十王族-04
M――メリー・カオン・ハングダムは、彼ら【帝国の夜明け】が根城とする場所へと辿り着き、既にそこへ集まっていたドナリア・ファスト・グロリアとアスハ・ラインヘンバーに笑顔で挨拶を行った。
「やぁおはよう。昨日はあれから顔も見せずに申し訳ないね」
「おはようございます、M様」
「あぁ、もう私の正体と能力の半分はバレてしまったから、その仮称は止めてくれて構わないよ」
「何だと?」
メリーの言葉に反応を示すのは、椅子に腰掛けるドナリアである。
「お前、アイツ等に一人で接触したのか?」
「そうだよ、アマンナ君の偵察にね。私としては彼女の持つ技能がどうしても気になって。もう少し調査したかったのだが、あれ以上はもう半分の能力まで晒してしまう可能性があり、素直に撤退したというわけだよ」
「アマンナ――ハングダムの技能を叩き込まれた、シュレンツ分家の娘か。ハングダムの嫡子だったお前には、どうしても気になるって感じか?」
「ドナリア。私は気の長い方だと自分でも思うけれど、家の事を言われると、どうにもね――次は怒るよ?」
あっけらかんとした態度は変えず、笑顔でドナリアへそう忠告したメリーの言葉に、ドルイドは冷や汗と同時に顔を青白くさせ、頷いた。
しかしそこで、アスハが首を横に振りながら「私も分かりません」と言葉を挟み、メリーは彼女が見えていないと知りながらも、笑顔で振り返る。
「であれば何故、アマンナ・シュレンツ・フォルディアスの偵察を? 先日、グテントでアマンナ及びヴァルキュリアを殺さぬよう命じた事もそうです。我々には、理解が出来ぬことが幾つかあるのです」
「なに、アマンナ君への接触は、どうしても彼女の諜報能力に疑問点があったからだ。ハングダムの技術だけでは説明がつかない彼女の技能を知れるのなら、私の名前と能力の半分程度は知られても問題はない」
「それで、分かったって言うのか?」
「うーん、ちょっと微妙な所かな。恐らくは左右で異なる魔眼を持っていると思われるのだが、どういうものかの確証には至ってない」
メリーは近くに用意していた椅子に腰かけた上で、アスハが用意した紅茶に口を付けつつ「しかし」と言葉にした。
「確証に至っていないだけで、ある程度予想は立てられる。私の持つ認識阻害術に惑わされる事無く視認できるとなると、自然的・魔術的問わず、そうした干渉術を弾く性質の魔眼……不干渉とでも言うべき魔眼が、左右のどちらかにあると思われる」
「メリー様の能力、二十メートル圏より遠くから、認識阻害術が展開されているにも関わらず、お顔を視認された、という事ですね」
「うん、驚いた。もう闇雲に外へは出歩けないね。昨日行ったお店のコーヒー、美味しかったからまた行きたいのだけれど」
そしてもう一つの魔眼、左右のどちらかもう片方――これについては、メリーも首を傾げる。
「分からないね。彼女の超常的とも言える行動速度も、加えて私の顔も含めて周辺人物の顔を短時間で見抜く事も、全て並の魔眼じゃない事は確かなのだがね。そもそも魔眼の効果によってそれが成せているのか、彼女特有の固有魔術等があるんじゃないか、色々と仮説は立てられるが」
「そもそも魔眼なんつーのは、魔術回路の質を問わず超常的なモノを見ちまうもんだ。先天的な魔眼は本来見える筈の無いモノ……例えば神様まで視ちまうモノもあるらしい。フレアラス様とて見えるのかもしれん」
「何にせよフェストラ様が妹君であるとはいえ彼女を懇意にし、手元に置きたがるわけだ。彼女には今後も困らされる事が予想出来る。何せどう動けばいいかもわからないからね」
「とはいえこのまま手をこまねいてる訳にまいりません」
「血気盛んな事だね、アスハもドナリアも」
だがアスハの言う通り、あまり手をこまねいているわけにはいかないとは、メリー自身も理解している。
先日、メリーは自分の正体が知られた時点で、フェストラの率いる敵がどう動くかは考えていた。
Mがメリー・カオン・ハングダムという事を知った彼らは、恐らくハングダム家の人間……それもメリーの事を良く知る筈の、妹であるルト・クオン・ハングダムへと接触を図る筈だ。
そしてルトは、メリーの誰よりも近くにいた人間であり、その諜報能力だけ言ってしまえば、アマンナより優秀である事を彼自身が知っている。
「ルトがどう動くか、気になる所だね。それに、まだもう一つの疑問が残っている」
「疑問、ですか?」
「うん。――ファナ・アルスタッドについて」
ファナ・アルスタッド。その正体や謎については、ドナリアとアスハも、同様に疑問視していた。
前回の聖ファスト学院襲撃時より前から、フェストラも含めた全員がファナ・アルスタッドを執拗に警戒していた事は、この場に居た全員が理解している。
結果として彼女について、可能な限り調査をしたが――結果としてファナ・アルスタッドとレナ・アルスタッドには、クシャナ・アルスタッドとの親族関係があるという事しか情報を得る事は出来なかった。
強いて言えばファナ・アルスタッドにはレナ・アルスタッド及びクシャナ・アルスタッドの持たない魔術回路を有している事が一時疑問に浮かんだが、後の調査で彼女は捨て子であり、彼女を拾ったレナ・アルスタッドが自らの子供として育てている、という事だけだ。
「いや……今思えば、もう一つ疑問がある」
「もう一つ?」
「ファナ・アルスタッドの事で間違いはないけれど、以前アルスタッド家へ襲撃を仕掛けていた、トラーシュ・ブリデルについては覚えているかな?」
トラーシュ・ブリデルは、元々ドナリアが声をかけて【帝国の夜明け】へと勧誘を行った人材の一人だ。
元帝国警備隊第二諜報部の人間で、エンドラスの提唱する【汎用兵士育成計画】を支持していた事から、帝国の夜明けメンバーとして相応しいとしていた。
彼は度々アシッド・ギアを用いてアシッド化し、後数人ほどを食せばハイ・アシッドへの昇格も見込まれていた人物であったが――ドナリアによる聖ファスト学院襲撃の一日前、アルスタッド家へ襲撃を仕掛け、クシャナ・アルスタッドに処理されている。
「ちょっと待て、メリー。トラーシュの襲撃は、お前かアスハの指示じゃ無いのか?」
「いや、私ではないよ。アスハに覚えはあるかな?」
「いいえ、私もドナリアの指示で動いていたものかと思いましたが」
「驚いたな。彼は元々ドナリアが勧誘していた人材だったから、私もドナリアの指示で動いているものだと思っていたのだが。報告の必要性が分かる、いい教訓だ」
元々クシャナ・アルスタッドというイレギュラーが存在していなければ、彼らは早々にアシッドと言う超常的な力を用い、この国の混乱にまで漕ぎ着ける筈である。
故に彼らは以前の聖ファスト学院襲撃まで、こうして度々集い話し合う事などは皆無であった。
そして聖ファスト学院襲撃に際してドナリアもアスハも彼の独断を止める事は出来なかったし、止める必要も無いと考えていた。
クシャナ・アルスタッドさえ始末してしまえば問題が無いとしていた彼らにとって、ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスとアマンナ・シュレンツ・フォルディアスの戦力復帰は、想定外すぎるものだった。
あの敗北があったが故に、彼らは手を組む事の重要性を認識し直し、こうして集っていると言っても良い。
「ならトラーシュはどうして、アルスタッド家を襲った?」
「さて――だがタイミングとしては出来過ぎていると言わざるを得ないよね。彼女の警護としてヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスが同居を始めたその日に、彼が襲撃を仕掛けたんだ。彼なりに何か理由があるとしか考えられない」
「しかしメリー様、あの時トラーシュ・ブリデルはハイ・アシッドに限りなく近い人材でありましたが、思考や意思と呼べるモノまでは確立しておりませんでした。命じられる事がないまま、奴が率先してアルスタッド家を襲撃したという事は考えにくいかと思われます」
アスハの言う通り、トラーシュ・ブリデルは当時、彼ら三人が注目していたアシッドではあるが、彼ら野に放たれたアシッドはただ首都・シュメルにおける放牧をしていただけだ。
トラーシュはそれまで、運よくクシャナ・アルスタッドによる討伐から逃れ、多く人の肉を喰らってハイ・アシッドに近い存在に至れていただけで、一つ何かが異なれば、彼が他の面々より早く討伐されていた可能性もある。
「彼をあの家に差し向けた、何者か……第三勢力があるとしか思えない」
そしてその第三勢力は、限りなく【帝国の夜明け】と近しい存在、もしくはその存在を知り得、トラーシュというアシッドを動かせる存在としか思えない。
殆ど理性を失っている状態のトラーシュに命じられるほどの、彼らの信仰を受けている者――。
「……ふふ。あり得ないか」
思考を回し、それをあり得ないと一蹴しつつ、しかし無視できない問題だと心に秘めたメリーは、アスハへと声をかける。
「アスハ、一つお願いがある」
「何なりとお申し付けください」
耳を近付けた彼女に耳打ちをし、彼女は数分ほど黙ってそれを聞いていたが――後に頷き、彼へ頭を下げる。
「承りました。この身体朽ちる事があろうとも、その命を全う致します」
「気負わずとも君ならば完遂出来る――と、言いたいけど、十分注意しつつ望んでくれ。マズいと思えば撤退は何時でも許可する」
「ハッ」
失礼いたしますと口にしながら、彼らの根城より出ていくアスハを見送ったメリー。
ドナリアはメリーへ「何故アイツだけなんだ」と文句を漏らしたが「君はまだ全快じゃないからね」と理由をすぐに答えた。彼が不満を覚える事は想定済みだった、というわけだ。
「それに、ああは言ったけど、アスハの能力を以てすれば、あの程度の仕事は容易いさ」
「何を命じたんだ?」
「ファナ・アルスタッドの殺害だよ――第三勢力がもし彼女に関係するのなら、どういう形であれ姿を現す筈だ。その正体を知る、いい機会だ」





