく、基礎魔術の強化を用いて普通の女性よりも優れた腕力にする事は可能だろうが、それを実践で試した事も無ければ、そもそも得意とも思っていない。



「安心なされよ。ファナ殿は拙僧が守る」


「……アタシより、お母さんを」


「当然だ。レナ殿も、拙僧が守る。……故に少しの間、ファナ殿の命を借り受けたい」



 ヴァルキュリアの言葉にコクリと頷いたファナ。


二人は並んで先へと進んでいき――通りを抜けた先で。


楽曲再生用魔導機から流れる煩い音楽とは裏腹に、そこでは十数人弱の男女が全員、二人の抜けて来た通りとは反対側の壁に沿い、一列に並んで静まっている光景が目に入る。


不気味な光景だと思いつつ――その者たちの真ん中、小さな箱を横並びにし、その上で横たわらされて眠っているレナ・アルスタッドと、彼女の喉近くに一本の剣を刺し込んだ、アスハ・ラインヘンバーの姿を見た。


 アスハは盲目であると、二人は聞いている。しかし彼女はヴァルキュリアとファナの両者が来訪した事をその眼で捉えたかのように、笑みを浮かべ、レナの前に立つ。



「来たか。十五分弱でご到着とは、お早いお付きだな。ヴァルキュリア」


「アスハ・ラインヘンバー、であったな」


「貴様もその名で呼ぶか。私はその名が好かん。貴様にそう呼んで貰いたくはない」


「知った事ではない。要求通り、ファナ殿と二人で参ったぞ。レナ殿を開放してもらおう」


「それはお前たち次第だ」



 レナの首筋近くに突き立てられていた剣を抜き、ヴァルキュリアへと十数メートルの距離を保つアスハが、パチンと指を鳴らす。


すると音を聞いた瞬間、横並びに立つ者達の内、八割を占める男性たちがビクリと肩を揺らし、ゆっくりとレナへと近付いていく。



「ハイ・アシッドについては、クシャナ・アルスタッドから聞いているな。我々はアシッドから進化した結果、個々に持ちうる固有能力が存在する」


「この者達を、貴様が操っているというのか? その固有能力とやらで」


「ああ。細かな条件や内容は教えんとしても、私にはそうした他者を自由自在に操る能力があると思えばいい――男共を操り、レナ・アルスタッドを襲わせ、凌辱も可能であると理解しろ」


「なるほど――理解はした」



 ヴァルキュリアは、自分の腰に巻かれるベルトを少し緩め、グラスパーを収めている鞘とベルトを繋げる固定紐を緩めると、剣を地面に放棄し、鞘を手に取った。


瞬間、ヴァルキュリアの姿がそこから消えた。


一瞬の内に、総勢二十八人にも及ぶ男女、その全員へと一打ずつ鞘で殴打し、脳を揺さぶる事により、全員を気絶させた。


その動きがあまりに速く――その一瞬を目で見ていた筈のファナも、見えぬ筈のアスハでさえも、一筋の汗を溢した。


 そして最後に、全員の気絶を確認したと言わんばかりにレナへと手を伸ばし、彼女の身柄を確保しようとしたヴァルキュリアであるが、それはアスハが許しはしない。


アスハによって振り込まれた刃を鞘で受け止め、舌打ちをしながらそれを弾き返した後、ファナの眼前へと滑り戻る。



「理解はしたが、これで主と拙僧らのみとなった。その理解は不要であろう」


「……驚いたな。早すぎて私にも認識出来なかったぞ。直接こちらへ来れば、その殺気と音で見抜ける筈だが」


「今の打撃は殺すつもりが無かった故な。ただ気絶させる為の一打、それに殺気が込められる筈も無かろう」



 だが――と口にしながら、先ほど地面へと置いたグラスパーを構え、刃をアスハへと向けるヴァルキュリア。



「次からはお望み通り、殺気を込めて斬りかかる。今、拙僧は頭に来ている。貴様の首を切り裂き、再生を果たすのならば幾度も殺してやりたいと願う程に……ッ!」


「私としても、そう強い言葉を使う女は嫌いじゃない――が、それよりも優先すべきは、メリー様の命だ」



 ヴァルキュリアとファナの二人は、Mの正体が、メリー・カオン・ハングダムという名前であるとはまだ知らない。


 しかしそんな事は関係がない。今、二人の頭にあるのは、いかにしてアスハを撃退し、レナの安全を確保するかである。


 だが、アスハはレナの下から離れる事は無く、また先ほどのようにヴァルキュリアの機動性を以てレナを確保しようとしても、その後に迎撃されてしまっては、ヴァルキュリアとしてもファナとレナ、二人を同時に守りながら動く事は、相手がアスハであれば難しい。


 状況は芳しくない。であれば――今まさに状況が伝わっていると思われる、クシャナ達の援護を待つ事も一つの方法である。



「何故、ファナ殿を狙う? 貴様らはファナ殿の事を知り得なかったのではないのか?」


「色々と整理するにつれ、ファナ・アルスタッドの持つ特異性に疑問を抱いてな。故にファナ・アルスタッドが不確定要素になる可能性を鑑み、抹殺を企てた、と言う事だ」


「であれば、ファナ殿を直接狙えば良い。勿論拙僧らも抵抗はするが、機会など幾らでもあった筈だ」


「勿論私も、お前たちが守っているだけならば幾らでもファナ・アルスタッドを殺す方法はある。だが、どうやらファナ・アルスタッドには、特異な力がある以外にも、秘密がありそうでな」



 ギロリと、視線をファナに向けるアスハ。


それは盲目の彼女にとっては記号的なものでしかないだろうが――それでも、その殺気を感じ取り、ファナもブルリと身体を震わせた。



「その秘密を知る一環として、レナ・アルスタッドにもご協力頂いた、というわけだ」


「罪の無い一般市民を使い、理想を叶えるか。貴様らは真に外道なテロ組織とでも言うべきか」


「我々からすれば、これは聖戦だ。勝つ事に意義があり、勝つ事の出来ぬ戦いに意味などない」

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