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アマンナ・シュレンツ・フォルディアスという妹-10

 Mという男は、他者を図ったり他者の実力を調べる……帝国の夜明けという組織においては参謀や諜報を生業とする男であると予想出来る。


だが大胆にも自分一人だけで行動し、こうしてゲームを提案するなど、大胆不敵な特徴も存在。


そうした者が提案するゲームは、概ね公正なモノになるだろうとアマンナちゃんは仮定した。


 加えてクリアが出来なくても、こちらとしては痛手が無い。つまり、敵がルールを尊重するという前提で行動すれば良く、相手がルールを尊重しない行動をしたとしても、ただクリアできないというだけであるとしている。



「わたし達がクリア出来るように調整し、クリアされても奴が逃げる事の出来る状況や、その際にわたし達へ与えても良い情報・技術だけを使用する――抜け目のない者のやり口と予想出来ます」



 目を細めながら、周りを見渡すアマンナちゃんは、懐から小さな紙を取り出した。


それはシュメル構内の地図であるが、その中から店の場所を確認、目測で一キロ圏内の丸を書き、加えて徒歩での移動可能圏内を割り出した。



「店を出た後、あの男は可能な限り目立たないように行動する事でしょう。つまり、走ったり早歩き等の事はせず、周りの人々と同じ歩行ペースを守る筈」


「となると、より見つけづらいね」


「潜伏場所をある程度絞れるという事でもあります。周囲の歩行ペースでここから移動するとなると――」



 周囲の人間を見据え、平均的な歩行スピードを瞬時に計算、その平均値から割り出した移動距離を割り出したアマンナちゃんは、現時点において店からおおよそ三十メートル圏が、奴の潜伏可能場所と推察。


 そして時間が経過すれば経過する程、そこからどんどん移動していき、五分後にはそこからさらに離脱する可能性も十分ある。


そうなればもうフェストラの私兵を総動員して調査しても捕捉は難しいだろう。ゲームどころかその後の調査も無意味となり、またわたし達は帝国の夜明けに関する情報を何も得ず、帰る事となる。



「クシャナさま、エムと言う男の身体的特徴は、以前お話しいただいた中肉中背……という事でよろしかったでしょうか?」


「……いや、違った。以前は特徴的な部分が無いとしていたけど、今回は随分と色男に見えたよ」


「なるほど。わたしには随分、美的感覚の無い顔立ちに思えました」



 美的感覚の無い顔立ち、その表現がちょっと面白かったけど、不細工って言いたかったのかな?



「魔晶痕は確認できず、また以前クシャナさまに与えていた情報とは、異なる身体的特徴。加えて以前よりも長時間かつ、多角的な角度から見て、これだけ身体的特徴が異なる……なら敵の持つ技術は……きっと……」



 彼女が呟く言葉を理解できず首を傾げる私に、アマンナちゃんは十秒ほど思考を回し、わたしへ掌を向ける。



「クシャナさま、少しご協力を、お願いしてもよろしいですか?」


「え……協力?」


「人々の、足を止める為のご協力です。……痛いかも、しれないですけど」



 マジで、マジで嫌ーな予感がする。


私はその予感を感じながらも……アマンナちゃんの真剣な眼差しに「嫌だ」という事が出来ず、ため息をつきながら認識阻害を行う魔導機を、返却した。



**



Mという男が先ほどまで来ていた上着を脱ぎ、近くの路地裏に捨てる事で表通りへと出た。


 今彼が着ているのは一般的な中年男性が着る紺色をベースとした衣服で、シンプルな見た目で特徴と言う特徴が無い。


そして先ほどまでいた店を中心に、周囲の移動スピードを目視で確認、平均値を割り出した歩行スピードを維持した状態で、移動を開始。


ここまでは予定通りで、これより先は彼女達の動きによって行動を変える必要があるが――Mはただ笑みを浮かべながら、まずは近くの屋台に出向き、コーヒーを注文。金を払いながらカップを受け取り、近くの椅子に腰かけて一口、それを飲んだ。



(アマンナ・シュレンツ・フォルディアスの認識阻害術以外、その戦闘技能や諜報能力にも不明な点が多い)



 今いる場所は先ほどの店から三十メートル圏内。少しでも足を止めずに移動する方が、このゲームに関しては有利に働く。しかし急げば急ぐでアマンナに発見される確率は高くなり、人込みや人通りの激しい場所で、違和感のない方法で動かずジッとする事も、今回のゲームには重要となる。


 ……勿論それ以外の理由も関係しているが。



(彼女の、というよりシュレンツ分家の認識阻害術は、魔術的な作用を必要としない、人間の持つ認識力の朧気さを活用した印象操作が主なるものだ。ハングダム家のモノを改良したものだね)



 ポケットから小さい文庫本を取り出し、昼下がりに一人でコーヒーを飲みながら本を読む男を演じる。周りには新聞を読んで落ち着いた様子の同世代が多く居るし、それによって決めた行動だ。



(だが問題は戦闘技能だ――魔術強化だけでは説明がつかない高速移動術、それを応用した敵に捕捉される事のない諜報能力がハッキリとしなければ、私達としても動き辛い。なるべく、彼女の能力を確認しておきたい所だ)



 文庫本の内容など頭に入りはしない。彼はただアマンナという少女がこの状況で、どのようにして自分へ接触するか、それとも出来ないのか、その答えが楽しみでしょうがないのだ。


 本日は人通りが激しく人数も多い。人の数が多いという事はそれだけ身体的特徴を持つ者が多い事にも繋がり、そうした人混みの中からMだけを見つけ出す能力があるのか。



(きっとあの店を中心に、半径三十メートル圏が現時点で私の行動範囲である事は予測しただろう。だが半径三十メートル圏内だけでも、人の数は数百人以上を越える。その中から私を見つけるのは、砂漠に落とした針を見つけるよりも難しいかもしれない。加えて、時間経過と共に私が遠ざかる可能性も、普通ならば模索する筈だ)



 ――さぁ、この状況をどう乗り切り、私を見つけ出す?



Mの心中にはそうした、驚きと興奮を求める探求心が湧き出ていた。


アマンナという女がどう悩み、考え、動くか、その事実が気になって、彼女の真後ろにでも立ってやりたいという欲求を排しながら、ゲーム開始から三分が経過した。


周囲に、アマンナやクシャナ・アルスタッドは見受けられない。


彼女達が人を探すような姿を見る事もなければ――そもそもあの二人がどこに行ったかも分からない。



(うむむ、店の前にいた所までは捕捉していたが、そこからどう動いたか、までは分からないな)



 五分と言う短い時間にしてしまった事を悔やみながら、しかしクリア出来るように調整はしただろうし、と次の勝負を仕掛ける事まで検討しながら、今空になったカップを机に置いて、立ち上がろうとした。



その時である。



――近くの建物屋上から人が墜ちてきて、今地面へと落ちた光景を、多くの人間が目の当たりにしたのだ。



「おい、人が墜ちたぞ!」



 放たれる悲鳴と怒号、それらに何事だ、と周囲の人間達が騒がしい方へと誘導されていく。


Mも謎に思いながら、人並みに紛れてその中へと向かい、人の波をかき分けて、その中心を見据えた。


建物の屋上から落ちたのは……白を基本色にした可愛らしい衣服を大量の血で深紅に染める、人の身体だ。


その女体的美貌を感じさせる首から下までは落下した衝撃により骨が一部折れ、肌を貫通し、全身から血を流している。



「ち、血だらけだ!」


「て、帝国警備隊を呼べっ! この子、頭がねェぞ!?」



だが一番血を噴出させているのは……首からだ。首から上は存在が確認できず、鋭利な刃物などによって切り裂かれたような痕まである。


しかし、Mにはその死体が、誰か分かっている。



(クシャナ、アルスタッド……? それも、変身した状態で首が無い……これは、一体)



 その死体は、幻想の魔法少女・ミラージュへ変身した、クシャナ・アルスタッドのものであった。


 混乱している様子の民衆と同じく、困惑を隠しきれないMは、周囲の様子を顧みる。



(恐らくこの状況は、人の目を集める為の作戦だろう。私も含めた人間を多くここに集め、集まった人数だけでも判別する、対象を狭める為のものだ)



 半径一キロ……否、半径三十メートル圏にいる人間が全員容疑者であるという今回のゲーム、アマンナにとってはMの行動よりも「Mに化けている可能性がある人間がそれだけ多く居る」という事が懸案事項なのだ。


三十メートル圏にいる人間だけでも、人数は数百人を超えるならば、その人数を可能な限り少なくする……つまり一か所に集める方法を模索した。


それが、首から下だけの状態であるクシャナ・アルスタッドを使い、投身自殺かと思いきや首から下が無いという猟奇事件を用いた人集めである。



(初動の段階で集まった人数は、おおよそ五十人弱。これだけの人数にまで少なくできれば、残り二分でも私を割り出す事は可能だろう。つまり、今アマンナ君は、どこかで私の事を見つける為に行動をしている筈だ)



 どこだ、どこにいる? そして、どの様に自分を見つけ出す?


クシャナ・アルスタッドに皆が視界を集める中――Mだけが、冷や汗を流して周囲を見据えていた。



……その時、Mの背中が、何かによって刺された。



 痛みに思わず声を上げそうになったが、しかし口に何か紙のような物を丸めた異物を入れられ、声を上げる事が出来なかった。



「っ、」


「大声を上げないで下さい。悲鳴も、嬌声も」


『言う通りにした方がいいよ。ゲームはこちらの勝ちで終わった。これ以上騒ぎにしたくないのはこっちも一緒だからね』

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