アマンナ・シュレンツ・フォルディアスという妹-04
何か噛み合わないと、クシャナは感じた。
彼女とフェストラの視力は共に良く、相手の顔はしっかり認識出来ていた筈。
加えて印象に残る出会い方、しかもそれなりの時間、Mの顔を見ている筈であるのにも関わらず、クシャナとフェストラの意見が合わないばかりか、互いに人相書きを見ても「コレじゃないような気がする」という感覚に侵されているのだ。
「……フェストラさまと、クシャナさまの意見が、随分食い違っているのは、恐らく……敵が認識操作の術に長けている事が、考えられます」
「認識操作……って、何ですか?」
アマンナが口を挟むと、それまで黙っていたファナが首を傾げて問う。
すると、一例と言わんばかりにアマンナは、自分の後頭部にある髪の毛をむんずと掴み、ゴムで一つにまとめて、その後目を見せるように前髪を分ける。
「……これで、少しは印象が変わったでしょう?」
「あ、はいっ! アマンナさんかわいいっ!」
「……えっと、そういう、話じゃ……無いんですけど……ありがとうございます……」
ファナが直接的に「かわいい!」と声を上げた事で、顔を赤くして俯いたアマンナ。だが話の本題はそこじゃない。
「……こんな風に、人間と言うのは、ちょっとした印象付けをするだけで……本来の在り方とは少し異なる印象を、相手に与える事が出来ます」
「そのエムなる敵は、そうした印象操作の術に長けているというのであるか? しかし、同時に同じ人間を見て、そう多く異なる印象があるとは思えぬのだが」
「通常は、そうです……でも、高位の認識操作術を持ち得る人間は、百人同時に外観を認識させた上で聞き込みを行っても、百人全員が少しずつ異なる外観認識をしていて、食い違いが発生する事もあるほど、です」
そして故にアマンナは、Mという人物に関する情報を見つけ出す事は困難だろうと述べながら、先ほど変化を付けた髪型を戻した。
「人間の認識力というのは、随分と朧げで、その朧げな認識力を、さらに乱す事が出来る術……それが、わたしも用いる認識操作術……です」
ヴァルキュリアも、彼女の認識操作術によって、グテントへと侵入した時にその技量を知っている。
そうなれば、彼女の言う通り、認識操作に長けた者を探すというのは実に困難だというアマンナの意見には、賛同せざるを得ない。
「……アマンナ。お前から見て、そのエムという人物の認識操作術は、お前に勝るモノか?」
フェストラの問いに、アマンナは数秒程考え込むように目を閉じていたが……やがてコクリと頷いた。
「……一度、お会いしてみないと分からないですけど……そうですね。わたしと同等か、わたしより上、かもしれない、です」
「何故そう思う?」
「クシャナさまが、遭遇した際に感じた、感覚故、です」
クシャナはMという人物と遭遇した際、変身を解除しようとしたという。
本人でさえ、何故そうした行動に出ようとしたか分からない程……男からは殺気や敵意を感じ無かったのだという。
「確かに、外観を用いて、敵意を感じさせない、というのは……印象操作術にとって重要ですけど……アスハさんがいる状況で、戦闘を放棄しようと、するような状況となると……かなり高位の術者と、断言しても、いいと思います……わたしも、出来るかどうか、分からないです」
「コイツもまた随分と厄介な敵、という事だな」
ドナリアやアスハに関してはまだ、その外観や名前が分かっているだけ、調査のしようもあるし、発見した際には戦闘を行う事も出来る。
だが、Mという人物は違う。こちらが仮に姿を見かけても、Mという人物であると認識できるか否かも定かではないのだ。
となれば、彼を見つけ出す事は、ほぼ不可能に近いのかもしれない。
「……でも、それだけ高位の術者なら……必ずどこかに……」
と、その時アマンナが何か呟いた。その声が聞こえたのはヴァルキュリアだけで、彼女がアマンナへ視線を向けると、アマンナは首を横に振り、何でもないと示す。
「分かっている事の整理であれば、チキューの事をクシャナに聞くのはどうだ?」
そこで、ガルファレットがそう声を上げた事、そしてそれにフェストラが「そうだな」と頷いた事で、ヴァルキュリアも問うタイミングを失い、言葉を呑んだ。
「地球の事っていうと……AK-47とか、地球の武器を持ってた事とか?」
「ああ。武器だけじゃなく、そのプロフェッサー・ケーとかいう人物や、エムとかいう名前も、チキューの言語なのだろう?」
「エムは流石にそうと断言は出来ないけど、プロフェッサー・Kについては、多分そうであると断言しても良いと思う」
プロフェッサー・Kという人物は、これまでクシャナとアマンナが遭遇した人物であり、ファナやヴァルキュリアは、同じ空間に居た事はあっても、気絶していた事などによって、会った事は無い。
「加えて、Mという男は私の『変身』って言葉をしっかりと認識した上で、私の事を日本人だと断言した」
「ニホンジン、というのは何だ?」
「日本っていう地球における国家があって、そこで生まれ住まう人、の意味だよ。グロリア民みたいな」
「実際にお前はニホンジンだったのか?」
「うん。赤松玲で戸籍も取ってたし」
「リスタバリオスも確か、そのチキューに行っていたという事だが」
「とは言っても……拙僧はただ戦っただけであるからな。チキューを観察する暇など、無かったのである。夜であるのに光の止まぬ、煌びやかな街だとは思えたが……」
先日、ヴァルキュリアはとある事件に巻き込まれて、リンナという少女と共に地球へ転移させられた経験を持つ。
そこで彼女は戦いに巻き込まれ、戦う事を余儀なくされていただけで、地球における文化・文明を学ぶ暇など無かった。
……ヴァルキュリアは僅かにチラリとクシャナを見て、何か言いたげにしていたが、言葉を呑むようにして黙ってしまう。
「オレも一度行ってみたいものだ」
「行く方法があるなら良いんだけどね」
「そこだ。敵はどうやら、そのチキューという世界に行く方法を持っている、もしくは持っていたと考えて良いだろう」
それにはクシャナも同意する。そもそもAK-47という武器を持っていた事、そして日本という国や変身という言葉を知り得ているという事は、少なからず地球への渡航経験があるか、地球からこの世界へと渡航した人物がいるとしか思えない。
「敵か味方かも分からんが……鍵を握るのは、プロフェッサー・ケーという人物、という事か」
「そう言えばあの人、最近見てないな」
「……そう、ポンポンと出てきてもらっても、困るんですけど……」
プロフェッサー・K。
正体不明の女性だが、幾つか分かっている事があり、それは「第七世代魔術回路」に関係しているという事だ。
交戦したアマンナ曰く第七世代魔術回路を持ち得るその女性は、同じ第七世代魔術回路を持つファナに対し、強い関心を抱いており、彼女を守る為に行動した事もある。
加えて地球の事やクシャナの生前を知っていたり、敵についての情報を断片的にではあるがアマンナへ伝えたりと、謎の多さに加えて持ち得る情報量も多い事が察せられる。
帝国の夜明けや、ファナの持つ謎についても知り得ている可能性がある一方で……敵ではないという保証もない。
そこでフェストラが、言葉を止めて考え込んだ後……クシャナとアマンナの二者を見た。
「庶民。今日から数日、アマンナへチキューという世界について教えてやってくれ。教育費は言い値を払ってやる」
「え、アマンナちゃんに? お前にじゃなくて?」
「ああ。二人きりで、だ」
「……何故、でしょうか。フェストラさま」
「そのプロフェッサー・Kなる人物がこれまで接触してきたのは、お前たち二人だけだ。狙いはどうやらファナ・アルスタッドについてのようだがな」
「アタシって、なんでそのケーさんに守られてるんだろ……?」
そこで、まだ第七世代魔術回路を持つという情報が伏せられているファナが首を傾げたので、クシャナが適当に言い訳を考える。
「あー……きっと幼女趣味なんだよ。うん、多分」
「お姉ちゃんアタシ幼女じゃないよっ!?」
プロフェッサー・Kは「同じ第七世代魔術回路を持つファナちゃんを守りたいだけ」等と言っていがそれをファナに語る事が出来ず、そう言い訳をしてはぐらかした。
それ以外にどんな理由があるか、そもそもあるかも分からないが、これまで長く暗躍してきたプロフェッサー・Kが、アマンナとクシャナにだけ接触しているのは、何か理由があるからなのかもしれない。
ならば二者だけの時間を多く作る事で、プロフェッサー・Kが接触してくる可能性を高める、という事だ。
「勿論、向こう側に接触する理由がない状況では、無駄になる可能性も大きい。だから時間を有効的に活用するため、アマンナへチキューの言語や文化・文明についてを教えてやって欲しいんだ。アマンナが学んだ事は、後にオレも聞いておく」
「拙僧もチキューについて教えて貰う筈だったのであるが……」
「アタシもちょっと興味あるっ」
「ゴメンね。ファナとヴァルキュリアちゃんにはまた今度教えるから」
そこで共有しておくべき情報はもう無くなったと言わんばかりに、フェストラは先ほどまで手を付けていた書類へ、今一度手を伸ばす。
「では今日の所は解散だ。庶民はこのまま残り、アマンナと行動。リスタバリオスはアルスタッド家の警護を続けてくれ」
「承ったのである!」
「じゃあ、お姉ちゃん頑張ってねっ」
先んじてファナとヴァルキュリアの二名が、手を繋ぎながら帰っていく様子を見届けた所で――ガルファレットが二者の足音を聞き取り、遠ざかった事を確認し、頷いた。
「さて……二つ目の本題に入るぞ」
「え、もう解散なんじゃないの?」
「先週、ガルファレットがアルスタッド家の警護中、エンドラスと接触した。エンドラスはレナ・アルスタッドについてを知り得ているようだったらしいな、ガルファレット」
「ああ。俺も驚いた」
ピクリと、クシャナが眉をひそめた上で、腰を上げて立ち上がっていた身体を、今一度ソファに預ける。
内容が内容故に、下手な茶々を入れる気にもならず、目を細めて二者の言葉を聞く姿勢をとった。





