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クシャナ・アルスタッドという女-06

(けど、コイツには分からせてやる必要がある。私を、アルステラ・クラウスという女を敵に回すという事が、どれだけ恐ろしい事か)



 アルステラはヴァルキュリアへと近付き、彼女の肩に手を乗せる。



「分かったかしら? ヴァルキュリアさん。この庶民は、私たちのように魔術的な身体強化も出来ず、ここにいるのよ」



 剣術学部の授業に、本来は身体を魔術で強化する必要は無い。だが、身体強化を施す事で授業についていける場合は、その使用は許可されている。


アルステラ以外の生徒たちも、元々上流階級の生まれであったり、軍人家系の生まれという事もあって、魔術の素養がある。故に身体強化魔術を授業の際には使用する事も可能だ。


 特に能力が低いクシャナは、そうした魔術強化を使えた方が良いのだが、彼女は魔術を使役する為の魔術回路を有していない。つまり、それだけ彼女は授業についていけない可能性が高まるのだ。



「私も、庶民だろうが能力ある者を卑下しようとは思わないわ。けれどこの庶民は違う、能力も実力も無い者と共に学ぶ事となれば、それだけ私たちの学びも遅くなる。それに怒る事は決して間違いではないでしょう?」


「間違いとは言わぬが、学業や勉学は出来ぬ事を出来るようにするという側面も存在するのである。故に拙僧はクシャナ殿が出来るように応援する事もやぶさかではない!」


「う、嬉しいんだけどねぇ……わ、私、もう足が、ガクガクしてて……動け、動けな……っ」



 生まれたての小鹿にも似た動きで立ち上がろうとするクシャナにため息をつきながら、アルステラはヴァルキュリアと手を繋いで「行きましょう」と指示をする。


 ヴァルキュリアはクシャナに最後まで心配そうな視線を送っていたが……。



「甘やかすのも良くないわ」



 そう言ったアルステラの言葉にも一理あると考えたのか、グッと顎を引いてクシャナを置いて、二人一緒に更衣室へと向かう。


運動用の衣服を脱ぎながら、アルステラは未だに少し心配そうな表情を浮かべているヴァルキュリアに問いかける。



「ヴァルキュリアさんは少し、あの庶民に気を向け過ぎよ」


「そうであろうか?」


「ええ。あの人と何があったかは知らないけれど、いくら立場が下の者を気に掛けると言っても限度があるわ」


「立場の如何等は特に考えてはいないのだが」


「そう、そこよ。貴女はそこが騎士らしくないの」



 指を立てて、彼女の鼻先へと伸ばす。すると彼女が言葉を止めるので、アルステラは言葉を連ねていく。



「いい? 貴女も私も騎士となる。あの平民の様な下流階級の者を守る責務も、勿論存在するわ。けれど、だからと言って必要以上に介入すれば、それはそれで宜しくないの」


「何故であろうか?」


「上の者は上の者らしく、下の者は下の者らしく在らねばならないの。それが産まれた家や階級の定めであり、役割でもあるからね。時に施しも良いでしょう、けれど施しも過ぎれば乞食を産むのだから」



 アルステラの言葉を受け、考えるようにするヴァルキュリア。上の下着姿で考え込む彼女は何とも清楚に見えたが――彼女を見て、アルステラはニヤリと笑む。



「ねぇヴァルキュリアさん。授業終わり、帰りに少し寄り道をしない?」


「寄り道、であるか?」


「ええ。寄り道は特に校則違反では無かったと思うけれど?」


「構わないが、何処へ行くと言うのであるか?」


「私のお気に入りの場所、紹介してあげる。貴女とは仲良くしておきたいもの」



 良いでしょ? と、彼女の柔肌に触れようとするも、ヴァルキュリアはその手を弾きながら、しかし頷いた。



「うむ。あまり意味も無く出歩く事に意味も見出せぬが、しかし良い経験にはなろう。アルステラ殿、よろしく頼むのである」


「ええ、貴女に最高の娯楽を教えてあげるわ」



 微笑みながら、先に更衣室を出ていくアルステラだったが、すれ違いざま、壁伝いに足を震わせながらやってきたクシャナが会釈すると、彼女はプイと顔をそっぽ向けて去ってしまう。



「アルステラちゃんは高飛車系お嬢様だねぇ」


「未だに足が震えているが、大丈夫であるか?」


「うん、大丈夫大丈夫。おっぱい大きい子がいればその子の胸に誤って倒れたいけれど、残念ながらこの五学年には私より大きい子いないから」


「嫌われるのはそういう所でもあるぞクシャナ殿……」



 ため息をつきながら更衣室のロッカーを閉めたヴァルキュリアが、着替え始めるクシャナへ報告する。



「そう言えば、アルステラ殿に帰り、寄り道をしようと誘われたのである」


「……そうか、仲良き事は良い事だよ」



 言葉に僅かな空白こそ生まれたが、恐らくクシャナも良い事だとは思っているだろう。笑顔で頷く彼女に、ヴァルキュリアも頷いた。



「どうにも拙僧は、友人と言う関係に恵まれなんだ。アルステラ殿とも対等な関係を築ければ良いのだが」


「出来るさ。君は生真面目だけれど、その分言葉に嘘が無い。その性格は美徳だから、誇ると良いよ」



 でも、と言いながら、クシャナが僅かに笑みを崩す。



「少し心配だな。君の正直で真っすぐな性格故に、何時か悪い大人とかに騙されないか、とね」


「クシャナ殿は、歳に似合わぬ事を言うであるな」


「何せ精神年齢は大人だからね。妹もいるから、少し心配性な所があるんだよ」



 震える足で着替え終わったクシャナ。彼女はそこでロッカーから小さなコンバットナイフを取り出し、懐に備えた。



「それがクシャナ殿の得物であるか?」


「うん? ああ、大きい剣はどうにも振り慣れなくてね。これならば扱いやすい」



 鞘を抜き、空間を斬るようにナイフを逆手持ちで振るうクシャナが、ヴァルキュリアが腰に携える一本の剣を見据える。



「ヴァルキュリアちゃんの剣はあまり見た事の無い飾りがあるけれど、特注かな?」


「如何にも、父が注文し、拙僧の魔術回路に合わせて作られたグラッファレント合金製であるぞ」


「グラッファレント合金というと、あのマナを浸透させやすいとかいう、お高い合金鋼か。私は知らないが、リスタバリオスという家は随分と大きい家のようだな」


「大したことは無い。父も母も、ただ武人であろうとして富を得ただけであり、拙僧は二人の名を汚さぬようにしているだけであるからな」



 と、そう話している内に、次の授業が後五分で始まる鐘が響いた。次の授業は教室で行われる為、クシャナが表情を青くする。



「……ヴァルキュリアちゃん、先に行って先生に私の現状伝えておいてくれない?」


「承ったのである」



 苦笑しながら、先んじて更衣室を出ていくヴァルキュリア。


彼女の背を見届けながら――クシャナは震える足を何とか動かしながら、教室へと向かう。



 そうしている彼女の前に、一人の少女が立つ。


アマンナ・シュレンツ・フォルディアスだ。



「……クシャナさま、放課後は」


「ああ、ヴァルキュリアちゃんとアルステラちゃんの動向を追って欲しい。……あまり信じたくはないけれど、君の調査資料が正しかった場合、ヴァルキュリアちゃんも大変な事になる」


「はい……その、大丈夫ですか?」


「あー……手を貸して欲しいかなぁ?」



 その小鹿のような足に、普段周りへ気をかける事の無いアマンナさえも、心配そうにしている。



「……もう少し身体鍛えるかぁ」


「……それが、良いかな、と……」



 騎士と言う存在には興味が無いけれど、周りに迷惑をかける事は避けねばならないから。


クシャナは自分を戒めるように、そう決意するのである。



**



グロリア帝国首都・シュメルは、首都防衛の観点から入り組んだ細い道が多い。


千年前の国家設立から用いられているグロリア帝国城を中心として、商業区画、住宅区画、農耕区画、工業区画と分かれ、そのいずれとも独立した形で壁を形成し、そびえ立つ存在こそが聖ファスト学院である。


聖ファスト学院を共に出る事となったヴァルキュリアとアルステラの二人が向かったのは、工業区画方面であり、そちらは普段若者には縁の無い方角。


 ヴァルキュリアとて普段は所用の買い物等で寄り道をする事があり、その際には商業区画へと出向くものだが、工業区画へと向かう学院生徒を見るのは初めてかもしれない。



「アルステラ殿? そちらには拙僧らが行っても寄り道となるような場所は何も」


「いいのよ。こっちで合っているから」



 確かに自然とそちらへと向かうものだから、他の生徒は一切、二人に気を留める事が無い。


もしかしたらヴァルキュリアが勉強不足なだけで、学生が楽しめる何かが工業区画にはあるのかもしれない……そう考えて、黙って彼女へついていく事にする。


工業区画は、主に魔導機の大量生産とその流通、及び技術試験などをする際に用いられる区画だが、その工場群とは少し離れた場所に、工業区画で作業する者たちが住まう集合住宅群がある。


普段、綺麗な家宅に住まうヴァルキュリアの家とは異なり、煤やゴミ等で汚れて衛生面等考えていない外観の集合住宅群を通っていくアルステラに、ヴァルキュリアは堪えきれず、問う事にする。



「あ、アルステラ殿? ここには一体何の用で」


「簡単よ。庶民の生活を知る社会勉強になるの」


「社会勉強、とな?」


「そう。ヴァルキュリアさん、貴女こうした工業労働者が、シュメルに住まう人口の何割を占めているか知っているかしら?」


「……二割、程度だろうか?」


「五割よ。そして商業区画での一般企業勤め及び、その配偶者を含めて八割。農民は昨今の自動化に伴い多くが失業し、今では少しの補助金で細々と暮らしをせざるを得ない」



 つまり、アルステラやヴァルキュリアのように、皇国軍人家系の人間が、反対に二割程度しか存在せず、彼ら下流階級の人間がいなければ、上流階級の人間は生活もままならないのだと、アルステラは語る。



「私たち上流階級の人間はそれを自覚し、何時だって下流階級の人間を守る為に行動するべきじゃないかしら」


「り、立派な心掛けであるな」


「でしょう? でも、まだ子供の私たちに出来る事などたかが知れているわ。そう、お金を落として下流階級の経済を回す事。それも施しとしてお金を落とすんじゃなく、ちゃんとした買い物をする事で、ね」

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