アマンナ・シュレンツ・フォルディアスという妹-09
「……わたしに、何かご用、でしょうか?」
「ご用、という程でもないけれどね。今言った通りだ。私はただ、君という子に個人的な興味がある」
「それは、同じ術者としての興味、でしょうか」
「ああ――私と同じ認識阻害術の使い手、それも魔術的な作用を用いない、純粋なる暗殺術の使い手は珍しいからね。そりゃあ興味も湧くさ」
暗殺術――私が思わず声を出しそうになったが、何とか堪えた言葉。
しかしMは、私が何を問おうとしているか、分かっているかのように、その情報を羅列する。
「クシャナ・アルスタッド君。君は対魔師という言葉を聞いたことがあるかな?」
「……対魔術師を生業とした、殺し屋とかって聞いたことはあるけれど」
「その通りさ。強いて付け加えるとすれば、対魔師は基本的に『対魔術戦闘に特化した魔術師』がなるものだ、という事だね」
通常、魔術師に対抗する術を持つ存在は、同じ魔術師と相場が決まっている。
これは魔術師ではない人間が魔術的な攻撃手段に対抗する術を見つける事が難しい、という理由も勿論であるが、そもそも「魔術師は魔術師以外の人間を近付けない術に特化している」事に他ならない。
「魔術師は魔術的な結界も、魔術を用いない自然的・心理的現象を応用した結界も、どちらにも精通している事が多い。となれば、そうした結界の存在を認識し得る魔術師が対魔師となるのは自明の理と言うモノだ、という事だね」
「それが、何だって言うんだよ」
「フォルディアス家の分家であるシュレンツ家はね、そうした対魔師の家系だと言っているんだよ。それも……フォルディアス家の人間がそうした暗殺を犯したと悟られない為に、魔術的な痕跡を残さないように長らく研究され続けた、魔術を用いない認識阻害術をね」
Mは、そう説明している最中から、ずっとアマンナちゃんの事に笑みを向けながら語っていた。
まるで、こうした説明をする事で、アマンナちゃんが表情を変える事を望んでいるかのように。
そして――その望みは叶ったと言っても良い。
アマンナちゃんは、普段彼女が見せる無表情となりながら……僅かに視線が、彼を睨むように見据えていると、私には感じられた。
「アマンナ・シュレンツ・フォルディアス。君は一体、これまで何人の人間をこれまで殺めてきた? 少なくとも、数人程度の数では無いだろうが」
アマンナちゃんは答えない。
ただMという男を見据え、彼の事をまばたきもせずに見据えている。
「君の事については、どれだけ調べてもほとんど情報が出てこない。それだけで君の情報分散・処理能力が高い事の証明にはなるだろうが、隠されると隠されるで、知的好奇心を刺激されてしまってね」
「私がこれまで人を殺めた数など、必要な情報でしょうか?」
「私にとっては知的好奇心を満たす為の質問でしかないけれど――でも、何とも皮肉的だなと思って」
Mの視線が私に向き、彼は自分の口を指で示し、その鋭い歯で、指に噛みついた。
「クシャナ・アルスタッド君はアシッドだ。少なからず食人衝動を持ち得ている。しかし彼女はアシッドとしての本懐を忘れてこそいるが、矜持を以てして人を喰わんとしている。ドナリアはそれを弱さだと言うけれど、しかし自分なりの矜持を持つ者は、それだけで意志が強い事の証明にはなる」
だが君はどうだ、と。Mの言葉は他者が言葉を挟む隙さえ作らない。
「アシッドでさえない君が、人間である君が、同じ人間を殺める。君の復讐心や野望として、心に根付いた感情で殺すでもなく、ただフォルディアス家に仇成すモノを、命じられたが故に殺す……随分と機械的だと思ってね。君には感じる心が無いのかな?」
「貴方がた【帝国の夜明け】だって、多くの人間を、殺めています」
「私達には理想がある。野望がある。人殺しや食人を正当化しないけれど、君と違って殺めた先にある未来を、その心で在り方が正しいのかを問い、辿る道を見据えていると自負している」
Mはアマンナちゃんの胸に人差し指を向けた。
「そう、心だ。私はね、君の心が知りたいんだよ」
「心……?」
「他者に望まれた事ではなく、自分が願う心。その心に従った時、君は一体どんな願いや想いを以て行動をするのか――心は人間の本質を作り、その人間を真に輝かせるものなのさ」
沈黙の時間が、僅かに流れた。
私は、ついMという男の言葉に耳を傾けてしまった。
そしてそれと同時に――強い怒りが湧き出てしまった事も確かである。
だから思わず、私はコイツの胸倉を掴んで、鼻先同士が接触する程までに引き寄せてしまう。
「おい、M。お前はさっきから随分と自分勝手な事言うじゃないか」
「テロリストなどと言うのはそんなものだろう? 自分の主義主張を他者へ暴力を以て示す――今の私は純然たる暴力を振るうつもりはないけれど、言葉の暴力と言うテロリズムも嫌いじゃない」
「お前の戯言に付き合う理由など、私にもアマンナちゃんにもない。お前に事を起こす理由が無くとも、私達がここでお前をひっ捕らえれば済む話だ」
「私は構わないけれど……そうなった時には、この店にいる人達の安全は保証しないよ?」
店員のお姉さんが、Mの胸倉を掴んでいる私に気を留める事無く、ブレンドコーヒーを机に置いた。
同時に、いつの間にかMはその右手に長方形型の機械――アシッド・ギアを握っていて、それを先ほど置かれたコーヒーの隣に置いた。
「残念な事に、私は戦闘における技量など大したものを持たなくてね。ドナリアのような荒事を好まないし、アスハのように繊細な技量でこの場を乗り切る事も出来ないから、無様に一般人を犠牲にして逃げなくてはならない……けれどそれは、君達も避けたいだろう?」
ムカつく事に、それは確かにその通りだ。
コイツがここで事を大きくしなければ、私達としても犠牲は少なく済ます事が出来る。
つまり、ここで私が下手に動く事は避けるべきであり――私は乱雑に胸倉を放し、落ち着く為にコーヒーを一口、飲む。
「ご理解頂き感謝する。ではお礼に、一つ情報を授けようじゃないか」
掴まれた襟元を整えつつ、コーヒーを一口含んだ彼は、コツコツとアシッド・ギアを指で小突き、示す。
「このアシッド・ギアは、既に私達が独自に生産するシステムを構築済みだ。グテントのような隠れ蓑さえ既に必要なく、先日アスハがグテントを襲撃したのは、用済みとなった連中の口封じを目的としたものだね」
「そこに……わたしとヴァルキュリアさまが、訪れた、というわけですね」
「加えてその事を知ったドナリアが、慌てて学院の占拠行動をした事も、あくまで偶然さ。私が止める暇も無く行動を始めてしまうから、彼には困ったものだよ」
やれやれ、と苦笑交じりにカップを口に傾け、幾度も苦みを味わう彼が、クシャナにとっては不気味に見える。
「……それで、お前はアマンナちゃんの心とやらが知りたいんだろう?」
「ああ、そうだったね。コーヒーが美味しいから、つい話し込んでしまった。いやはや、困ったものだよ」
「けれどお前に教える事なんか何もない。もしホントに事を起こしたくないというなら、さっさと帰ってくれないか?」
「そうか、それは残念だ――ならば帰る前に、ゲームをするのはどうだろう」
アシッド・ギアを拾い上げ、クシャナへと手渡したMは、空になったコーヒーカップを置いて席を立ち、アマンナの肩を軽く叩いた。
「ゲーム?」
「私が今から店を出る。君達は三十秒後に店を出るんだ。私はこの店を中心に半径一キロ圏内、建物の中等へ入らず五分間潜んでいるとしよう。私の事を見つけ出したら君達の勝ち。見つける事が出来なければ――」
「……出来なければ?」
「いや、いい。君達にデメリットをあると、受けて貰えなくなるからね」
レジへと出向き、店員に三人が飲んだコーヒー代とチップを支払ったMに、私とアマンナちゃんが問い続ける。
「私達がそのゲームを受ける意味も無いんだけど」
「それに、わたし達が勝った所で、何もないのなら……」
「否、受けて貰うよ。そのアシッド・ギアは未使用品。君達が幾つか押収しているであろう使用済みのモノと異なり、アシッドの因子も劣化していない品。解析にはもってこいだ。それをあげるんだから、参加位はして貰わないとね」
私が受け取っていたアシッド・ギアを見て、アマンナちゃんがチッと舌打ちする。恐らく、私が受け取っている事じゃなくて、その条件ならば受ける必要があるだろうとした事に苛立ちでも感じたのだろう。
「加えて君達が勝った場合、私は勿論全力を以て逃げるが、君達が知りたいと思っている情報を、もう一つだけ教える事を約束しよう」
「……わたし達が、知りたいと思っている、情報?」
「ああ――私の持つ、ハイ・アシッドとしての能力、とかね」
扉を開け、そのまま店外へと出ていったMは、人並みに紛れてもう目視による捕捉が出来なくなった。
アマンナちゃんが時計を見据え、ジャスト三十秒後に店外へと出て、私は念のため支払いの確認をすると、Mがしっかり三人分を支払ってくれてる事を確認、彼女に続いた。
「どう、アマンナちゃん」
「いえ、少なくとも先ほどわたしが確認した外的情報から、Mと思しき人物は見当たりません」
再度条件をまとめると、Mは半径一キロ圏内に残り、建物の中などには入らず五分間潜伏するという。
「人間は、基本的に時速4.8㎞が、平均的な移動速度と言われています。あくまで、早歩きでの移動速度ですが」
「あのMが持ってる、変な移動手段みたいなのを使えばもっと遠くに行けると思うけど」
「いえ、恐らくですがあの男は、この事態におけるわたし達の移動可能距離を越える行動、わたし達の持たない移動方法を用いる事は、避けると思われます。何せ、そうするとわたし達には、クリアが不可能になってしまいますから」
「どうしてそんな事が?」
「あの手の輩は、このような公平なジャッジが必要な遊びにおいて、全力を以て取り組む傾向があります」





