アマンナ・シュレンツ・フォルディアスという妹-05
「どういう事……? お母さんの事を、ヴァルキュリアちゃんのお父さんが知ってたって言うのか?」
「ああ。一週間前、お前の投獄中にアスハとエムによる襲撃があった日だ。その時にエンドラスがガルファレットに声をかけて来たのだとよ」
その際に、ガルファレットの監視していた家が第七世代魔術回路を持つ少女の住まう家である事。
住まう人物がレナ・アルスタッドである事を知り、彼女の事を『レナ君』と呼んでいた事。
ガルファレットが知っているのかを問うと、彼は「向こうは私の事を、名前くらいしか知らないだろう」としていたが、エンドラスは知っている事を否定しなかった事。
そして――かつてエンドラスが仕えていた主と、レナ・アルスタッドの間に何かがあった事をほのめかしたのだ。
「奴が第七世代魔術回路を持つ少女がいると知っている事自体はおかしくない。リスタバリオスがエンドラスに報告した旨は、オレ達も聞いているからな」
「それにしたって、ヴァルキュリアちゃんがいる時ならともかく、いなかった時なんだろう? なんでヴァルキュリアちゃんのお父さんは、その家がそうだと知ったのさ」
「俺も怪しんで聞いてみたが、娘の世話になっている家、としか答えなかった。まぁ、俺が監視しているから、カマをかけて来た可能性もあるが……」
ガルファレットがエンドラスとした会話……その一部始終聞き終えた所で、クシャナが「なるほど」と頷いた。
「だから、ヴァルキュリアちゃんとファナを帰した上で、二つ目の本題って事か」
「ああ。エンドラスとレナ・アルスタッド、そしてファナ・アルスタッドが絡むとなれば、あの二人に聞かせるべきじゃないと判断した」
それともう一つ理由があると、クシャナは睨んでいる。
「ドナリア奪還に動いたアスハさん達の事件から、今日まで会議の時間が開いたのは……お母さんの身辺調査をアマンナちゃんがしてたから、だね」
「国連協定時においてアマンナが忙しかった事は間違いない。だが同時進行で、レナ・アルスタッドの調査をしていた事も、正しい」
「でも、お母さんは普通の女性だよ? そんな調査をしたところで何も」
「……どうでしょう」
クシャナが言葉を連ねている時に、アマンナが口を挟む事は、珍しかった。
思わず言葉を止めたクシャナに、アマンナが少しだけ、俯いた。
「どうでしょう、って……何さ、アマンナちゃん」
「……わたしには、怪しい経歴だと、感じました……その、エンドラスさまの、言葉と合わせれば……より一層……」
アマンナが言った事の意味が分からず、首を傾げるクシャナに、フェストラが先ほど取り出したファイルの中から数枚の書類を取り出し、手渡した。
その書類には、レナ・アルスタッドに関する調査記録がビッシリと書き込まれており……まとめると、以下の通りとなる。
レナ・アルスタッド、現在三十八歳。
シュメル郊外の農村地区生まれで、十五歳頃に帝国城使用人として住み込みで就職。
二十歳頃に使用人としての職を離れ、低所得者層地区へと移り、農家補助にて日銭と食物を得る生活に。
二十一歳頃、クシャナ・アルスタッドを出産・届出。
二十三歳頃、捨て子であったファナ・アルスタッドを我が子として迎え入れる旨を届出。
二十七歳頃、務めていた農家が農産省主導による農産業自動化によって廃業、既に転職活動に移っていたレナ・アルスタッドは、後に国営運送における荷物の仕分け作業員として就職。
以後、目立った経歴は無いが……結婚・離婚・死別等の経歴はないとされている。
「お母さんに、結婚歴が無い……? 離婚歴も、死別も無いの? お父さんは、死んだって聞いてるけど」
「結婚歴の有無はさして重要じゃない。……エンドラスがガルファレットに述べた言葉を思い出せ」
レナについて、エンドラスはガルファレットへ「かつて仕えていた主と少し」、等と答えていたという。
かつて、エンドラスが仕えていた主……その主の事を、クシャナは以前、レナやヴァルキュリア、ファナと共に食卓を囲んだ時、レナの口から聞いている。
「……ラウラ・ファスト・グロリアと、お母さんが……何か関係が、ある……?」
「知っていたか――そうだ、エンドラスは十八年前まで、現帝国王・ラウラに仕えていた。とは言っても十八年前は前帝国王・バスクが玉座に収まっていた頃、ラウラは帝国魔術師として魔動機メーカーや帝国軍に出向を幾度も繰り返していた頃だがな」
十八年前まで、エンドラスはラウラ・ファスト・グロリアの騎士として仕えていた。
加えてアマンナの調べた経歴が正しければ、レナは十八年前……二十歳の頃に、帝国城使用人としての職を離れている。
「エンドラスがラウラ王の騎士として仕えていたのは、二十三年前から十八年前までの五年間。その後エンドラスは帝国軍司令部に転属した」
帝国軍所属の兵が騎士として帝国魔術師に仕える期間は、およそ数年から、長くて十年程度だ。この年数に、特におかしな部分は無い。だが問題は……。
クシャナは、混乱する頭を押さえながら、一度レナの経歴が書かれた書類を机に置いて、項垂れつつ深呼吸をする。
「……あのさ、これ……変な事、というか……邪推、かもしれないんだけど……」
「ああ」
「私ってさ……父親がラウラ王だったり、しないかな……?」
その問いに、フェストラも「気付いていたか」と言わんばかりにため息をつき、首を横に振る。
「さてな。お前のDNA情報を調べようにもアシッド化してる関係か、レナ・アルスタッドの遺伝子情報とも親族関係が確認できていない。調査など不可能なんだよ」
「でも、明らかにおかしいだろう? お母さんはラウラ王がいる帝国城の使用人として働いてて、実際に仕えていたエンドラスさんが、お母さんを知ってて、ラウラ王との関係をほのめかしてる。その上、お母さんが使用人を辞めた一年後に、私を産んでるなんて……っ」
「分かってる。ラウラ王とレナ・アルスタッドの間に、男女の関係があったやもしれん、というのはな」
だが、どちらにせよラウラとクシャナの間に親族関係があるか否かは、調査する事も難しいだろうと、フェストラは言う。
「そもそもラウラ王の遺伝子情報など記録はないし、正当な理由も無くDNA検査なぞしようものなら、流石のオレでも首が飛ぶ。調べる事は現状出来ん」
「……そっか」
落胆し、頭を垂れたクシャナ。
しかし、彼女の隣に腰掛けたアマンナが、クシャナの手をとった。
「……クシャナさまは恐らく……ラウラ王のお子さんでは、無いと思います」
「何で、そう言えるの?」
「魔術回路の、有無です」
どういう事だ、と考えたクシャナにフェストラも頷き、アマンナの代わりに答えた。
「いいか庶民。そもそもラウラ王は、ファナ・アルスタッドを除いて世界に四人確認されている、第七世代魔術回路を持つ魔術師の一人なんだよ」
「……え、そうなの?」
「ああ。もしラウラ王とレナ・アルスタッドの間に産まれた子供がお前だとしたら、少なからずお前にも魔術回路がある筈だ。しかし――」
「私、魔術回路が無いって、検査で出てる……だから、ラウラ王の子供って事は、あり得ないのか」
「勿論、先天性の障害等によって魔術回路が無い場合もある。絶対とは言わんが、第七世代の強度を考えれば、回路関係に障害を作るとは考え辛い。レナ・アルスタッドが魔術回路を持っていない事を合わせて考え、交配による魔術回路劣化が起きたとしても、第五世代相当の魔術回路はあっておかしくない」
魔術回路はその世代を積み重ねるごとに、品質だけでなく強度も増していく。つまり、この世に四人程度しか確認できていない第七世代魔術回路持ちのラウラが、魔術回路を持たないレナとの間に子を設けたと仮定しても……その身体に魔術回路が無い事はほぼあり得ないのだという。
「なんだ……何か、恥ずかしい想像働かせちゃったな。王様の子、だなんてね……そんなの物語の中だけだよねー」
「全くだ。……とは言え、そう邪推してもおかしくない程に、お前の母親とラウラ王、そしてエンドラスには、怪しい点が多い」
そこで、とフェストラは口にしつつ、レナ・アルスタッドの経歴書を手に取り、強調する。
「やる事は先ほどの指示と変わらない。アマンナにチキューの事を教えつつ、プロフェッサー・ケーを誘き出せ」
「何であの人を?」
「ラウラ王は第七世代魔術回路を持つ。そしてオレ達も、第七世代魔術回路を持ち得るファナ・アルスタッドの存在を知っていて、ファナ・アルスタッドを守ろうとしているプロフェッサー・ケーも、第七世代魔術回路を持つ……これは、果たして偶然か?」
つまりフェストラは、こう言いたいのだと、クシャナも思考する。
――ラウラ王とファナ、そしてプロフェッサー・Kには、同世代魔術回路を持つ以上の関係が何かあるのではないか、と。
――そして、その内のラウラとファナに関連する人として……レナ・アルスタッドも、プロフェッサー・Kと関係がある可能性も否定できない、と。
「これも邪推かもしれん。だが何にせよ、プロフェッサー・ケーがファナ・アルスタッドに関わっている事は間違いない。結局の所、色々と話を聞きたい事に変わりない」
「そこに、ラウラ王も関わっている可能性が、僅かにあって……ラウラ王が関わっているなら、もしかしたらお母さんも、と」
「可能性は低いが、調べんわけにはいかない共通項だからな。オレとガルファレットはエンドラスを調査する」





