十王族-07
フェストラ・フレンツ・フォルディアスとガルファレット・ミサンガの二人人は、帝国城に設けられた十王族用の資料室へと出向いていた。
十王族用の資料室には過去数百年単位における王族に関連する情報の他に、このグロリア帝国という国において入手した情報が蓄積されている。それは首都・シュメルだけに留まらず、グロリア帝国内での事件や企業なども含めた情報はあるが――フェストラとガルファレットが出向いた場所は、この資料室の奥にある工房室だ。
聖ファスト学院にある特殊準備棟と同様に、帝国城における魔術工房としての機能が有されている。特殊準備棟よりも小さいのは、元々特殊準備棟はこの工房室をモデルに設計されたが故だ。
「なぜ工房室に?」
ガルファレットがフェストラに問うと、彼は「黙ってついてこい」とだけ述べた。
工房室へと至るまではどこに他人の耳があるか分からないから、という理由なのだろうが、それにしたって強引すぎると、ガルファレットがため息をついている間に、工房室へと至る一枚の重々しい扉の前に辿り着く。
フェストラの生体認証を終え、鍵が開かれると、そこには魔術観測用の機材が幾多も点在する部屋。
二者の入室と同時に、フェストラはすぐにドアに施錠を施す。内部からの施錠を施せば、外部から入ろうとしても使用中という事で入室は基本行えないようになっている。
「本当に来たね。それもご丁寧に、ガルファレットさんも連れて」
工房の奥、小さな机に高く積み上がらせた資料の前で、椅子に腰かけて資料を読み漁る女性の姿があった。
薄手のシャツと紺のハーフパンツ、そして銀色のマスクによって目が見えず、正体を晒さない――プロフェッサー・Kである。
「フェストラ、まさか」
「ああ、奴がプロフェッサー・ケーだ」
「だが彼女はどこかで見たような」
「聞かず、問わず、正体も探るな。彼女の正体は実に面倒だった」
フェストラとガルファレットに片時も視線を向ける事無く、プロフェッサー・Kは資料を読み進める目と指を止める事は無い。
彼女の前に椅子を用意し、腰掛けたフェストラが、問う。
「まず、ここで何を?」
「グロリア帝国における十王族の歴史、加えて過去の帝国王一覧を参照して、知らない人は調べたりしてるダケだよ」
「フェストラ、外部の人間にそんなものを見せては」
「構わん。プロフェッサー・ケーには可能な限り、多角的な情報を与えておきたい。どんな些細な事でもな。こちらとしても敵にならんのなら、せいぜい役に立って貰いたい」
今、手に持っていた資料を閉じたプロフェッサー・Kが、別の資料に手を伸ばしつつ、フェストラにではなくガルファレットに視線を向ける。
「初めまして……でいいのかな、ガルファレットさん」
「……ああ」
「私は貴方の事も調べてあります。貴方の中にある、力についてもね」
「それは、どうも」
挨拶を終えると、プロフェッサー・Kは再び視線を資料に戻し、文字を追いかけ脳に情報を詰め込む作業に戻っていく。
だが、インプットとアウトプットは別で処理が出来ると言わんばかりに、彼女は「何を知りたいのさ」と口を開いた。
「ガルファレットさんと挨拶をさせてくれた事、加えてこうして好き勝手、資料を読ませて貰ってる事もあるから、確かにお礼の一つくらいはしないと、とは思うんだけど」
「ファナ・アルスタッドの事、レナ・アルスタッドの事――そしてクシャナ・アルスタッドについて、聞きたい事は山ほどあるが」
「どれもフェストラ君には教えたくない事ばっかり。ていうか、教えた所でフェストラ君に何が出来るのかって感じ」
そもそも、と口にしながら、プロフェッサー・Kは今手に持つ資料を膝に置いたまま、別の資料を探すようにしていた。
フェストラは、彼女が読んでいた資料が帝国城における給仕職務に就いていた者の一覧であった事を見抜き、そこと繋がる使用人の詳細が記された資料を見つけ、彼女へ手渡した。
「私は帝国の夜明けにも、フェストラ君たちシックス・ブラッドにも手を貸すつもりはないよ。私が守りたいのはファナちゃんだけ。アマンナちゃんやヴァルキュリアちゃん、ガルファレットさんは個人的に好みだから助けてあげたいけど、それは気が向いたらって感じだね」
「先日も言ったが、オレがファナ・アルスタッドについてを知る事が出来れば、彼女を守る事に繋がるとしても?」
「それは命の保障でしょう? 私が守りたいのはファナちゃんの命だけじゃない、彼女の心そのものなんだよ」
「レナ・アルスタッドやクシャナ・アルスタッドについての情報も、ファナ・アルスタッドの心を蝕む要因になり得ると?」
「そうだよ。ファナちゃんはこれまで優しい世界に身を置き続けていた。これからもあの子には、そんな優しい世界で、優しい心を持ち続けていて欲しい。……私や君のような狂気に染まる事のないように」
ガルファレットは、フェストラとプロフェッサー・Kが何を話しているのか、それを理解できなかった。
しかしそれを理解する事が出来ずとも、言葉を聞き、覚えている事は出来る。
そして――その言葉の意味よりも、その言葉に根付いている感情を読み取る事も。
だから決して聞き逃す事の内容に押し黙っていたが――そこでフェストラが、ガルファレットに声をかけつつ、席を立つ。
「……という事だ。オレは大層、プロフェッサー・ケーに嫌われている」
「どうやら、そのようだな」
「ガルファレット、お前が聞いておきたい事を聞け。彼女がオレに話したくない事を聞いたとして、オレに伝えずとも構わない。その判断は二人でしろ。オレは少し席を外しておく」
ガルファレットの巨体を椅子に腰かけさせたフェストラが、工房の外へと向かっていく。
その背中が扉に隠れて見えなくなった所で、ため息をついてプロフェッサー・Kと向き合うガルファレット。
「聞きたい事、あるんですか?」
彼女がそう問いかけて来たので、ガルファレットは頭を掻きながら「色々と聞きたい事はあるが」と前置きをした上で……指を絡めつつ、項垂れ、彼が最も聞きたい事――しかし、今本当にコレを問うべきなのかと疑問する事を、聞く事とする。
「貴女は、今幾つだ?」
「……え、真っ先に年齢っ!?」
まさか聞かれると思っていなかった事を聞かれた、と言わんばかりに声を荒げ、思わず見ていた資料から目を離してしまうプロフェッサー・Kと、彼女の反応が面白かったガルファレットは、フフと微笑みながら、頷いた。
「随分と、貴女はフェストラを嫌っているように見えたのでな」
「……それが、どうして年齢の話と繋がるんです?」
「見た所、貴女は二十は超えた、それなりの大人と思える。そして貴女はフェストラその者が嫌いと言うより、フェストラの在り方を嫌っているともな」
「ええ、まぁ……フェストラ君も、ラウラさんも……ここに載っている十王族の人達も、過去の帝国王たちも……調べていくと、どうにもね」
「人を数字で見る者達だな」
適当な資料を手に取り、パラパラと捲るガルファレットの姿を、プロフェッサー・Kは見据えている。
彼が何を言いたいか、正体不明の謎が多い女性であっても……その真意を図る事が出来ずにいるのかもしれない。
「貴女がどんな立場の人間かは知る由もない。だが為政者とはそういうもので、何時如何なる時も、人の事を数字で見てしまう。国民の数、兵の数、議員の数、就職率や就学率……人を数で集計し、数で計り、時に人の技能や在り方を数値化し、その数値が基準値を超えれば良し、しかし超えすぎてもならぬと数字の書かれた紙と睨めっこする」
「ええ、そう。私は、そうありたくない。数字じゃなくて、人のそのものを見たい。国民が多い少ないじゃなくて、国民がどう在りたいかを願う姿が、兵達が苦しまずに済む在り方が、議員が決して自己や周囲の利益だけを望む事無く、一人ひとりが飢え苦しむ事無く、学びを分かち合う事の出来る、世界が欲しい」
「その気持ちは理解できる。オレもそうした願いを持つ一人だと思ってはいる。だが、上に立つ者が数字を忘れる事など出来はしない。国を守り、民を導くために必要な事として、紙に書かれた数値と睨めっこしなければ、得られないものもあるのだから」
マスクで顔が見えないプロフェッサー・Kの表情が、僅かに揺らめいた気がした。
ガルファレットとしても、こんな問答がしたいわけじゃない。しかししなければならないと、思ったのだ。
――彼は、ガルファレット・ミサンガは、教師だ。
――人にモノを教え、導くための聖職に就く者として、彼女へ語らなければならない、と。
「フェストラは、そしてこの国を束ねるラウラ王は、ある意味で狂気に染まっている。自国を守る為には時として自分さえも犠牲にする事を恐れない――為政者としては美しいかもしれないが、それは自分も含めた盤上を見据え、ボードゲームの駒を扱うかのように、人を扱う、人を数字で見る者の狂気だ」
「はい。だから私は、どうしてもこの国の人間を……ラウラさんも、フェストラ君も、十王族の在り方も……好きにはなれない」
「だが、フェストラはまだ十八歳の子供だ。そして彼は、幼い頃から十王族としての在り方を『そうであれ』と教育され、生きて来たんだ。
――ある意味、あの子はただ素直に生き過ぎた、純粋過ぎただけなのだと、他者の事を慮れる大人である筈の貴女が理解し、奴に教えようともせず拒絶するのは、少しあの子が可哀想だと思わんかな?」





