アマンナ・シュレンツ・フォルディアスという妹-02
何があったか、それを深く問うつもりはないけれど、驚いた事は確かだ。
アマンナちゃんはフェストラと敵対する者に対して警戒したり嫌う事はあるけれど、そうじゃないヴァルキュリアちゃんを個人的に気に食わないというのは想像出来ない。
ヴァルキュリアちゃんも、私みたいな軽薄な女は好かんと言っていたし、フェストラのような人間の事も好ましいとは思えない、と以前言っていたけど、アマンナちゃんとの間に何かあるとは見えていなかった。
そりゃ、まぁ仲睦まじい、という二人も想像は出来ないのだけれど……。
「拙僧も、アマンナ殿の事は、よく分からないのだ……決して悪では無いと理解しているが、しかし彼女はあまりに、フェストラ殿を妄信し過ぎている気がしてならんのだ」
「それは、いけない事かな?」
「いけない、という事ではない。ただ、自らが守るべき主がいずれ過ちを犯した時……アマンナ殿は、そうしたフェストラ殿の言葉さえも鵜呑みにし、頷いてしまうのではないか……そうした誤った信仰の仕方をしているのではないか、と……今は思ってしまうのだ」
そもそも、アマンナちゃんはフェストラと腹違いの妹であるが、私達は実際に彼女がどんな母親から生まれたかとか、フェストラの属する宗家・フレンツと、アマンナちゃんの属する分家・シュレンツが、どう違うとかも細かくは知らないのだ。
ヴァルキュリアちゃんもそれを知らないし、聞く前に嫌う事は難しいとしているから、苦手なだけなのだろう。
「でも、ヴァルキュリアちゃんも随分変わったものだと思うよ。昔の君ならそれこそ、アマンナちゃんの在り方に共感してたんじゃないかな?」
「……うむ、そうだな。それは否定できん。しかし拙僧は、この家の在り方を、知ってしまった故な」
「我が家の事?」
「クシャナ殿と、ファナ殿、そして母君の在り方だ。皆、それぞれ違う方向を向いていながら、それぞれが家族を愛し、愛されている。そうした在り方が、拙僧にとっては新鮮で、羨ましく……だが、本来家族というのは、そうであるべきだと思う」
それは、果たしてどうなのだろうか、と……私なんかは思ってしまう。
家族の在り方なんて、家族の数だけ千差万別で、この家はこうした在り方だっただけだ。
例えばこのアルスタッド家が、今日からリスタバリオス家のような在り方が出来るかと言われたら、それはやろうと思っても出来る事じゃない。
お金の問題もあるけれど、お母さんやファナ、私にとって、リスタバリオス家とは考え方が全く異なるからだ。
そして、リスタバリオス家が私達のような家族になれるかどうか……それも、恐らく否だろう。
リスタバリオス家は高名な軍人家系と聞く。なら、社会でもそれなりの在り方を求められ、その在り方に応えたからこそ、今のヴァルキュリアちゃんが過ちだと思っている形となったのだと思える。
それを否定するべきじゃないと思いながら……けれど、ヴァルキュリアちゃんがそう思うのは自由だ。
「ヴァルキュリアちゃんは、今のアマンナちゃんの事、間違っていると思う?」
「否――結局、何が正しいのかが、分からぬのだ」
私やファナのように、自分が定めた生き方・在り方を信じて歩んでいく事と。
昔のヴァルキュリアちゃんや今のアマンナちゃんのように、家族によって定められた生き方・在り方を正しいと考えて歩む事。
ヴァルキュリアちゃんはそうした在り方に疑問を感じて、私やファナの在り方が正しいのではないかと思い始めたが……しかし結局、それが正しいかもわかっていない。
「アマンナ殿は、そうして悩む拙僧の事を苦手としているのだろう。……それまで定められた道を進む事だけしか考えて来なかった拙僧が、急に足を止め、自分の在り方に疑問を感じ、同じ在り方のアマンナ殿に突然『お前の歩む道は正しいのか』等と問えば、苦手意識も感じるであろうよ」
「そんな事聞いたの?」
「うむ、気になったのでな。アマンナ殿は答えてくれなんだが、あの時は僅かに殺気を放っていた故、怒っていたと思う」
拙僧も聞き方が悪かったがな、と顔を赤めるヴァルキュリアちゃんが、湯舟の中で僅かに背筋を伸ばして、その小さな胸を強調するようにした後、ホッと息を吐く。
「……いつか、アマンナ殿に聞いてみたいものだ。アマンナ殿の信じ、歩む道が、どんな未来に繋がっていると思うのか」
「未来?」
「うむ。――拙僧は、これまでの中で学んだのだ。自分の信じる道、それは定められた道であろうと、自ら定めた道であろうと構わないのだと。ただ、その道の先に自分の欲した未来があるのならば、それで良いのだとな」
「ちょっと目を離した隙に、ヴァルキュリアちゃんは色々と考えているんだね」
「何を言っているのだ? その一端を担っているのがクシャナ殿というマホーショージョであるのだからな」
「……魔法少女、ね」
まぁ今はいいけど、正直個人的には魔法少女という在り方は、成瀬伊吹の策略によってなってしまった部分も大きい。
勿論、その力を手にして守れた人達もいるから、力そのものを否定するわけじゃないけど、あまり率先してなりたいものでもないのだが。
「そう言えば本日は、件のアマンナ殿も含めたシックス・ブラッドでの会議を開くとか」
「うん。私の自己投獄とか国連がどうのとか、ゴタゴタがあったから時間が空いちゃったけど、敵について色々と整理しないとね」
「例の、アスハなる人物の情報もあるのだろう?」
「フェストラとアマンナちゃんは調べてたみたいだね」
とは言っても十七年前から行方不明になっていたらしい彼女の情報がどれだけあるか、加えてあの時現れた【M】というらしい人物が何なのか、その辺りまで調べているかは疑問だけど……。
「……プロフェッサー・Kに、Mか」
「ケーやエムというのは、クシャナ殿の元々住んでいたチキューの言語なのだろう? 確か、エイゴなる言語であったか」
「うん。ヴァルキュリアちゃん、興味あるなら教えてあげようか?」
「良いのであるか!? 是非、是非お願いするのである! リンナ殿と出向いたチキューは見事に豪華絢爛な場であった! 故に色々と気になるのである!」
大変興奮してお湯をバシャバシャ揺らすヴァルキュリアちゃんの笑顔で、少し私は見た夢の光景を忘れる事が出来た。
……えっちな事は出来なかったけど、まぁはしゃいで喜んでいるヴァルキュリアちゃんは可愛かったので良しとしよう。。
**
フェストラ・フレンツ・フォルディアスと、アマンナ・シュレンツ・フォルディアスの二者は、帝国城のフェストラが執務の際に用いる部屋で、机に腰掛けながら言葉を交わしていた。
「フォーリナー法の制定は」
「二ヶ月後の閣議決定に合わせて、十王族を交えた帝国政府議会が、三度行われる予定となっています」
「違法薬物禁止法の改正案については」
「草案がこちらにまとめられておりますので、お目通しを、お願いします」
「聖ファスト学院の修繕状況は?」
「後一週間ほどを目途に、修繕が進んでいます」
「――良し、こんなものだろう」
フッ、と息を吐いたフェストラが、机に広げられていた書類をまとめてファイルに挟み、机の一つに入れ込んだ所で、アマンナも頷きながら「お疲れさまでした」と労いつつ、紅茶を淹れる為の準備を始める。
「一週間前の、庶民とドナリアを狙った襲撃以来、帝国の夜明け連中が行動を起こしていない事が若干気になるが、こちらとしても丁度良かった」
「ドナリア・ファスト・グロリアへ付与していた、クシャナさまの幻惑能力が、解除される事を、待っていたのでしょうか……?」
「さてな。アスハ・ラインヘンバーについては調べる事が出来たが、あのエムとかいう男の正体については、お前が調べても分からんのだろう?」
「……クシャナさま曰く、その【エム】というのは、どうやらチキューの言語なのだそうで」
「チキュー……ね。どうにも想像出来んが、確かに色々と謎の多い世界だ」
フェストラの執務室には、聖ファスト学院の襲撃事件において、帝国の夜明けが使用していた装備・銃器が全て押収されていた。
「敵が使用していた【エーケーヨンナナ】という銃器。庶民の使う【マジカリング・デバイス】という機械。その際に発せられる【ヘンシン】という言葉、そもそも【マホーショージョ】なる外装……そして、プロフェッサー・ケーなる人物と、エムという男か。どうにもこれだけチキューと言う世界が絡んでくるのは、偶然じゃない可能性もある」
「敵は、そのチキューという世界の住人、という事……ですか?」
「もしくは、チキューとグロリア帝国を行き来できる技術を持ち得る存在か、だ」
もしそうならば面倒な事になる、とフェストラは呟く。
この世界でも理論上は「並行世界」や「異世界」と呼ばれる概念や理論は存在し、研究も行われているが、多くの魔術師が研究に時間を費やしても、その存在証明を果たせていないのだ。
フェストラの普段用いる空間魔術も、本来はこうした異世界へと繋がると言われている異次元空間を有効活用出来るようにしたものであり、フェストラはそうした研究を行う人物の技術を真似、様々な用途に利用しているだけだ。





