十王族-01
カルファス・ヴ・リ・レアルタという女性は、そもそもが「人という括りで計る事が出来ない狂人」という言葉が似合う女性と言っても良い。
世界で最高位の魔術回路である第七世代魔術回路……その中で最も第八世代魔術回路に近いとされる、7.3世代回路と言われている。
第六世代魔術回路を持ち得る父・ヴィンセントと、母・タミストの間に産まれた彼女の身に宿った魔術回路は、品種改良として最も好例と表現しても余りある才能であり、魔術師の多くが「彼女を超える事は出来ない」と崇める程の逸材である。
それ故に――彼女は幼い頃から、多くの魔術師・対魔師に命を狙われた。
彼女の持つ魔術回路を摘出し売りに出す事が出来れば、おおよそ人生を幾十と繰り返しても余りある金を手にする事が出来る。
彼女の持つ魔術回路を自らに移植する事が出来れば、彼女と同じ力を手にする事が出来る。
そうした野心を持った人間に幼い頃から狙われ続けた結果として、彼女は全て返り討ち、その者たちの持つ魔術回路や技術を全て我が物とし、より力を蓄え続けた。
そんな彼女を除き、この世に確認されている第七世代魔術回路を持つ三人は、カルファスの事をそれぞれ印象として述べている。
大国・リュナスの姫であるミラジャ・カーチャは「カルファスという女を表現するとすれば、それは世界である」と。
東方の国・ニージャの戦乙女と称されるアマテラス・ランマは「彼女という存在がこの世にある事こそが恐怖である」と。
侵略国家・グロリア帝国の帝国王として名高いラウラ・ファスト・グロリアは「カルファスが世界をその手に握ろうとしたその時、この世界は終わるのである」と。
各々は各々で、その類稀なる才覚を持つ。
その彼らを以てしても、カルファスと言う脅威に対抗する事は出来ないと、そう認めている。
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「フェストラ君はさぁ、どうして王様になろうとするわけ?」
三年前の事。レアルタ皇国においてカルファスの統治するカルファス領に出向く必要があったフェストラが、招かれた彼女の工房でそう問われたのだ。
この時、フェストラは十五歳、カルファスはまだ誕生月が来ていない関係上、二十二歳の頃である。
「そもそも私はグロリア帝国における王位継承がどういうシステムになっているかは知らないんだけど、フェストラ君は王になるべくして生まれでもしたの?」
「はい。私は王となる責務を以て生まれました。そして私もまた、王としてグロリア帝国という祖国をより良き容とするには、私による統治が必要であると自負しております」
「随分と自信家だなぁ。なら君は王となって何をするの?」
「まずは教育システムの一新であります。今は公的な教育機関が聖ファスト学院しかない状況でありますので」
「ああ、そういう実務的なモノじゃなくてさ――そうだね。王様になって、君はどう在るの?」
「どう……在るか、ですか?」
「うん。具体的な事なんて、なってから考えればいい。その時にね。でもそれよりも大切な事は、何よりも【在り方】だよ」
その言葉を聞いた時、フェストラには理解する事が出来なかった。
ただ彼女なりの抽象的な表現であったのか、それとも哲学的な問いかけなのか、それを上手く理解できなかったから――フェストラは、心の底から望む、未来の容を述べる。
「いずれ……否、今まさにグロリア帝国は、変革を迎えようとしているのです。異なる人種、言語、宗教を受け入れる土壌を作れるか否か……人が人を区分する時代から、同じ人間であるという大きな括りで統一されるか否か、その未来に至れるのかどうか」
「フレアラス教国家だものね、グロリア帝国は。表立ったものはなくても、宗教的な差別や内紛はある、か。じゃあフェストラ君はそれを望むの? 変革を、そして統一された人類の容という未来を」
「私はただ選ぶだけです。停滞か、変革か等はどちらでも構いません。私の守るべき民が、最も安寧なる未来へと至る道……オレは、そうした道を誤らず、選択する事が出来ると自負している」
自らの意志ではない。
国の、国に暮らす民の、輝かしい未来へと至る為の道筋を選ぶ時、誤らず、正しい道を示す。
それがどんな未来でも構わない、ただ民が平穏に過ごせる世界へと至る道であれば良い。
――時に自分の身体が朽ち果てる選択であっても、己を顧みず国の未来を選ぶ。
その願いは、尊ばれるべきであるはずだ。
その祈りは、祝福されるべきであるはずだ。
彼は、自らの望みを、自らが望む未来の容を、そう包み隠す事無く表現する。
だが――カルファスは、彼の言葉を聞いて、まぶたを僅かに落として項垂れた。
心の底から……フェストラの言葉に、失望したかのように。
「君には力がある。知恵もある。国を率いるだけの才能も、全てを持ってる。……でも、ゴメン。私は、君が嫌いだよ」
「何故でしょう」
「ラウラさんもそうなんだけどさぁ。いざという時に自分さえも犠牲に出来る人ってのは、人を数でしか見ていない。そういう人がする選択は――人の在り方を間違わせるんだ」
「ならば貴女は間違えないと?」
「私はもう間違えた後なんだよ。これから先もきっと、私は間違い続ける。……私は自分が狂人だと理解している。だからこそ、同じ狂人であるラウラさんや君が、嫌いなんだ」
彼女の言葉は、十八となったフェストラでさえも上手く理解できないでいる。
狂人の彼女に何故、自分や帝国王・ラウラが、狂人と呼ばれるのかも。
――彼女が何をどう間違えたのかも、理解できていない。
**
「じゃあアマンナちゃん、行くよ。はい『あ』」
「『ア』」
「良し、じゃあ『い』」
「『イ』」
「いいよ。『う』」
「『ウゥ』」
「うーん、まぁいいか。『え』」
「『エェィ』」
「ううむ、これを良いとしていいか分からないけど、最後。『お』」
「『ウォゥ』」
「いやぁ、コレは違うね。wowって言っちゃってるし」
Mと遭遇してゲームをする事になった翌日、私とアマンナちゃんは帝国城のフェストラが使用する執務室へと訪れていた。
正確に言うと私が訪れた時には先にアマンナちゃんがいて、アマンナちゃんに先日全然教えられなかった、日本の事を教える予定だったのだが……。
「ニッポンの言語を、教えてください」
そう言ったアマンナちゃんの要望に応える形で、まずは『あいうえお』を教えているのだ。
「発音が、難しいですね……」
「舌とか色々関係してるしね。あまり気負わずに続けて行けば、その内綺麗に発音できるようになるよ。……まぁその意味があるかどうかも分からないけど」
言語と並行して地球の文化や歴史などを伝えて良ければ良いだろうし、その際に言語が分かる事は確かに好ましいので了承したが、そもそもこの地球に関する情報を教えるのは、あくまでプロフェッサー・Kを呼び込む為の時間潰しみたいな所もある。
「そう言えば、事前にフェストラへMの正体については伝えたの?」
「……はい。昨日、あれからすぐに戻り、お伝えを。クシャナさまは、ヴァルキュリアさまやファナさまにお伝えは?」
「いや、してないよ。私はそのメリー・カオン・ハングダムって名前も、ハングダム家っていう十王族についてもあまり知らないし、後々正確に知る事が出来るなら私から伝えられるより、そっちの方が良い」
十王族の名は確かにある程度知っているけれど、私が知っている所だと、三つ。
フェストラやアマンナちゃんのフォルディアス家。
産業省長官、トリース・ガリュ・エスタンブールの率いる、エスタンブール家。
外務省長官、ウォング・レイト・オーガムの率いるオーガム家。
それ以外だと新聞などでも拝見する事があまり無く、家名だけは知ってるけど当主までは知らないという家が多い。
ハングダム家はまさにこの典型で、十王族の中でどういう地位にあるのか、そもそも十王族というのがどういう括りを以て選択されたのか、それさえも分からないでいる。
「アマンナちゃん。ちょっと聞きたいんだけど……十王族って名前は知ってるけどさ、厳密に言うとどんな王族なの?」
「ええ、まぁ、正直一般の方だと、そうだと思います……簡単に言えば、これまで千年以上続いてきた、グロリア帝国における、枝葉分かれしている王族家系……と言えば、分かりやすい、かと」
「枝葉分かれか」
家系図とかを想像すれば分かりやすいかもしれないけど、それが十の家系となると、ちょっと想像がつかない。
「えっと、例えば……おこがましいかもしれないんですけど、例えばお兄さまが帝国王であったとして、その妹であるわたしが、子供を作ったら……わたしとその子は、王族になる、わけです」
「まぁ、そうだね」
「それも、お兄さまと直接的に血の繋がりのある、子供という事になるので……十王族の中で最も、血が濃い事の証明になります。でも、お兄さまがご結婚なされて、子供を作ったら……その子が一番、血の繋がりが濃い事になり、一番の帝国王候補になる……その現帝国王との血が濃い順番に並べ、十番以内に入った家系が、十王族、というわけ、です」
「じゃあ決まった帝国王次第で十王族も順番とか、十王族の家系そのものが変わる可能性もあるんだ」
「そう、ですね。そこまで大きく変わる事は、殆ど無いんですけど……」





