十王族-03
複雑と言う言葉が似合う何とも言えない表情を浮かべ、そこで彼女は僅かに笑みを溢す。
お茶を一口飲んで、フェストラと同じく喉を潤わせたルトは、湯飲みを置きながら「それで」と口調と顔つきを、普段のものへ変えた。
「兄さんが生きていて、帝国の夜明けというテロ組織に関わっている……つまり、私たちハングダム家も疑われている、という事で良いのかしら?」
「申し訳ない。だが事は急を要し、そしてオレ達には情報を吟味して調べている余裕もない。帝国の夜明けは、それだけ尻尾を掴ませない組織でもある」
「そんなに謝らないで頂戴。十王族の中でも次期帝国王最有力候補が、私のような最も権力を持たない家柄の女に頭を下げれば、頭と一緒に株も下げる事となるわ」
ルトは一度立ち上がり、面談室の窓にカーテンをかけ、周りから見える事のないようにしつつ、机の下等に盗聴器が無いか、等を調査。
問題が無い事を確認した上で、今一度自分の席に腰掛けつつ、カバンの中から、幾枚の紙が束となっている資料にも似たものを取り出した。
「貴方は以前、私たち十王族の中に帝国の夜明けと繋がりがある可能性を鑑みて、私達に情報を流さないとしていたわね」
「ああ」
「それには私も同感よ。加えてあの人達は皆、情報と言うカードを、持つだけで力になると勘違いしている。だから扱いが雑になるし、セキュリティ意識など皆無と言ってもいい」
「貴女は違うというのか?」
「この資料を読んでみれば分かるかもしれないわね」
受け取った資料の表紙には何も書かれていない。
しかし、一枚めくると、そこにはレナ・アルスタッドに関連する情報が、所せましと記載されており……フェストラやアマンナの知らない、ラウラ王との繋がりも記載されていた。
レナ・アルスタッドは当時、帝国魔術師として活動していたエンドラスと同様に、彼の周辺で働いていた。
エンドラスがラウラの防衛を主な職務としていたとすれば、レナは彼の身の回りについての世話をしていたと言っても過言ではなく、男女の関係はともかく、互いに信頼のおける存在であったと思われる。
加えて……クシャナ・アルスタッドについての情報も。
彼女の血液などから採取できるDNA情報などはやはりアシッド化の影響もあり調べても詳細は不明であったようだが、代わりに出産記録等の情報が。
クシャナ・アルスタッドは――誕生当時、疾病を幾つも持ち合わせており、生存が非常に危ぶまれていたとされている。
その治療費等のケアをしていた人物こそが……ラウラ・ファスト・グロリアであるらしい。
「この情報は、どこから?」
「貴方もアマンナもまだまだ子供だと思ったわ。ラウラ王について調べていれば、この程度の情報は幾らでも出せるのに、それをしないなんてね」
「ラウラ王の身辺調査を行った、という事か。そして、オレ達がレナ・アルスタッドについて調査している事も」
「ええ。ハングダム家はそうした内偵を主な職務とし、必要であれば王であっても討つ必要がある。――貴方は他の十王族を随分と下げた発言をしていたけれど、私からしたら、貴方達シックス・ブラッドという組織も情報取得・管理能力が甘いと感じるわね」
フェストラが、十王族の中で一番危険視している存在は、ルト・クオン・ハングダムという女性である。
その理由は間違いなく――彼女を敵に回す事の重要性を理解しているからであり、他の十王族は、彼女を「便利屋」程度にしか認識していない。
彼女という技能を有するだけで、国を獲る事も可能になるというのに……皆、彼女の優位性を見ていないかのように扱う。
否――彼女がそうあるように、自らを演じているから、そうなるのだ。
「敵に兄さんがいるのなら、これまで帝国の夜明けが尻尾を見せなかった事にも、色々と納得がいくわ」
「というと?」
「兄さんはハングダムの技術を全てその身に宿してる。調査においても、数多の技術収拾に関しても、兄さんが動けばそれだけ、発見されぬようにする事が可能になる――彼に対抗できるのは、魔眼を持ちあらゆる干渉を無効化出来る、アマンナだけよ」
「貴女にも彼を見つける事は出来ないと?」
「あの人が尻尾を出す可能性は、無いに等しいわ。……けれど、あの人以外の人間が動けば、どうでしょうね」
二枚の紙が取り出される。それはドナリア・ファスト・グロリアと、アスハ・ラインヘンバーの二人が、それぞれ十七年以上前に撮影された写真であり、フェストラはより冷や汗を流し、顎に手を当てる。
「……ドナリアはともかく、アスハ・ラインヘンバーについては、どこで?」
彼女と帝国警備隊は繋がりがある。そして帝国警備隊特務捜査課一班は、ドナリアが起こした聖ファスト学院襲撃事件における対応を行っていた。彼らから情報を得る事は可能だろう。
だが、アスハ・ラインヘンバーについては、フェストラの息のかかった部下にしか知られていない筈だ。
「貴方とアマンナが調査している動きを見れば、大体どの辺りの人物が怪しいかは分かる。そして大体怪しい人物が分かれば、そこから消去法で洗い出す事は可能だわ。特に、ドナリアとの共通点が多いアスハ・ラインヘンバーについてはね」
シックス・ブラッドは、主にフェストラとアマンナの両者が調査を担当する。ガルファレットが行う場合もあるが、その技能に優れている、また権限を多く持つ人材が、二人しかいないという難点もある。
「フェストラ君は他者を信じすぎない所があるわ。もう少し他者を使えば目くらましにもなる。恐らく、兄さんはフェストラ君の動きを見て、貴方達の行動を予測しているわ」
「耳が痛い話だ。以後気を付ける事とする」
机に広がった幾つかの捜査資料、それらを回収してカバンにしまったルトが、話を戻すように、声のトーンも僅かに変える。
「残念な事に、私は貴方の持つ疑いを晴らす事は出来ない。何せ兄さんとの関わりを証拠も含め、証明が出来ないもの。けれど私としても……貴方達シックス・ブラッドという組織が白と言えないのよ」
ルトがフェストラを見る目は、僅かに疑いが含まれている。フェストラも同様で、互いは互いの有する組織などを危険視し、疑っているという事だ。
「オレが怪しいと踏んでいる、というわけか?」
「そうね。いえ、正確に言えば貴方も含めたシックス・ブラッドという組織全体ね。貴方も、アマンナも、ガルファレット君も……そしてヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスちゃんも少し怪しい所。全員が全員、帝国の夜明けに協力していてもおかしくないわ」
「オレは現体制の失脚を狙い、アマンナはオレを妄信しているからその手助け。ガルファレットは元々この国の在り様に疑問を持ち、ヴァルキュリアはエンドラスの娘……なるほど。確かに帝国の夜明けと手を組み、意図して奴らの情報を隠蔽していると勘ぐられてもおかしくはない」
ルトもプロである。本来であればそうした情報等を、怪しいと感じているフェストラに言い触らす理由も無いだろう。
しかしこうして、多少ではあるが情報を差し出しているという事は、ある程度疑いを晴らしていると考えても良いだろう。
「だから、どうかしら。――ここからは相互監視の下、互いに協力し合うっていうのは。勿論、持ち得る情報を公開するかどうかは、各々で決める。貴方が私を怪しいと思えば、手を切ってくれても構わない」
「そしてそれは、そちらも同じ事……か。悪くない」
シックス・ブラッド側としては、持ち得る情報が流出する可能性も鑑みなければならないが、ルトやその下に就く彼女が信用している部下達が情報収集と言う面で役立つ事は間違いない。
ルト達もフェストラを含めたシックス・ブラッドに監視させる事で疑いを晴らす事にも繋がり、また自分たちもシックス・ブラッドを監視できる。
「良いだろう。こちらとしてもそちらの力を借りる事が出来るのはありがたい」
「嬉しいわ。それに私も、どうも敵について調べる内に腑に落ちない事が多かったから。聞かせてくれるとありがたいわ」
「なら、一つ調査を頼みたい」
湯飲み以外のモノがなくなった机に、人差し指程度の長さがある、長方形型の箱が置かれた。
先日、M――メリー・カオン・ハングダムがクシャナに差し出したアシッド・ギアであり、フェストラはコレをルトに渡した上で「敵の持ち得る技術の一つだ」と説明をした。
「生物をアシッドと呼ばれる超常的な存在に変質させる事の出来るものだ。危険なものである為に、扱いは厳重に管理しておいてほしい」
「コレを何故私に?」
「このアシッド・ギアと呼ばれるものは、かつて帝国の夜明けが魔導機製造メーカーであるグテントの帝国魔術師に作らせていたが、今は組織内で製造できる状況らしい。その製造所や製造後の搬入場所もしくは経路などを調査してほしい」
「なるほど――これは部下に一任せず、私の方で調査した方が良い案件ね」
手袋を付けた状態で封をする事の出来る透明な袋へとアシッド・ギアを入れたルトは、それを懐にしまった上で、それを了承した。
「なら聞かせて貰うわ。貴方達が持ち得る情報――アシッドと呼ばれる存在の事を」
フェストラは頷きながら、まずは事の始まり……クシャナ・アルスタッドとの出会いから、彼女へ語る事とした。
その語りの中で……ルトがアマンナの事を聞く度に、表情を綻ばせていた事を、フェストラは見逃さなかった。





