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アマンナ・シュレンツ・フォルディアスという妹-08

 普段より、物悲し気な表情を僅かに浮かべていたと、私には見えた。


 夢で見た光景が、脳裏にチラついて離れない。


あの時のフェストラは、優しい瞳でアマンナちゃんの事を見ていた筈だ。


あの瞳は……大切な人を見る時の瞳で、お母さんが私に向けてくれる瞳と同じなんだ。



――どうして、あの瞳を向けられるフェストラが、アマンナちゃんを突き放すのか、私にはそれが分からない。



こんなに、可愛い妹を……私にとってはファナと同じ距離にあるべきアマンナちゃんを、どうして。


そう考えた時、何時もファナに向けている言葉を思い出す。


人の在り方は十人十色であり、フェストラにはフェストラの、アマンナちゃんにはアマンナちゃんなりの在り方がある。


なのに、私の在り方に無理矢理当てはめ、何故こうしないのか等と考えるのは……随分とおこがましい考え方に他ならない。



 ――でも、そう考えた時。



私の頭の中に、今朝ヴァルキュリアちゃんと、お風呂でした会話が響き渡り、思わずその言葉を口にしてしまった。



「アマンナちゃんは、何を信じて自分の歩く道を決めてて、その先にどんな未来があるのか、見えているのかな?」


「……え?」


「あ、いや。他の人からの受け売りなんだけど……人が進む道って言うのは、自分が信じたものでも、他者から与えられたものでも、自分が欲しいと思った未来が繋がっているなら、どんな道を歩んだって良いんだって」



 これは、アマンナちゃんにも言える事だけど、フェストラにも言える事だ。



もし、アマンナちゃんがフェストラに付き従い、その先にアマンナちゃんが望む、フェストラとの関係性があるのなら、私もその道を歩むのは良いと思う。


けれどもし、その歩む道が未来を見定めたものではなく……あくまでフェストラに対する妄信・狂信故であるのならば……私も足を止めた方が良いと思う。



フェストラも、もし奴が歩む道……つまり、アマンナちゃんを妹として扱わず、ただの手駒として扱う事で、アマンナちゃんの立場や在り方が良い未来へと進むのであれば、それはきっと私には分からない方法なだけで、在り方は正しいのだ。


だけど……もしアマンナちゃんを妹として扱わず、ただの手駒として動かす事が、奴に取って都合が良いだけならば、きっと奴はいつの日か後悔する事になる。


アマンナちゃんを手駒として扱い、何時か彼女が壊れてしまった時……きっとフェストラは、そうしてしまった自分を悔やむ事になる。



――あれだけ優し気な瞳を家族に向ける事が出来た人間なら、なおさらだ。



「……その言葉はきっと、ヴァルキュリアさまの言葉、なのでしょうね」



 ため息をついて、私の受け売り元がどこかを言い当てたアマンナちゃん。「ヴ、」と僅かに奇声めいた音がこぼれつつ、心の中でヴァルキュリアちゃんに謝っておく。



「えっと、アマンナちゃんとヴァルキュリアちゃんって、苦手同士?」


「向こうがどうかは分かりませんが、わたしは苦手です。……あの人は、人の心に土足で踏み込んで、荒らしまくるような……そんな感じの人です。ついわたしも無意識に、殺意を向けていたみたい、です」



 他者を想う心と、他者を思いやる心とは、全く性質が異なる。


他者を想うだけなら簡単なのだ。他者の心にズケズケと踏み込まないように鑑みる事が、思いやりの心なのだ。


その点に関しては……申し訳ないけれどヴァルキュリアちゃんに欠けている部分じゃないかな、と思わなくもない。



「……でも、今の言葉は……ちょっとだけ、胸に残ります」


「今のって?」


「自分の歩んでいる道が、自分が欲した未来に繋がっているのか……それは、わたしも時々……考えます。……というか、以前の聖ファスト学院襲撃事件で、考えました」



 窓の外、その流れゆく人の波を見据え、アマンナちゃんがコーヒーカップを両手で包むように持ち上げ、口まで運び、一口飲む。


掌から伝わる温かさなのか、口から流れた温かさなのか、それは分からないけど……その温かさが、アマンナちゃんの心を溶かすように、彼女の表情に微笑みを映し出す。



「……わたしにも、分からないんです。ヴァルキュリアさまも、きっとそう。わたし達が、今辿っている道が……正しいのか、どんな未来に、繋がっているのか」


「それでも、アマンナちゃんはフェストラに従うの? お兄ちゃんと呼べば、怒るような奴に」


「はい。……今は、それしか出来ません。今は、それが正しいのだと感じています。その先にある未来は、きっとお兄さまにとって、幸せな未来であると見えています。それが正しくないと感じる事さえ出来ない程に……ええ、これを妄信、というのでしょうね」



 自分の胸に手を当て、自分の心を探る様にするアマンナちゃんだけれど、その胸には、結局一つの道しか記されていない。


道の先に何があるのか、それさえも分からない、故に、歩む道に従うしかない、彼女の想いが綴られる。



「何せ他に歩むべき道も見つかってない、見つからないから歩むことを止めるなんて事も出来ない……そんなわたしが、もし何かをするとしたら……歩き続けて、道の分岐点を、探す事だけなんです」



 道の分岐点。


アマンナちゃんとヴァルキュリアちゃんは、その分岐点を探している途中なんだ。



ヴァルキュリアちゃんは、リスタバリオスという家の在り方に疑問を感じ始めた。


今は、家の在り方に従う他に、道が存在しない。けれどその道を辿る事で守る事の出来る命があり、今はそれで良いとしたんだ。



そして、アマンナちゃんも。


今はフェストラに、シュレンツ分家の、宗家の影であるという道を歩む事しか許されておらず、それ以外の道を見つける事も出来ていない。


けれど、彼女なりに何か思う所があって……今の道も正しいと感じつつ、けれど他の道を見てみたいと、歩みを止めたい気持ちを存在する。



「何時か――分岐点を見つける事が出来たら、その時はどうするの?」


「……自分の心に従います。その時、どうしたいか。どう在りたいか、どういう在り方が正しいか、自分の……心に」



 心という言葉を述べる時。


アマンナちゃんはまた、悲し気な表情を浮かべた。



 ――そしてその表情を、見ている人物が、一人。



アマンナちゃんが、不意に顔を上げてビクリと震えた。


今彼女は窓の向こう側に視線を向けていて、先ほどまでは人の流れる様子を景観として認識していた筈だ。


けれど、今私たちの見る窓の向こうには……一人の男が立っていて、彼はニッコリとした笑顔を浮かべながら、アマンナちゃんと私に、手を振った。



「……クシャナさま、この人」


「多分、Mだ」



 多分……と付け足したのには、理由がある。


先日私がMを見た時、フェストラにも言ったけど、私は中肉中背の特徴が無い男だと述べた筈だ。


けれど今の彼は違う。スッと通った鼻先など、男性としての印象に優れていて、十人の女性が十人見惚れる程の色男に見えたのだ。


 彼は一旦窓から離れると、今私たちが入っている店の中に入って、店員さんと談笑しながらこちらを指さし、頭を下げてこちらへとやってきた。


四人掛けの机、私の隣に無理矢理身体を押し込み、まるでここが私の席だと言わんばかりに腰掛けてくる。



……そして私も、つい彼の為に席を詰めるように動いてしまう。



「やぁ、クシャナ君。約一週間ぶりだね。先日のビースト戦は、遠巻きから拝見させて頂いたよ」


「……そりゃ、どうも」



 私は念の為、右太ももに備えているマジカリング・デバイスを取り出せるように、右手を開けている。


しかし、私から見て右側の席にMが腰掛けた故に――彼は私の細い手を取り、マジカリング・デバイスを取らせないようにした上で、ニッコリとした笑みを強めた。



「ここでの変身は控えた方が良いよ。大丈夫、今日は事を起こしに来たわけじゃない。アスハもドナリアも連れていないし、二人もまだ本調子じゃないという事は教えてあげるよ」


「……じゃあ、何しに来たと?」


「調査だよ――個人的に興味のある、アマンナ・シュレンツ・フォルディアスの、ね」



 深く椅子に腰かけ、足を組むMが、私から手と視線を外し、前を――つまり、アマンナちゃんの方を見る。


アマンナちゃんも私に髪の毛で隠れる視線を向け……しかし、僅かに首を振った。


恐らく、アマンナちゃんも今ここで私が変身し、戦闘に陥る事を良く思っていないようだし、私も同感だ。


今、この場所には人が多い上、もし戦闘になれば最低限、店には被害が及ぶ。


加えてアマンナちゃんの渡してくれた認識阻害の魔導機が、変身をした私に適用されるかどうか、それには少し疑問が残る。となれば、より店内がパニックに陥らないという保障も無い。



――つまり今は、コイツが有利の状況に陥っている、というわけだ。

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